フーヤマ・シッカ
中 真
第1話 散々な十二月
自分のアパートを前に思わず安堵の溜め息が出る。
教授にレポートは提出した。来月分の家賃も大家さんに払ったし、溜まっていた生ゴミも今朝方出せた。午前中に論文用サンプルの実験データも確認できたし、午後の授業のテストも……まぁ、落ちはしないだろう。取り敢えず今日終わらせなければいけない物は、粗方片付いた。
私はアパートの鍵を開けながら、頭の中で一つ一つ確認していく。今年の十二月は笑えないくらい忙しかった。大きな用件の上から小さいものまでどんどん重なってしまい、果たして全て終わらせる事ができるのだろうかと、柄にも無くしばしば弱気に自問自答。睡眠を削り時には徹夜、眠気と闘い悲鳴を上げる体に鞭打ちそしてやっと。やっと、今日という山場を無事越える事ができた。
あぁ、本当に、疲れた。
玄関へ踏み込み、回らなくなりつつある頭で何度も戸締りの確認をしてしまう。
眠い。兎に角眠いのだ。だが寝てしまったが最後、夕飯も摂らずに多分今日一日は起きられないだろう。その前にやらなければいけない事がある筈。多分。
「何だっけ……」
独り言のように声が零れた。鞄を下ろし、靴を履いたまま玄関に座り込む。ぼうっと宙を見つめながら真剣に考えてみる。
あぁ、洗濯物。しなきゃ。でもまずは部屋に散乱している服を搔き集めねば。同時に部屋の片付けだ。今現在私の部屋は服に食器、資料の本や紙が今にも倒れそうな塔を模した建造物を成していたり、はたまた崩れたそのなれの果てが瓦礫の山のように部屋の中に、机の上に、ベッドの上に、所狭しとひしめき合っている。その光景は薄暗い部屋の床に置かれているパソコンの画面の灯りが点ると、まるで滅びた文明の遺跡の様である。寛ぐ事はおろか、生活できる環境であるかさえも疑わしい。
そうだご飯。食料の買い出しにも行かなくては。年末年始は実家に帰るから必要なのは……何日分だ?
涙を滲ませ、ゆっくり湧き出た欠伸を嚙み殺す。駄目だ、頭がぼぅっとする。取り敢えず必要最低限買っておこう。一月は道場がまた始まる日に合わせて帰ってくればいいから……
はたと、思考が止まり、欠伸も途中で固まる。
あれ、今日、何日だ?
靴箱の上に置いてある卓上カレンダーを見やる。十一月で止まっている。立つのも面倒臭いので座ったまま手を伸ばし、爪の先でカレンダーを引っ掛け、手繰り寄せる。十二月に捲り、しぱしぱする目をしばたたせながら、指で数字の羅列をなぞっていく。今日は金曜日だから。指が止まる。二十三日。十二月二十三日だ。亮と会う約束は、明日だったっけ。それとも明後日だったか。携帯を取り出し、睡魔と闘いながらメッセージを打ち込む。腐っても恋人である。実家に帰る前に会いたい。
『約束、いつだっけ?』
短い文だというのにいやに時間が掛かってしまった。送信して安心してしまうと、とうとう瞼の重さに耐え難くなる。
洗濯やらは明日で良いや。二度目の欠伸と格闘しながらやや投げやりに思う。今は兎にも角にも寝たい。靴箱の横、自分が今朝置いておいた枕に手を掛ける。行儀が悪いのは百も承知。だが、寝室はとてもでは無いが眠れる状態ではない。機転を利かせた朝の自分を内心褒めてやる。毛布は無いが冬用のジャケットを着たまま寝れば、大丈夫だろう。玄関で寝そべり、荷物は壁際に寄せ、そのまま目を閉じる。眼鏡を外す事すら億劫だ。
恋人のクリスマスプレゼントは既に準備してある。先月のうちに亮の好きなブランドの革の小銭入れを購入した。少し奮発して買ったそれは、店できれいにラッピングしてもらい、ご丁寧にカードまで添えてもらえた。今や机の引き出しの奥で出番待ちである。
自然と口角がやんわり上がる。
亮、喜んでくれるだろうか?
クリスマスの後、次にゆっくりと会えるのは一月中旬の私の誕生日だろうか。その時は亮と二人きりではなく、千夏や林さんに声を掛けるのも良いかもしれない。久しぶりに動物園に行きたいが、千夏達は興味無いだろうか。適当に街をぶらぶらして、一緒にご飯が妥当なところだろう。
朦朧とする意識の中、そういえば二十五歳とはアラサーになるのだろうか、などという考えが頭を過った。
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