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「……未来が視えると言っても、ただ映像が勝手に頭に流れ込んでくるだけです」
「頻度は?」
「その時によって違います。ここ最近だと銀行強盗、ショッピングモール連続爆破、隣ブロックでの処刑場、特機隊の襲撃前……それと、きょ、狂魔になった副島君が女性を殺そうとした現場」
「……ふぅん、なるほどな」
蒼斗が告げるたびにスライドに摘発報告書が映し出される。
やはり全てAPOCが仕組んだことだったか。
胡坐をかいた膝を肘置き代わりに、亜紀は薄ら笑みを浮かべた。
「やはりお前は死神の血を引いているな」
「え?」
「今お前が言った場所は、全て御影が大きく関連している」
ここ最近のAPOCは、御影に深く関与しているとされる調査報告を元にした核からの勅令で動いた遠征摘発任務。
処刑場襲撃の件は、王に抗った狂魔に堕ちていない善良な人間保護のための緊急任務。
蒼斗への襲撃は、彼の死神発覚後の御影の特命。
その後の副島の暴動は蒼斗を殺しに追いかけてきたと考えて何らおかしいことはない。――全て裏で御影が裏で糸を引いていた。
「お前は御影の最期の審判計画阻止、そして抹殺使命のために、奴に関わる予知夢を視ることができるようだ」
「そんな……」
予知の先に御影あり。
蒼斗が視る人物こそ、御影に一番繋がる手掛かりなのだ――と、亜紀は推認した。
被害者になるであろう者を辿り、片っ端から潰していくことで最終的に御影を引きずり下すことができる。
だが今回の一件が偶然だとしたら――と、口にしかけたところで蒼斗は当ててつぐんだ。
多少自信があるのか拳を握って語る亜紀の話に水を差すような真似をしてしまえば、殺されることはないだろうが酷い目に遭わされること間違いなしだ。
突きつけられた事態に、蒼斗は処理が追いつかず置いていけぼりだった。
「僕が王を倒すために生まれた死神……? そんなことが信じられるとでも?」
「信じる、信じないはお前の自由。だがその手に浮かぶ証は、お前が奴を殺すために生まれた存在だと明確に示している」
「今までずっとこの十年間、王のために力を尽くしてきました。それを今更殺せだなんて……!」
「忠誠心が高いのは結構だが、現に奴は、お前が死神と分かったら一斉に殺しにかかったぞ」
掌を返したようにおびただしい殺気を放ち、自分を殺しにかかる、かつての上司や同僚、部下。
思い出しただけでも恐い。彼らがもう、自分を仲間だと思ってくれていないことが、ひたすら胸を痛めつけた。
「だが安心しろ。俺と契約をしたことでお前は自由になった。お前の居場所は、主人のこの俺が保障してやる」
「どういうことですか?」
「君がつけている首輪のことだよ」
「首輪? そういえば、さっき変なものが首に……」
首に触れれば何の感触もない。
だが亜紀が手をかざせば首の周りに赤い輪状のものが浮かびあがり、驚いた蒼斗は思わず手をかける。
何度引っ張ろうが何をしようがびくともしない。指先が痛くなるばかりで、蒼斗は一度首輪から手を離して赤くなった箇所に息を吹きかける。
「どうなっているんですか!」
「それは第一皇帝である俺の飼い狗だということの契約の証だ」
「契約? 僕はそんなことをした覚えはありませんよ」
「コイツは俺が任意で選択した対象を契約魔にするものだ。相手に拒否権は一切ない」
「お、横暴!」
認めもしない一方的な契約で所有物化されるなんてとんでもない話だ。人権侵害もいいところ。
そもそも所有物化されること自体間違っている。人間を何だと思っているんだ。
「第一、契約魔って……僕は人間ですよ」
「お前は死神、
「ソウマ?」
卯衣と近衛の会話を思い出す。
「蒼い瞳を持ち、手に死神の刻印を持つ者。それこそ、蒼馬である証」
咄嗟に浮かぶ痣に触れた。
それでも……。
――あぁ、帰りたい……。家に、帰りたい。
「オリエンスが恋しいか?」
心を読まれたのかと疑いたくなるくらい、タイムリーな一言。蒼斗が弾かれたように顔を上げれば、亜紀は気の毒そうに眉を下げた。
「あんな国に執着する理由が俺には理解できない。自分たちは私腹を肥やし、民を不幸にする愚劣な統率者など殺してしまえばいい」
「でも、僕は……!」
「そんなにあの駄国がいいのならば、真実を見せてやる――オリエンスの本当の姿をな」
亜紀は蒼斗の首根っこをわし掴むと縁側へと引きずる。適当に投げ出され、セントラルが良く見える景色が広がった。
「あれを見ろ」
指で示すその先を追い、魔鞘塔の上空部へと視線を動かしていく。
「なん、ですか……あれ……?」
その上に浮かぶ黒く繭のような形をした物体。
「あれこそ、今のオリエンスの正体だ。お前らはこの十年間、あの中で過ごしていたんだよ」
「う、嘘だ……っ、あれがオリエンスだなんて……あ、あそこに浮いて……」
ゼロ・トランスが発生したことで、錬金実験が暴走を始め、オリエンスは櫻都を中心に次元が二つに割れた。
発生した狂蟲は互いに吸収し合い、巨大な生物となって瞬く間に首都を中心に櫻都を覆い尽くした。それは球体となって形を保ち、地の底へと沈み堕ちて次元の先へと消えた。
やがて球体内部は全てを暗黒に染め、太陽を奪った。
あそこに浮いて見えるのは、核がオリエンスの様子を監視するために投影しているものだと亜紀はさらに補足する。
だが、今の蒼斗の耳にその補足は届いていない。
「そんな……っ、じゃあ僕たちが見ていた太陽は……っ、あの球体越しのものだったって言うんですか……」
「次元が割れたことで、櫻都を乖離点としたある種のパラレルワールドのオリエンスが生まれた」
もう片方のオリエンスはペンタグラムという新たな国として再建し、豊かな国となった。
世界からはその功績でペンタグラムとして受け入れられ、反対にオリエンスは忘れられた国となった。
「俺たちは、あれを『神の悪夢』と呼んでいる」
正しいとされていたものは、その実大きな誤りだった。――そんな、正義が逆転した世界を例えて、誰かがそう名付けた。
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