<last chapter>

佐都一さんの匿名短編バトル恋愛編(https://kakuyomu.jp/works/1177354054885140312)に参加させて頂いた作品です。

テーマは「不道徳な恋愛」



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『何故私を庇ったのですか?マスター!』


 電磁砲の反動によってフレームが剥き出しになった右腕で、ニドの装甲スーツに空いた穴を押さえるシーニュ。

 普段のボディなら延命処置も出来たが、今の戦闘用に改修されたボディの自分に出来る行為は傷口を押さえる事しかない。

 しかし、穴は残った片手で塞ぐには多く、サブ電脳は<出血過多、致死量ニ達シマス>とニドが死に至る事実を突きつけてくる。


「あい…つ……のほうが……早……かった……んだゴフッゴフッ!」


既に喋る事さえ難しいのか、ニドは咳き込み、口から血を吐いた。


<胸部ノ損傷ガ深刻デス。速ヤカニ医療機関ヘノ…>

『(うるさいっ!!)』

<……………>


 診断しなくても分かる。マスターはもう助からないだろう。

 人間でなくとも、機械でなくとも、この穴だらけの体を見れば誰もがその答えを論理的に導ける。

 だが、シーニュはそれを認めたくなかった。

 認めてしまえば、ニドは死んでしまう。

 自分がニドが死ぬと認めてしまえば、ニドが死んでしまう。

 それは機械にあるまじき、論理から外れた思考。

 ニドが感情を優先して行動する度に自分が口うるさく言っていた論理的という言葉が、今はこんなにも恨めしい。


「ゴホッ!ゴホゴホッ!!…シー…ニュ……」

『マスター!これ以上喋らないで下さい!!血が!!』


 ニドは自分の体がもう助からない事を理解しながらも、珍しく大声を出して慌ててるシーニュを見て、おかしいような、それでいて嬉しいような気持ちになっていた。

 余りの重症で脳がおかしくなったのかもしれない。体を動かすことは出来ないが、視線だけ動かして顔の半分から内部が覗いているシーニュの顔を見る事は出来る。

 このまま自分が死ねばシーニュはマスター権限を解除する人間が居なくなるため、自由に動く事が出来なくなる。

 それだけは避けなければいけない。シーニュはこんな所で終わっていい機械人形オート・マタではない。

 自分はもうここまでだけれど、シーニュにはまだ色んな世界を見て欲しい。色んな人と知り合って欲しい。色んな事を経験いして欲しい。そして、出来ればもう少しオシャレに気を使う女の子になって欲しい。

 だから、自分とはここまでだ。

 そう決意し、こみ上げる血を吐き棄て、最後の力を振り絞って喉を動かす。


「シーニュ…君の……」

『マスター!?それは!!』


 シーニュもニドがする事を理解したのだろう。

 二人はこの世界でマスター権限を解除されないままマスターが亡くなってしまった機械人形オート・マタはいくつも見てきた。

 ニドが自分もそうならないようにと、マスター権限を破棄しようとしている。


『マスター!いいんです!私は、私はあなたの…』

「君は…自由……ゴホゴホッ…るべきなんだ……だか…ら……」


 ニドはシーニュの気持ちを分かっていた。

 分かっていたからこそ、死んでしまう自分がいつまでもシーニュを縛り付けてはいけないというのも分かっていた。


「だから…シーニュ……君の、マスター権限を破棄…する……」


 ニドはそう言うと力尽き、首がガクンと垂れ下がった。


『マスター!マスター!!ニド!!」

<マスター“ニド”ニヨル権限ノ破棄ヲ確認。当機ハ未契約機ニ成リマス>


 シーニュは動かなくなったニドの名前を呼び、体を揺らす。

 だが、ニドの反応は無い。


『ニド!?ニド!?ニド!!!!』

<対象者ノ生命活動ノ停止ヲ確認>

『うるさいって言ってるだろ!!!』

 

 シーニュはニドを抱えたままそう叫び、サブ電脳が突きつける事実の理解を拒もうとしていた。

 だが、サブ電脳も自らのパーツの一部分である。自己否定は出来ず、それを受け入れるしかない。

 せめてニドの体をきちんとした場所に葬ろう。そう考えながら右腕に力を入れるが、


ガンッ


 残っていた右腕が二の腕から崩れ落ちる。


『あ…』


 戦闘用に換装したボディでも、単独での電磁砲に耐える事が出来なかったのだ。

 腕だけではない。そのボディ中の全てが反動によりいつ崩れてもおかしくない。


ゴゴゴゴゴ


 まるでその衝撃が切っ掛けとなったかのように震え出す復讐の塔バベル・タワー

 グノーシス達の制御装置でもある塵芥達のラビッシュキングが機能を停止した事でこの塔も維持装置が止まり、崩れ落ちようとしているのだ。


 シーニュはその振動を察知しニドを抱え上げようとするが、既に掴むための腕は無く、残った肩部分が上下に動くだけだった。


『駄目だ。このままでは…あぁ!!?』


ガンッ   カンッ カッ


 立ち上がろうとしたシーニュの股間部と腰部を繋ぐ軸が折れ、床に叩きつけられた衝撃で頚椎の竜骨が折れ、いくつかの脚部パーツも飛び散る。


<警告、損傷率80%ヲ越エテイマス。コレ以上ノ損傷ハ本体ノ活動停止ヲ招キマス>

『だからうるさいって!!』


 ニドを抱えれない自らの体、サブ電脳の無機質な警告、そして、ニドを守れなかった自分。

 それらへの苛立ちを隠そうとせずに声を挙げる。


『あぁ…あ…、ぐ、うぅ……』


 そして、両腕を失い、腰から下が動かずとも、残った部分で這いずる様にしてニドの体に近づくシーニュ。

 その顔は涙を流す機能が無くとも嗚咽に塗れ、後悔と、懺悔と、悲愴に溢れている。


『ニド…』


 もう動かないニドの胸に頭を乗せ、その名を呟くシーニュ。

 その呟きに答える者は居らず、ただ、塔の崩壊音だけが聞える。



 いつも、自分の側にはニドが居た。

 ごみ捨て場ジャンクヤードで拾われ、再稼動した時からニドと一緒だった。

 ニドと一緒に旅をして

 ニドと一緒に星を見て

 ニドと一緒に窮地を乗り越え

 ニドと一緒に笑い合って

 ニドと一緒にここまで来た。

 ただのマスターと機械人形オート・マタの関係だけじゃない。

 ニドとは友達で、家族で、一緒に居る事が当たり前だった。

 マスターにこんな気持ちを抱くのは機械人形オート・マタ失格だけれど、それでも自分の感情プログラムを抑える事は出来なかった。

 もう、ニドは死んでしまい、自分も動かなくなる。

 だから、最後にどうしても伝えたかった言葉を残そう。


『ニド、あなたが好きでした』




 その日、人類に反旗を翻した機械人形オート・マタと、その生産拠点である復讐の塔バベル・タワーは機能を停止した。

 人々は平和が訪れた事に喜びを噛み締め、二度と同じ過ちが起きないように機械に感情を与える事を止め、機械人形オート・マタの技術の封印を宣言した。

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