第六話「ルンルン気分でランチタイム」
そんな「ワケあり」であるとはまったく知らないカタナギ・ビューティの三人は、まず現状調査のために翌週の月曜日に現地へ赴くことにした。
依頼のあった住宅は、ナゴヤ市
この区は市の南東に位置し、
また地下鉄
むつみはあいにくと月曜日は講義が午後二時まであるため、先に
「この辺りもかなり変わったなあ」
カタナギんちゃん号のハンドルを片手で操り、国道沿いの風景を眺める刀木。
「わたしが若いころなんて、こんな近代的な建物なんてなかったもんね」
「あ、ああ。社長の若いころは、ま、まだ闇市とかがあった時代、だなあ」
「おいおいノリゾー。
おまえさん、なにか大きく勘違いなさってないかい。
闇市って、あんたそりゃあ終戦直後の時代じゃないか。
わたしはまだ
則蔵は小さな目をしょぼつかせる。
「あ、ああ、社長はキャバクラへ日参できる、若い肉体の持ち主だったなあ」
「キャバクラは卒寿まではガンガン通っちゃうよう、なあんて言っている間にそろそろ現着だな」
むつみに言わせるところの人食い鳥、カタナギんちゃんのマークを付けたハイエースが国道から脇道へ入って行く。
それまでびっしりと建てられていた一戸建ての住宅がまばらになり、アスファルトから土のむき出した道へ変わっていった。
「ほほう。なぜかお家が一軒も見えなくなったなあ、ノリゾー」
「と、土地の値上がりを待つ銭亡者強欲ババアが、ここにもいるのかなあ」
「そうだよなあ。
草っ原にしておくのはもったいないぜ。
こうなったらさ、この辺りの土地を目一杯買い込んじゃって値上がりを待つとするか。
ウハウハ儲かりそうだな」
瞳に妖しげな光を宿す刀木。
「いやあ、その前に資金がないし。
ぎ、銀行に融資を頼もうにも担保はないし。
妄想にふけるのはお金がかからなくて、いい趣味だなあ社長。
そういえばかあちゃんも、このところ見えないはずのモノが見えたり、見えるはずのモノが見えなくなってきたって言ってた」
「そりゃあ、おまえさん。
早いとこおっかさんを病院へ連れて行って差し上げたほうが、よかないかい」
「あ、ああ、今度連れて行って差し上げるんだなあ」
ほとんど通る車もないようで、道はでこぼこと車体を揺らす。
「おっ、あれだな」
指さす刀木。
前方二百メートルほど先に、ぽっかりと緑色のドームが見えてきた。
人工の建造物ではなく、そこだけ樹木が生い茂る森であったのだ。
「しゃ、社長」
「はいよっ」
「そろそろお昼なんだけど。
かあちゃんがお握りをこさえてくれてるから」
則蔵は座席足元に置いていた、コンビニの白い袋を持ち上げる。
「おおっ、お握りとはこれまた遠足気分になっちゃうな。
ところでさ、ノリさんや。
おまえさん、通勤時にいつもそのコンビニの袋を使っちゃっているけど。
一応我が社の幹部候補生として、せめて通勤鞄でも持ってくんないかい」
「こ、これはとっても便利がいいんだあ。
なんでも入るし、折りたためばポケットにしまえるし。
雨が降ってきたら、あ、頭からスッポリと冠れるし」
「頭からって、まさかマジに冠ってるんじゃ、えっ? マジにスッポリと?
どう見てもアッチの世界へトンじゃった人か、住所不定の自由人だよそれは」
「ええっと、それならボーナスが出たら買おうかな。
ところで、ボ、ボーナスってのは一回ももらったことがないんだけどなあ」
「ささ! せっかくだからご母堂が早朝からせがれのために作ってくださった愛情いっぱいのお握りをいただこうじゃあないかっノリゾーちゃんよ」
息継ぎなしで刀木は、折りたたむように丸め込む。
カタナギんちゃん号を道端に停め、二人はラップに包まれたお握りを頬張った。
いっただきまーすっ、と刀木はやや大きめの三角むすびをパクリ。
その途端、動きが止まる。
口のなかに白い飯粒を入れたまま、顔を隣りに向けた。
「ノリゾー」
「ひとり五個はあるから、い、いっぱい食べて」
刀木は眉をしかめ、口中の
「ちょ、ちょっとうかがいたいんだが」
「六個はだめだあ。ぼくの分が少なくなるから」
「いや、数の問題ではなく。
きみの家の味付けに、文句をつけるなんて失礼なことはしたくないんだけどもよ。
このお握り、なんというのかとっても甘いんだけど」
「あ、ああ。糖分は大事だって、かあちゃんが言ってた。
勤め人には欠かせないアイテムなんだって。
だから白砂糖をまぶしてあるんだ。
甘くて
「待った、ちょっとだけ待った。
おむすびって言えば、ほら、フツーは塩じゃなかったっけえ。
これ、完璧に砂糖でコーティングしてあるよな。
塩むすびじゃなくて、砂糖むすび?」
「お、美味しいでしょ。スイーツを兼ねてて」
目を細めながら、則蔵はパクリと手にしたお握りを口にする。
刀木は宙を仰ぐ。
腹は確かにへっている。
そう、これをお握りと思わなければ、違和感は無くなるはず。
新触感の、スイーツ?
意を決するのに、たっぷり五分はかかったのであった。
~~♡♡~~
この季節、大学構内は秋の学祭準備に奔走する学生自治会役員や、立て看板を設置するクラブ員たちでにぎやかになる。
むつみはどこのクラブにも所属はしていない。
自由気ままに大学生活を謳歌したいと考えていたからだ。
肩から通学用布バッグを引っ掛け、淡いブルーのカーディガンを綿シャツの上に羽織り、生成りのパンツ姿で構内を歩いていると、同じクラスの女子が二人でベンチに座ってしゃべくっていた。
「はぁい、お二人さん」
「あっ、むつみ。もうお昼は済んだの」
「このあたしがランチタイムを逃すと思って?
今から学食へ行くところよ」
「ちょうどいいわ。
そろそろわたしたちもお昼ご飯にしよっかなあって」
「じゃあ行こうよ。
この時間ならまだ空いているだろうし」
女子三人は連れだって学食のある棟へ向かった。
ところが学食では、すでに大勢の学生たちが昼食を摂っていたのだ。
むつみのかわいい瞳に、戦士の炎が燃え上がった。
「あいちゃん、あそこ! 席が三つ空いてる。走って!
みんな、今日はAランチにそろえてね!」
言うがむつみはダッと駆けだした。
列に並ぶ、ではなく割り込むと宣言したのには理由があった。
麺類、丼物、パン売り場にはすでに十名以上並んでいる。
むつみの目当てである定食コーナーにも列ができていた。
しかもあの空手部の汗臭い道着姿の連中が、今日はざっと数えても十人以上列を作っているのだ。
ったく、アイツらときたら、学食には定食しかないって思っているんじゃないかしらね。
むつみは同じ言葉を返されるなどと、これっぽちも頭にない。
「ああんっ、つまづいちゃったあ、イヤァン」
などとソプラノの声をわざと張り上げ、むつみはトントントンと片足で空手部員たちが整列している先頭まで進み出た。
「おいこら、オンナッ、なにをいきなり横入りするんじゃっ、おおうっ?」
今まさにA定食のお皿を取ろうとした道着姿の男子学生が、片眉を上げてちょび髭を生やした口元を曲げる。
細い目が抜身の短刀のように光った。
それだけで相手はビビる。
はずであった。
ところが。
つづく
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