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「亜紀さん……っ」

「蒼斗、今すぐ卯衣を連れてここから逃げろ!」

「でも……」

「これは命令だ!」


 心臓の鼓動が耳に届き、身体の中心を針で突かれるように痛んだ。

 亜紀は、自らを囮に守ろうとしている。だが、みすみす亜紀を置いて逃げるわけにもいかず、襲いかかる義父兄を目にし、蒼斗の心は揺れる。



 ――できない……何も、できない。



 誰かに必要とされたい。誰かを守りたくてずっと生きてきたのに……現実は、こんなにも残酷なのか……っ!


「亜紀ちゃん――っ!」

「っ!」


 祥吾の爪が亜紀の背を捕らえる。

 瞠目した双眸に移る世界が一瞬だけ、スローモーションのように見えた。コマ送りのような瞬間は束の間で、宙を舞い、苦悶の表情を浮かべた硬く目を閉ざした亜紀の身体が勢いよく地面に投げ出されて転がる。


 目の前の状況を把握しきれないず、頭の中が真っ白になり息を呑んでいると、亜紀の身体を中心にじわりと赤が滲み広がり一帯を汚していく。


「あ、亜紀さ……!」

「――っ、来るな!」


 数メートル先に飛ばされた亜紀は、隙を作らんとばかりにすぐさま血溜まりに剣を地面に突き立て身体を起こし、肩で息をする。

 荒い息遣いを繰り返す度にパタパタと血が滴り、左足は負傷したのか痙攣を起こしている。


「行け…早く……コイツらは、俺一人で十分だ」



 ――お前らは絶対に、守ってみせる。



「どう、して……」


 こんな姿になってまで、何故守ろうとできる? 自分はあの異形が恐ろしくてたまらないのに、何故身を挺して守ろうとできる?

 APOCとしてのプライド?

 総帥として倒れるわけにはいかないから?


 ボロボロの状態でもなお、垂れる前髪の先に見えるその瞳は揺らぐことなく死んでいなかった。



 蒼斗はその凛々しく大きな背中に目を奪われた。




 ――我また聖なる都、新しき聖地の為に。


 


 蒼斗は目を見張った。

 聴覚が奪われたような錯覚が一瞬。それから流れるように頭に入り込んだ言葉が、こみ上げる焦りを一掃した。




 ――血の導きにより、蒼白の刃をかざせ。




 怪我した額から滲む血が頬を伝い、左手の甲に落ちた。

 そして――グローブ下に刻まれた紋章が蒼く光を発し、瞬く間に大鎌が姿を現した。

 死人のように青白く、妖しく光沢を発する刃。


「な、何……?」

「とうとう本性を見せたなああ、死神いい!!」


 ぐりん、と首を回した桐島は瞳孔が開き切っていた。


「その鎌こそ! 貴様が王の命を狙い、滅ぼそうと目論む葛城の血を引く者の証だあああ!」

「こ、これが……っ?」

「蒼斗……?」


 完全に桐島たちの意識は亜紀から蒼斗に移った。


「忌々しい貴様から片付けてくれる!」


 名を呼ばれ、祥吾は身体の向きを変えて狙いを蒼斗に定める。


「祥吾……っ、お前……」


 真っ向から向き合う形になった蒼斗は、大鎌を手にしてある変化に気づいた。

 今までは狂蟲の浸蝕状態しか視ることしかできなかったが、祥吾の身体が浸蝕されている部分と、箇所を示す境界線を捉えた。


 後者では、蒼斗が良く知る、人の姿を辛うじて保つ祥吾が苦しみもがいていた――その口は、『コロシテクレ』としきりに叫んでいる。

 蒼斗は一つの仮説を立てた。


 もしかしたら、まだ彼を助ける手立てがあるのかもしれない、と。


「……待っていろ、祥吾」


 いつだって、自分が前に進めるように先を歩き、その度に振り返って手を差し伸べてくれた。

 副島たちに襲撃され逃げまどっていた時にも、自分の立場が危うくなるというリスクを顧みず助けに来てくれた。


「……今度は僕が、助ける番だ」


 蒼斗は大鎌を握り直し走り出した。


 不思議な感覚だった。大鎌を通じ、脳が何をどうすればいいか直感で理解できた。

祥吾の変化した身体の一部が攻撃を仕掛ける。足元に刺さろうが、顔の横をよぎろうが構うことなくただ一直線に向かった。

 間合いを詰め、手足を斬り払う。

 再生までは時間がかかる。隙が出来たところで蒼斗は大鎌を握りなおし、大きく振りかぶった。


「あなたに悪魔の加護があらんことを」


 二重に見える祥吾の境界線目掛けて大鎌を振り下ろし、蒼白い刃で切り裂いた。


「何、だと!?」


 雄たけびを上げながら祥吾の身体が分裂した。片方の歪み切った形相に蒼斗は泣きそうになった――コイツを切り離せば、あとは……。


「視えた……っ、そこをどけ、蒼斗!」


 切り離された異形を水魔鏡に捉え、亜紀は一歩大きく踏み出し剣を振るった。

 身体から切り離され宙ぶらりとなった異形はあっという間に二つに切断され、断末魔の悲鳴を上げながら闇に消えていった。


「……やっと終わったか」


 亜紀の大きく息を吐く声と共に、拾った銃をホルスターにしまう金属音が静かに響く。


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