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「亜紀さん、これは一体……?」

「コイツはAPOCの幹部の最後の一人だ」

「……えぇぇぇ!」

「おい勘違いするなっスよ、そこのヒヨッ子! オレはあんな組織の、まして幹部なんかじゃねぇっス!」


 奈島拓海――検挙率ナンバーワンの実力を持つ彼の正体は、APOCの幹部にして、五賢帝第五位の皇帝だった。

 ただ、本人は皇帝としての責務は果たしているが、APOCの幹部の肩書きは否定している。


「紹介しておくぞ、奈島。お前の下っ端でもある工藤蒼斗だ」

「だからオレはAPOCじゃないって言っているじゃ……ん? ソイツって確か死神の……」

「情報が早いな。ウチの中でしかコイツの情報はないっていうのに、ちゃんと情報持っているじゃないか」

「なっ……」

「それに奈島、俺はまだお前をAPOCの幹部から外してないからな」

「あぁ……もう! アンタのそういうところが気に入らないからここに入ったのに……っ、やっと逃げられたと思ったら全然ダメじゃないっスか!」

「優秀な人材をこの俺が易々と逃すとでも? しかも十大悪魔従えておいて逃げられるわけがないだろ」

「え、悪魔?」

「皇帝ということは、当然悪魔と契約しているに決まっているだろう」


 二人のやり取りを眺めていると、卯衣は蒼斗にそっと耳打ちをした。

 奈島は唯我独尊の亜紀の態度に嫌気がさし、幹部を抜けた。

 当時、亜紀は奈島が尊敬していたSTRPの警察をこれでもかと罵り倒し、彼の怒りを買って大喧嘩騒動になった。


 だがそれは天敵であるSTRPから情報を手に入れるのを可能にするための亜紀の掟攻略法――つまり、それにまんまと彼は乗せられたのだ。



「昨夜、白井科学技術研究員がゴミ処理場で発見された。お前らが先日横取りした本山優の友人であり同僚だ。俺は今回の一件と関係があるのかどうか知りたいんだ」

「白井……」

「奈島、お前を信頼してここまで来た。お前がいなければこんな猿どもの巣窟など誰が赴く?」

「うっ……」


 諭すような亜紀の声調に一瞬怯む奈島は、頭を振って毛を逆立てる犬のように威嚇。

 この光景を蒼斗は目にしたことがあり、彼も自分と同じ手に引っ掛かったことがあるのだろうと同情の目を向けた。


「奈島君、今回だけで良いから力を貸して欲しいの」

「う……卯衣、さん……」


 見かねた卯衣は奈島の手を取って懇願し、穴が開きそうなくらいに見つめた。

 これを狙っていたのか、亜紀は奈島が自分に背を向けるや否やしてやったりといった表情を滲ませた。あとは卯衣に任せておけばいいのか、自分は背もたれに体重をかけて寛ぎ始める。

 手をしっかり握られた上に真っ直ぐ見つめられた奈島は、瞬間沸騰器のように顔が赤くなり、湯気が立ちこめそうだった。口元はだらしなく緩み、目が泳ぐ。


 流石の蒼斗も気づいた。――奈島は卯衣に好意を……それもかなり抱いていると。



「……こ、今回だけっスからね! 事件ファイルはオレの机の引き出しにあるっス!」

「心配するな、もう見ている」

「おい東崎ぃぃぃぃ!」


 蒼斗を手招きして事件ファイルに目を通す亜紀。

 開いて早々に目に飛び込んで来たのは、血塗れの本山の遺体写真だった。以前生で直接見たとはいえかなり堪えた。衝撃のあまりに蒼斗は近くにあったゴミ箱を抱えて嘔吐し、奈島は悲鳴を上げた。


「テメェ、人のゴミ箱にゲロするとかどういうことっスか! トイレ行けっスよ、トイレ!」

「すいません……あまりにも唐突すぎたもので」

「ふぅん、中々の反応だ、素晴らしい……だがさっさと片付けて来い、くせぇ」


 ゴミ箱を持たせて蒼斗をオフィスから追い出した亜紀は、引き続きファイルを読み始めた。

 本山優。バーの裏で仰向けの状態で倒れているのをゴミ捨てに出て来た従業員が発見。銃弾が胴体に六発、手足に一発ずつ、そして喉元に一発撃ち込まれており、接射創が見られることから至近距離から発砲された可能性が高い。


「接射創?」

「銃口と体の距離が近い状態で発砲された時に出来る、皮膚表面に黒く焦げた跡のことだよ」

「さらに、急所をわずかに外してつけられた刺し傷が見られた」

「同じですね、大倉さんの傷と」

「大倉?」


 奈島はトイレから戻ってきた蒼斗の言葉に反応した。


「何かあるのか?」

「数ヶ月前、ウチの情報部から例の白井の研究所から膨大なエネルギー反応を感知したと報告があったっス」

「エネルギー……中身は探れたのか?」

「最期の審判計画に使用されたようなエネルギー反応はなかったっス」

「あの計画は着実に進められている。以前のような反応がなかったにせよ、狂蟲が新たに放出される恐れがあるのは完全には否定できないな」

「で、その時間帯にあの場にいたのは大倉、新條、本山の三人だったっス」


 万が一のことを考えてSTRPが研究所の調査に入ったところ、結果は白で何も出なかったようだ。


「いろいろ掘り下げてみても、あの研究所はここ数年に出来たかなり小規模のもので、扱う物質もこれといった危険性は特に見られなかったっス」

「なら、夜になったら二人について奴から聞き出してみるとするか」

「夜を待つ必要はないよ、亜紀ちゃん」

「何?」


 ――刹那、風を切る音が聞こえた。

 続けて小さなガラスが割れる音を捉えた。


 何事かと早まる鼓動を落ち着かせ、音の出どころへ顔を移せば、奈島が昇進した時の写真に矢が刺さっていたのを見て呆然とした。

 ものの見事に奈島の顔に風穴が開き、大事にしていた写真がお釈迦になったことに目を剥いて悲鳴を上げた。



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