第6話


 今日はいつもと事情が違っていた。

 誰かがボクの定位置である“仏壇”(黒冷蔵庫)と“ストーンサークル”(石でできた丸テーブル)の間にちょうど“聞か猿”のようなポーズで両耳を手で押さえながら、収まっている。

 よほど聞きたくないことがあるのだろう。

 

 そっと、しておこう。そうしよう。

 そろり、そろりと聞か猿さんの前を通過して、生きぬよう死なぬように息を潜め、ドジョウに餌だけでもやろうと潜伏任務を遂行していると、ゲゲゲの鬼太郎の目玉オヤジみたいな声で「オイ!」と呼び止められてしまった。

 ほら来た! やっぱりだよ! 絶対に来ると思ったんだ。かくれんぼでも、だるまさんが転んだでも、最後まで生き残った記憶がないんだから。


 幼少の頃は、ラッキー過ぎて、「ボクがくわえて来たのは銀のスプーンどころかプラチナのスプーンかよ、おい?!」とか思っていたのに、マッハの速さで幸運を無駄遣いしたために、現在さわらぬ神からでも祟りを受ける有様で、パパは借金作って千の風になったという噂だし、ママは宗教団体で“とても良くしてくださる方”を見つけて、そいつはボクに「何か美味しいものでも食べなさい」とかドラマの台詞みたいなこと言ってママの前で万札を握らせるし……なんだ、全部うまくいってるじゃないか。


 まあ、とにかく「オイ!」と発声なさった先輩と至近距離で目が合ったまま動けなくなってしまった。

 姿かたちを見るとパンクロックの様式美を感じさせるツンツン頭で なぜかランドセルを大事そうに膝の上に抱えて座っている。


 ボクは熊とにらみ合った時は、目を逸らしてはいけないことを思い出し、ランドセルさんの血走った眼球を見据えたまま、じりじりと後退し、ついに最後の砦であるドジョウの段ボール箱に到達した。

 ボクの気配を感じたのか、ドジョウはこっちをチラッと見て、すぐに昼寝に戻ってしまった。犬に対して対人関係上の救済を求めるのもどうかと思うけど、何だかすごく裏切られた感じがした。“ボクはオマエのごはんのために頑張ったのに、オマエは、オマエは……”という理不尽な思いが熱い泥のように腹の底に湧いてくる。

 隙を見せたからといって熊と違い、いきなり襲ってくることはないと思うが、いったん始めた精神的綱引きを一方的に止めるのも気が引ける。


 しばらくの膠着状態の後、意外にも先に綱を放したのはランドセルさんの方だった。突然フッと表情を緩めると視線を下げ、膝の上のランドセルを開いて、中をのぞき込むようにした。

 ボクも一瞬緊張が解け、うっかり、「何が入ってるんですか?」と聞いてしまった。

 彼はハッとした表情を浮かべランドセルを抱え込み、それからしばらくして中身をこちらに向けてきた。

 ……中には、手のひらよりは少し大きめのカメが入っていた。

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