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「――っ、うわぁぁぁあ!!?」


 蒼斗は激痛のあまりに悲鳴を上げ立ち上がった。

 皮膚から噴き出すような汗は滝のように流れ、次第に急激な体温変化により寒々しく感じる。

 呆然と焦点の合わないまま下を見つめていると、白く霞む世界は霧が晴れたようにはっきりとした。

 そこで最初に見えたノートにつづられた文字と筆記具を見て、ふと自分が千葉の講義中に居眠りをしていたことを思い出した。

 弾かれたように顔を上げると、自分と同じように机上にノートと筆記具を出している学生たちが様々な反応を無言で向けていた。

 驚愕や怪訝、嫌悪または嘲笑といった感情が顔に書かれていた。中には蒼斗の予知夢事情を知っている篠塚が呆けた顔で見ている。


 蒼斗に狂蟲を狩り取られから篠塚の体調は数日で回復に至った。

 それから恒例のカウンセリングの際、千葉から蒼斗のことやAPOCの事情を大まかに説明を受けた。

 彼自身、今までのこともありすぐに態度を変えるなんて器用なことはできず、あの事件以降、蒼斗を陥れるような真似は一切していない。それどこか関わらないように、むしろ傍観しているような姿勢をとっている。


 すぐにそれを悟った蒼斗は、篠塚の変化に特に気に留めなかった。

 かえって反応すると面倒くさいことになりそうなため、蒼斗は蒼斗で現状維持をとった。

 

「どうした、工藤君? そんなに今の話は驚愕するものだったか?」


 千葉はおどけたような口調で首を傾げた。


「あの、その……そんなところです」

「ほーん、そうか。ちなみに、まだ何も話していないんだがな」

「え?」


 教場に学生たちの笑い声が木霊した。

 時計を見れば始業の鐘が鳴ってまだ数十分しか経っていなかった。

 蒼斗は早々に睡魔に負け、千葉にまんまとからかわれたのだと分かると、羞恥で顔だけでなく耳も熱を持つのを感じた。


 講義が終わるまで、蒼斗は肩身の狭い思いで千葉の言葉に耳を傾けることになってしまった。


「珍しいわね、あなたが居眠りなんて」

「……僕だってそういう時はあるさ」


 遅れてやって来た辰宮は、蒼斗の隣に座るとカバンから道具を掴み出して机に広げる。

 だがそれを開くことはない。蒼斗は彼女が初めから講義を聞く気がないのを分かっていた。一体を何しに来たんだか。


「気分はどう?」

「まぁまぁかな。コレがなければ心に余裕は出来るけれど」


 辰宮は自分の首に巻かれた機械を指差して肩を竦めた。


「それは――」

「分かっているわ。自分の過ちがコレで償えるのなら、死ぬより安いわ」


 首に取り付けられた機械は断じて辰宮の趣味ではなく、核が下した、彼女が処刑されることなくこうして学生生活を送れる罪の代償だった。

 機械には身体を木っ端微塵に吹き飛ばすことが出来るくらいの威力を持つ小型爆弾が仕込まれている。

 爆弾は彼女がセントラル地区を出た瞬間に爆破する仕組みになっている。

 勿論、無理矢理外そうとしても瞬時に爆発する。


 歩く時限爆弾となってしまった――結果としてそうさせてしまった蒼斗はかける言葉が見つからず、口をただ無駄に開閉させていると、辰宮はうっすらと笑った。


「あなたには感謝しているのよ、本当に」

「僕は……」

「あなたがいなければ私はボスたちに殺されていたし、兄の呪縛から解かれることはなかった。アストライアが兄と御影の手に渡ってしまっていたら、きっと最期の審判計画を再開させてまた新たな被害者を出していた」


 辰宮を止めてしまったことで歩く兵器になった。

 御影の計画を止めることが最優先事項であり、蒼斗のしたことは正しかった。それでも蒼斗の胸中では罪悪感があった。


 優しすぎる蒼斗の性格を知っている辰宮はやれやれと眉を下げて息を一つつく。

 彼女の中には蒼斗を恨んだり憎んだりといった感情は持ち合わせておらず、むしろ暗雲が過ぎ去ったかのようにすっきりしていた。

 初めて生きているという感覚を実感した。


「だから約束する。もう自分の命を無駄にしようと思わないわ。あなたが言った、残された人間としての義務を果たす為に……どんなに格好悪くても、生きて抜いて見せるわ」

「……そうか。良かった」


 自分の生きる意味を知った辰宮の目を見て、蒼斗は安堵で顔が綻ぶ。

 もう自分の話を終わりにしたいのか、辰宮は肘で蒼斗の腕を軽く小突く。


「それより、廊下まで聞こえていたわよ? さっきの悲鳴」

「うわ……恥ずかしい。亜紀さんたちに聞かれたら絶対笑いの種にされる」

「穏やかそうな夢じゃなかったみたいね。――御影に関する夢?」


 蒼斗は首を横に振った。


「分からない」

「どういうこと?」

「廃墟が立ち並ぶ場所に数人の死体が転がっていて、僕は女の人に守られていた。でも結局、その人も僕も殺された」

「犯人は見た?」

「細身で黒の長いコートを着た男。あ、手に革手袋をはめていた。凄いリアルだった……いつもに増して痛みが凄くて、思わず叫ぶくらいの威力だった」

「それであんなに……」

「君が……辰宮太一が大倉さんを殺そうとする予知夢を視た時も強烈だったよ」

「ははは……」

「でも、犯人は言ったんだ――に。自分を探すなって」




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