第5話「灰色の世界」
「α01の様子はどうだ?」
部屋の照明が極度に落とされ、中央にあるテーブルの上には光度を上げたホログラムが投射されている。
2019年に実用化されたホログラムシステムだが、現在においては確立された技術なっており、様々な場所にて使用されている。
あらゆる施設の案内板から始まり、小さいものにいたっては軍が使用する小型端末でもホログラムの使用が可能な最新機器も導入されているほどだ。
そんな技術によって投射されているのは様々な数値であり、その数値の意味を知っているのはそれを制作した者達だけだろう。
「順調に推移している。予定よりわずかに下回っているものもあるが、概ね良好だろう」
口々に話すのはホログラムを囲むようにして座る複数人の人間たち。彼らの共通点と言えば口調と着ている衣服、後は後退した頭髪くらいだろうか。
「以降のシリーズはすべて失敗しているからな。少なくとも成功例のサンプルデータは取っておく必要があるだろう」
ホログラムの光によって顔の輪郭がかろうじてわかるほどの明度の部屋において男はにやりと表情を歪ませる。
「しかり、しかり。そう言えば、Δシリーズの進捗はいかがかな?」
また別の男が思いだしたように問う。男たちの間においてその先は口に出さずともわかる間柄だ。
「テスト起動はクリアしたが、数値が安定せん。やはり新規投入したBER973が不安定にさせているようだ」
「あれは効果は出るが如何せん副作用が強いからのう」
「しかり、しかり」
複数人が同意するように頷く。その動作はまるで連動している様に統一された動きだ。
「新規計画はREDシリーズの試験を開始する予定だったか?」
「ああ、奴らの体組織を脆く変化させる薬物だったか」
そう男が呟くと同時にホログラムで表示されるのは新たな数字の羅列。その数字が先ほど出た新規計画の概要だった。
「新型の弾頭で、確か今週辺りに実地試験行う予定だと記憶しているが?」
「ああ、α01が丁度その場所に向かうらしい。ついでに命令したのだよ」
「だがREDシリーズの実地試験は初めてのはずだが?」
「しかり、だからこその運用試験なのだよ。お上がうるさくてかなわん」
男達は疲れたようにため息を吐きだすと椅子にもたれかかる様に姿勢を変える。
「まぁ、そう言うな。試験が成功したら黙るだろうよ」
そう男が言うと全員が一様に頷きを返す
。
「では今後の計画も予定通りに進行でよろしいな」
最後にまとめるかのように男が決を採る。この時点ですでに答えは出たも同然であるが男たちの集まりにおいて最後のコレは決まりのようなものなのだ。
「では異論もないようなので今日は解散とする」
そう言った直後に部屋の全ての電源が落ちたかのようにブラックアウトする。そして部屋に訪れるのは静寂のみだった。
「特別演習、ですか?」
入学から2月ほど経ち、各授業と施設にようやく慣れてきたという頃。いつもの様に一日の最後のホームルームを行っていた一学年第一クラスの教室内に声が上がる。
その声を上げたのはクラスのムードメーカーの座を手に入れようとしている金髪長身の男子生徒だった。
「なんだ横田、お前演習が嫌なのか?」
対して特別演習の開催を告げた元凶であり、その笑顔がろくなものではないと最近認識されだしたクラス担任の相良が返事を返す。
この時点で相良が笑顔を浮かべていることから生徒のほとんどがロクでもない事が何なのか、必死に頭を回転させているが未だに予想できた者はいない。いつも斜め上の回答が返ってくるのだ。
それでも必死に考える理由としては命の危険、という言葉が付いて回るためであり強いては自身の安全の為である。
「いやユウトが気にしているのはデートですよ、デート」
相良の剣呑な言葉に返すのは横田と呼ばれた金髪長身の生徒の横の机、その上に座っている男子生徒。横田ユウトとよく共にいる者であり、一種の悪友と呼べる生徒だ。
「ほう、横田。貴様いつの間に彼女なんぞ作りおったのだ?一つ先生にも紹介してほしいものだな」
ニイッと笑顔を浮かべている相良を横目に友人である男子生徒をぶん殴るユウト。その表情は必至であることからこの話が本当の事であるようだ。
「ちがっ、そんな事ねぇって」
クラスの中でも人気のあるユウトに彼女がいることはあまり知られていなかった。というのも本人や関係者が口を堅く閉ざしていたためであり、ユウト自身は言いふらすつもりもなかった。
しかしながら狭き学園の中でそのようなカップルの話が漏れないわけがない。
実際には知っていたが知らないふりをしていた、というのが実情だろう。
「まあ、いい。それで特別演習だが3日後の水曜日に行うことになった。第3防壁の東門から出る定期討伐隊の見学だ。もちろん今のお前たちなど盾にもならんから戦闘に参加することはない。せいぜい戦闘の邪魔にならない程度に後ろからついて行くことだな」
定期討伐隊。
それは今もなお増殖するバルグを定期的に駆除し、その数を増えすぎないように抑制し、防壁近くを間引きする目的で行われているものだ。
もし増殖を許し、巨大な群れを作れば一気に防衛都市を襲う集団と化す。過去何度か別の国で起こったソレにより、莫大な死者を出しバルグのエサとなったことで更にその数を増やしたのだ。
そのような惨事を無くすためにも定期討伐は必要である。またその他の理由として兵士たちに定期的に戦闘経験を積ませ、練度の向上も目的とされている。
「それに空の定期便は未だ健在だが、いい加減陸路もある程度まで確立したいんだよ」
現在日本において一大規模を誇る防衛都市東京を除いて2つの都市がある。
北、雪国である旧北海道札幌にある防衛都市“北都”。そして西は九州の旧福岡にある防衛都市“西都”。
両都の人口を足しても東京の半分ほどにも上らないが僅かに残る人類の生活拠点として運営されている。
その都市への移動手段は現在ほとんど空路に限られている。
幸いバルグは陸上生物であり、海中など水中での生息が確認されていない為海路での輸送も可能ではある。しかしながら手早く移動するにはやはり空路が一番なのだ。
「毎度行われている整地作業も同時に行うからお前達は土木仕事の手伝いだ。せいぜい現場の空気を味わっておけよ」
俗にいうお手伝いを実地にて行うのだ。正規兵の警護付きという厚い看護を受けながら。
「さて、そろそろホームルームも終わりの時間だな。特別演習は0600までに屋外訓練場に集合すること。装備はA装備で前日までに装備科に借りておくこと、申請は済んでるから受け取っておけよ」
そう言い残すと生徒達を残し、相良は一人教室を出て行った。
残された生徒たちは途端におしゃべりに花を咲かせたのだった。その花が華やかな色でない事は確かだが。
人々の住む領域はすでにバルグにおいて侵略されており、安全に暮らすには高い防壁で囲まれた狭い場所しか残っていないのが現実である。
現に世界中で生きている人間の生存可能領域は日本の国土よりも少なく、その狭き場所で23億人もの人々が生活しているのだ。驚きの人口密度である。
そんな人類、日本人の目標としては当然、生存圏の拡大であり奪還だ。
バルグを駆逐し、栄えある人類の生存圏を増やそうとしているのだ。そこでは当然障害としてバルグが存在し、邪魔をしている。
今回の定期討伐に関してもその内容に生存圏の拡大が大きく関わっており、部隊の半分ほどは大規模な整地を行う部隊が占めている。
第3防壁東門のすぐ近く。防衛軍の駐屯地には500人を超す軍人たちであふれていた。
並んでいるのは戦闘を目的とした装甲車や戦車を始めとする車両が3割。残りの7割は土木作業を目的としたショベルカーや大型のダンプカーなど建設重機などが並んでいる。
そして当然それらに乗る人間はすべて軍人であり、整備課に分類される者達だ。
服装は一般的な軍服であり、防衛軍で標準の迷彩柄の軍服である。これらは通常の繊維で作られており一般的な衣服と比べ強度的には強いが
その理由は軍としてもコストには適わないという大人の事情である。
「整列っ!」
慌ただしく走り回る軍人たちの中、綺麗に整列した集団の先頭。一人の男が大声を上げている。クラス担任の相良だ。
「これより事前通達通り8班に分かれ実地見学を開始する。諸君は戦闘服を着ているが内容は現場で整備課の者達を助けることだ。戦闘に関しては防衛課が受け持つ。万が一の際は対比することになるためあらかじめ非難地点を記憶しておくことだ。なお俺とケイルの二人は各班を巡回するから何かあればその時に報告するように」
その言葉を合図に生徒たちは各班ごとに便乗するトラックへと乗り込んでいく。
足早に乗り込んでいく生徒達。その中に一人の少女が居た。
黒髪を後ろでまとめ、結い上げた身長が高めな女の子。サキである。
サキはトラックのふちに手を掛け、ふと空を見上げる。7時過ぎという時間にしては暗いなと感じたからである。
視線を上げた先。そこに広がるのはまるでパレットの絵の具を混ぜたような黒々とした雲に覆われた空。
「雨、降るかな・・・」
太陽の光が減衰し、灰色の世界と化した場所でサキは小さく呟くのだった。
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