第152話 子猫

 うちの家は猫の通り道となっている。

 母は動物嫌いではないが、猫がうちの敷地をうろつくことを嫌う。糞便をされたりするからだ。それに、もしうちに猫が住み着いたら、その責任をうちが取らなければならない。

 うちでは猫の面倒みるほど、命の責任をとる経済的な余裕や覚悟はないのだ。


 ある日、猫の声が聞こえた。

「まゃ~、まゃ~」

と聞こえる。

 うちの裏手からだ。

 翌日になってもうちの敷地のどこかからその声は聞こえてくる。おなかを空かせて助けを求めているようにも感じる声だった。

 様子を見に行った。

 うちの給湯室外器の下にそれが逃げ込む。のぞくと、子猫と目が合った。アメリカンショートヘアに見える灰虎だった。


 それからも数日、

「まゃ~、まゃ~」

という声は続いた。

 気にはなるが命の責任を取る覚悟は私にも家族にもない。うちで死なれても困るが、助けることで責任は大きくなる。

 

 〈貧乏人はペットを買うな〉

という現実的な言葉がある。


 あるとき通りかかった女子高校生が子猫を追いかけて写真を撮ろうとしていた。

 母が彼女たちに声をかけて

「よかったら持って帰って飼ってあげてくれる?」

と言ったが、彼女たちは断って帰っていった。


 知り合いに「猫ヘルプ」と呼ばれる人がいたのでその人に連絡をとってみようかと考えてはいた。その人は捨て猫などを拾っては保護しているらしいのだ。


 そんなことを考えつつ、今日も

「まゃ~、まゃ~」

と鳴く子猫の様子をただ見に行こうと玄関を出ると、四十がらみの男性がうちの前に立って、のぞき込んでいた。その方向は明らかに子猫の声がする室外機のある方だった。

 鳴き声が気になって見に来たんだろう。

「子猫いますよね?」

 男性が声をかけてきた。

「こないだから鳴いてて気になってるんですよ。誰か引き取ってくれる人がいたらいいんですけどね」

「うち猫飼ってるんで、もう一匹飼えますよ」

「そうですか。じゃあお願いします」

 私が裏手から回り、ふたりで挟み撃ちにして子猫をつかまえようとしたが、そんな手の込んだことをしなくても、室外機の下で子猫はうずくまっていた。

 男性が室外機の下に手をつっこんで、難なく捕獲・保護に成功した。

 仰向けにするとオスだとわかった。

 男性が持って帰ろうとするので

「どこの方ですか?」

聞くと、その人ははす向かいのマンションの三階を指さした。

「あそこの端の部屋です」

 一番うちに近い方の端だった。

「ああ、そこですか」

 なんだ。助けは近くにいたのか。


 その日からうちの敷地から子猫の声はしなくなった。

 安心した。


 静かな夜に、

「まゃ~」

と、一回だけ、聞き慣れた声がマンションから聞こえた。


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