聖都
星空の下を、
「きゅん……」
「あぁ、聖都が近いんだよ。聖都には花吐きがたくさんいるから、夜空を
自分の体に背中を預けたヴィーヴォが、うっすらと眼を開けて応えてくれる。彼が寒そうに体を震わせた。ヴェーロは
「あ……ヴェーロの尻尾……」
うっとりとヴィーヴォが声を漏らし、自分の尻尾を抱きしめてくる。尻尾に頭を乗せ、彼は気持ちよさげに眼を閉じてみせた。
「そこはかとなく
「きゅん」
すりすりとヴィーヴォが尻尾に頬を
「もうすぐ森林限界だって超えるのに、
暗がりの中に好きな方向に生えた
「何だよ、若草……」
ヴィーヴォが不機嫌そうに若草に顔を向ける。若草はにっと口の端を歪め、ヴィーヴォに何かを投げつけた。
「うぁ……」
「これから君は父さんに
「あ、ありがと……」
「つーても、持って行ってくれって言ったのは、庭師さんだけど」
「兄さんが……」
ヴィーヴォは困惑した様子で自分を見あげてくる。投げ渡された外套を抱き寄せ、彼は口を開いた。
「君もいつのまにか兄さんと仲良くなってるし、僕が眠ってるあいだに何があったんだよ……」
「そうだねぇ。竜ちゃんてば、あんなに嫌がって庭師さんにメロメロになっちゃってさ……」
「本当何なの、あの人……。狩りから帰ってきたらいきなり僕の竜に抱きついてくるし、もう殺していい? 存在自体がムカつくんだけど?」
外套を自身の体に巻きつけながら、ヴィーヴォは
「きゅん……」
ポーテンコを悪く言わないで欲しい。ヴェーロはヴィーヴォの体を鼻先でつついていた。そんな自分の顔をヴィーヴォは力強く抱きしめてくる。
「君も君だよ、竜……。僕というものがありながら、他の男、よりにもよって兄さんと仲良くするってどういう
「きゅーん……」
眼を歪め困ったと鳴いてみせる。ポーテンコはヴィーヴォを救ってくれた恩人だ。ヴィーヴォのように彼のことを
漁村の人間を罰したあと、ヴィーヴォは深い眠りについてしまった。そんな彼と自分を人間たちは竜骸に乗せてどこかに連れ去ろうとしたのだ。
人間たちはヴィーヴォを自分から引き離して、部屋に閉じ込めてしまった。怒ったヴェーロは竜骸で暴れ、閉じ込められていたヴィーヴォを救い出したのだ。
救い出したと、思い込んでいた。
竜骸の一部を壊して囚われていたヴィーヴォを救ったとき、彼の異変に気がついたのだ。
ヴィーヴォは首筋に追った傷が原因で高い熱をだしている。そこから悪い菌が入り込んでヴィーヴォを苦しめていると。彼に害を加えたりはしない。だから彼の治療をさせて欲しいと、ポーテンコはヴェ―ロに頭をさげてきた。
その傷が、自分が彼に負わせたものであることすぐに気がついた。
自分自身のせいで彼が苦しんでいる。その事実を知らされて、ヴェーロは
人の姿になってヴィーヴォに何度も謝った。でも、ヴィーヴォは目覚めざめず、応えてはくれない。
混乱して泣きじゃくる自分を、ポーテンコは優しく慰めてくれた。
ヴィーヴォが苦しんでいるのは君のせいじゃない。だから、彼が治るよう始祖の竜に祈って欲しいとポーテンコは言ったのだ。
初めてだ。ヴィーヴォ以外の人間に抱きしめられたのは。
でも、嫌じゃなかった。
ポーテンコに抱きしめられて懐かしさを覚えてしまったのは、どうしてだろうか。
「竜……」
ヴィーヴォが不機嫌そうに声をかけてくる。我に返って彼を見おろす。ヴィーヴォは鋭く眼を細め、責めるような眼差しを自分に送っていた。
「君は人間たちにとって危険な存在なんだよ。だから兄さんは君を――」
「あぁ、そうやって自分の恋人を人から遠ざけてるわけね、夜色は」
巣の縁に
「本当のことだろうっ!? 聖都の大人たちは――」
「庭師さんは竜ちゃんを攻撃したそうだけど、それって君が一方的に逃げたせいじゃないの? 庭師さんが殺しかけたっていう割には、竜ちゃん凄く元気に見えるんだけど? 竜ちゃんぐらいの大きさの生物なら、あの人の人形術にかかれば
ヴィーヴォの言葉を、若草の声が
「竜は嫌だよね? こんなに人間たちに囲まれて……」
「人になった竜ちゃんはオレのことも若草って親しみ込めて呼んでくれる。オレに君のお守りを頼んだのも、竜ちゃん自身だしね。ついでに言うと、君を治療したのは庭師さん。君、珊瑚色と同じ感染病になりかかってて、本当に大変だったんだから……」
「きゅん……」
そうだよっとヴェーロは若草の言葉に応えてみせる。
人間は嫌いだが、ポーテンコや若草たちはヴィーヴォのことを大切に思ってくれている。その証拠に、彼らはヴィーヴォを治療してくれたし、彼の側にいる自分を引き離すようなこともしなかった。
人間のことはずっとヴィーヴォを虐める悪い奴らばかりだと思っていた。でも、話してみるとそんな人たちばかりではないことが分かったから驚きだ。
「竜……」
ヴィーヴォのことを大切に思ってくれる人たちと仲良くしているだけなのに、どうしてヴィーヴォはそんな眼を自分に向けてくるのだろうか。
「君ってさ、本当に竜ちゃんのこと好きなの?」
若草がヴィーヴォに話しかけてくる。
「何言って……」
「いやオレにはさ、
「何で君はいつも、そんなことばっかり言うんだよ……」
「君が
ぶかぶかの
「誰があんな人と似てるって?」
「似てるも似てるし、ちょーそっくり! だから君を見ているととーてもムカつく!!」
「あんまり僕を怒らせないでよ。色々と訳が分からないことが続いて、イラついてるんだから……」
「あれ、やる。久しぶりに愛し合っちゃうっ!? 泣き虫ヴィーヴォっ!!」
「煩いんだよっ!
ヴィーヴォが立ちあがり、腰に差したナイフへと手をかける。若草は口の端を
テノールの落ち着いた
ヴィーヴォが
ヴィーヴォに
そんな若草にヴィーヴォは肉薄していた。ヴィーヴォの周囲で銀の粒子が閃く。銀色の輝くヴェーロの鱗は、小さな竜の形をとって若草に襲いかかった。
ふっと若草が息を吐く。そこから生じた
竜を構成していた鱗が飛散し、舞い散る鱗がヴィーヴォの頬を切り裂く。ヴィーヴォは顔を歪めながらも、紡ぎ歌を奏でていた。
そんなヴィーヴォの紡ぎ歌を追うように、若草が低い歌声を奏でる。2人の少年の声は
ヴィーヴォの吐いた
「きゅんっ!」
このままじゃいけない。
2人の戦いを見ていたヴェーロは巣から飛び出していた。
「竜っ!」
「竜ちゃんっ!」
2人の声が重なる。甲板を低空飛行し、ヴェーロは2つの薔薇の間へと割って入っていた。ヴェーロの体は光に包まれ少女の姿を取る。
「
ヴェーロは2人の少年に向かって叫ぶ。
「ヴェーッ!」
ヴィーヴォの叫ぶ声が聞こえる。瞬間、その声は空を切る
ヴェーロが辺りを見回すと、褐色の枝が自分を守るように周囲に張り巡らされているではないか。その枝は、襲いかかる茨たちを
ポーテンコの操る人形たちだ。その人形の1体がヴェーロのもとへと飛んでくる。
「あっ」
人形はヴェーロを優しく抱き上げ、上空へと飛びあがった。
自分を抱いた人形へと茨が襲いかかる。だが、それを他の人形たちが火球で焼き払っていく。
ヴェーロを横抱きにした人形は上昇を続ける。人形が目指す先に、翅を生やした木鹿が浮いていた。それにポーテンコが横乗りしている。
ポーテンコは心配そうに顔を曇らせ、ヴェーロを見つめている。
人形はヴェーロをポーテンコへと差し出した。きょとんとポーテンコを見つめるヴェーロに、彼は優しく微笑みかける。そっとヴェーロを抱き寄せ、ポーテンコはヴェ―ロの顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
「よかった……」
ヴェーロの頭を抱き寄せ、ポーテンコはため息をつく。彼の気持ちを察したのか、木鹿が
「兄さんっ! 竜はっ!?」
「黙れ、ヴィーヴォっ!」
ヴィーヴォの声をポーテンコの怒声が一蹴する。びくりと肩をゆらし、怯えた眼差しをヴィーヴォはヴェーロたちに送ってきた。
「お前は、彼女を殺す気なのか?」
「違うっ! 僕は――」
「私は大切なものを傷つけるために、お前に人形術を教えたわけじゃないっ!」
「あ……そんな、つもりじゃ……」
「もういい。もうすぐ聖都につく。さっさと部屋に戻って支度をしていろ……。私は先に聖都に行かせてもらう。若草、ヴィーヴォと一緒にこの竜骸の
「えぇー、悪いのヴィーヴォなのに……めんど――」
「花吐き同士の争いはご
「やりますっ! ほんとごめんなさい庭師さんっ! 俺と夜色が悪かったですっ!」
ぶかぶかの袖を振り上げ、若草は笑顔をヴェーロたちに向けてくる。彼は立ちつくすヴィーヴォに駆け寄り、慰めるようにその肩を叩いていた。
「君も私と一緒に来てくれるね?」
ポーテンコがヴェ―ロの顔を覗き込み微笑みながら訪ねてくる。ヴェーロは顔を曇らせていた。
「ヴィーヴォは?」
「大丈夫、ちゃんとあとから来るから。しばらく、私と一緒に聖都でヴィーヴォを待とう。それとも、私と一緒は嫌かな?」
「ちょっと兄さんっ!」
ヴィーヴォの大声が聞こえる。驚いて甲板へと眼を向けると、ヴィーヴォがポーテンコを睨みつけていた。
「お前は彼女に何をしようとした、ヴィーヴォ……?」
静かにポーテンコはヴィーヴォに言葉を返す。その声にヴィーヴォは怯えた様子で眼を震わせた。
「彼女を危険な目に合わせた罰だ。聖都につくまで若草と一緒に頭を冷やしていろっ。教皇への
吐き捨てて、ポーテンコは木鹿の腹を蹴っていた。鹿は低く嘶いて、竜骸から背を向ける。
「ポーテンコ……ヴィーヴォは……」
「わかっているよ。だが、ヴィーヴォは君を傷つけようとした。私が、そうしたようにね……」
そっと眼を伏せ、ポーテンコはヴェーロを抱き寄せる。
「本当に、あのときはすまなかった……」
今にも泣きそうな彼の眼がヴェーロに向けられる。そんな彼が放っておけなくて、ヴェーロは彼の頬を優しくなでていた。
「竜……?」
「なんだろう……。ポーテンコは嫌じゃない……」
彼がヴィーヴォの兄であるせいだろうか。こうして側にいると、不思議と安心している自分がいるのだ。そっとポーテンコの胸に体を預け、ヴェーロは眼を
ヴィーヴォのように彼から花の香りはしない。でも、不思議と懐かしい香りがポーテンコからはする。
「よかった。君は私の側にいてくれるのだな……」
頭をなでられてヴェーロはポーテンコの顔を見あげていた。優しく眼を細める彼を見て、思わず顔が
微笑み合う2人を乗せ、木鹿は竜骸を離れていく。
「ほら、あれが聖都だ」
ポーテンコが水晶の山脈を指さす。ひときわ
それは巨大な竜の遺骸だった。
山の頂には巨大な湖があった。竜骸はその中央に浮いているのだ。
竜骸は水晶でできた骨の羽を広げている。その骨の中に星々が吸い込まれていくのだ。骨のすき間は無数の
水晶の骨の中を行き来する者がいる。それが
鮮やかな服に身を包んだ若々しい女性や、老紳士。小さな子供たちも水晶の骨の中を行き交い、骨の内部に吊るされた灯花の照明がその人々を照らし出している。
中でも面白いは、ヴェーロが森で
竜の遺骸の足元には、坂が広がっている。坂の両脇にある
洞窟からは絶えず煙が昇っている。その煙を取り巻くように、巨大な鉄製の水車や歯車が断崖に埋め込まれて ゆっくりと
坂には石英でできた半円形の家屋が立ち並び、その家屋の前に市場が立ち並んでいた。市場を行き交う人々は、鹿に
坂の終わりには大きな広場があり、大小たくさんの竜骸がその広場を行き交っていた。
「アレは……なに?」
「あれが聖都だよ。あの巨大な竜の遺骸は君たちの、銀翼の一族の女王のものなんだ。そして、あそこは君の
「竜の故郷……?」
巨大な竜の遺骸を見つめながら、ヴェーロは眼を見開いていた。
自分に聖都で過ごした記憶はほとどんどない。覚えているのは、ヴィーヴォが閉じ込められていた暗い霊廟と、ヴィーヴォから引き離されて過ごした冷たい
何より、聖都にいた頃の自分はヴィーヴォの頭よりも小さかった。聖都を追放されるときも、布を被せられた檻に入れられてヴィーヴォと共に集落に追放されたのだ。
「お帰り、愛しい人。君は故郷に帰ってきたんだよ」
そっとポーテンコがヴェーロの髪を
「竜……竜……」
「いいらさ、もう
ヴィーヴォは方位の描かれた床に力なく手をついていた。そんな自分に若草が優しく声をかけてくれる。彼はしゃがみ込み、いたわるようにヴィーヴォの肩を抱いてみせた。
「支度ならもうした……竜……」
「本当、君ってさ、竜フェチの変態に成長しちゃったよね……。まぁ、人型の竜ちゃんを見れば気持ちも分らんでもないが、さすがに竜の姿をした竜ちゃんに愛を注ぐのは……」
「好きなものは好きなんだから、しょうがないんだっ!」
泣きじゃくりながらヴィーヴォは床に顔を押しつける。
ヴィーヴォの脳裏にポーテンコに抱かれたヴェーロの姿が浮かぶ。微笑み合う2人は、本当にお互いを信頼し合っているようだった。
自分以外の男にヴェーロが心を許している。それもよりによって嫌いな兄にだ。そして、そんな彼女を自分の過失から傷つけようとした事実が、何より受け入れがたかった。
「僕が……君に変な喧嘩さえふっかけなければ、竜は兄さんとなんか……」
「さすがにあのお
「なにその
若草の奇妙な言葉に、ヴィーヴォは顔をあげる。若草は苦笑しながらも言葉を続けた。
「え、君の性癖をみんなに伝えるために、オレが考えた
「僕は変態じゃなーい!!」
喋りながら視線を逸らしてくる若草を睨みつけ、ヴィーヴォはがばりと立ちあがる。
「いいよ、聖都にいけば竜に会えるんだし、人の気持ちが分からない兄さんに女性を手なずける
「ポーテンコさん。教会のシスターやら、色の一族のご婦人方から愛人になりませんかって恋文めっさもらってるよ。本人は
「いやー! 竜――!!」
「落ち着けって、夜色っ!」
若草の言葉に、ヴィーヴォは頭を抱えて悲鳴をあげる。そんなヴィーヴォの肩を抱き、若草はヴィーヴォを怒鳴りつけた。
「だって……竜が、僕以外の人間とあんなに仲良くなるなんて……」
ヴィーヴォは潤んだ眼を若草に向ける。若草はため息をついて、ヴィーヴォに言葉を返した。
「君は竜ちゃんの愛すら信じられないどうしようもない男なの? 泣き虫ヴィーヴォはこれだから……」
「煩いっ!
涙を流しながら、ヴィーヴォは若草を怒鳴りつける。若草は肩をすくめて、ヴィーヴォの頭をぶかぶかの袖でなでてやる。
「悪かったよ。君が竜ちゃんのことを愛してないなんて言っちゃって。うん、ぜんぜん家の親父と似てない……。というか、親父はこんな風に愛しい人が側にいないって泣きじゃくんない……」
「マーペリア……?」
「その、たぶん君たちがうらやましかったんだ。オレは、父さんとあんな風になれないから……」
若草の眼が悲しげに伏せられる。彼はヴィーヴォから顔を逸らし、言葉を続けた。
「それに、僕の初恋の人に恋人ができてちょっと
「君を僕の人形術でぶっ飛ばしてもいいかなぁ? それとも、ここで僕の灯花たちにがんじがらめにされたい?」
頬を赤らめ言葉を続ける若草に、ヴィーヴォはにこやかに言葉を返す。だが、ヴィーヴォの顔に笑顔は浮かんでいない。
「仕方ないだろぉ……。君のこと超絶好みの女の子だって思って名前教えたら、オチがね……。もう、オチがねっ! なんでそんなに君ってば可愛いのっ!?
「知らないよそんなのっ! 珊瑚色といい君といい、なんで僕のことを勝手に女の子だって思い込むんだよっ!?」
「泣き虫だからかな……。泣いてる君は弱々しくて可憐に見えるから、ついね……」
ヴィーヴォに顔を向け、若草は舌を出していたずらっぽく応えてみせる。そっとヴィーヴォの手を取って、彼はその手の甲に唇を落としてみせた。
「ひぃ! 何するんだよっ!?」
若草の手を振り、ヴィーヴォは庇うように手を握りしめる。若草は苦笑して、そんなヴィーヴォの腰を抱き寄せてみせた。
「ちょ……若草!?」
「ごめん……。いつも慰めてた君が竜ちゃんのせいで凄く元気だったから、オレつまんなかったみたい……。父さんとの謁見も、この調子なら大丈夫そうだね……」
微笑む若草の顔を見て、ヴィーヴォは顔を曇らせていた。
胸に穿たれた夕顔の焼印が痛む。
罪人になった自分からヴェーロの名前を聞き出すために、ヴィーヴォはあらゆる
彼にされた仕打ちを思い出して、ヴィーヴォは奥歯を噛みしめていた。
自分が母親に似ていることは知っている。だから、女のように扱われるのは嫌だ。
否が応でも、あの出来事を思い出してしまうから。
「ヴィーヴォ、震えてる……」
「え……?」
若草の言葉に我に返る。
彼が震える自分の手を優しく握りしめてくれる。そっと頭を抱き寄せて、彼はヴィーヴォの耳元で囁いた。
「父さんが君に何をしたのかぐらいオレだって分かってるよ……。あんな人でも、オレにとってはたった1人の家族だから。だから、今度はちゃんと君を守るから……。君に指一本ふれさせやしない」
「若草……」
真摯な眼差しを送る若草に対して、ヴィーヴォは苦笑していた。
「君から、そんな真面目な台詞がでるとは思わなかったよ……」
「どうせオレちゃんは不真面目ですよぉんだ……」
片眼鏡に隠れた眼を眇め、彼はヴィーヴォを睨みつけた。そっと彼は前方を向き、ヴィーヴォに言葉をかけてくる。
「一緒に帰ろう、ヴィーヴォ……。オレたちの戦場へ」
「うん……」
自身の手を握る若草の手を握り返し、ヴィーヴォは頷く。
竜骸の頭蓋にあたる
まるで地上の星が降りてきたかのような光景に、ヴィーヴォは
聖都の中にある霊廟で、花吐きたちが鎮魂の歌を奏でているのだ。
聖都に向かう自分を
花吐きたちの奏でる歌は、聖都を形づくる竜骸と、樹海に眠る竜たちに捧げられたものだ。
その昔、虚ろ竜たちが、水底へと攻めてきたことがあった。
虚ろ竜たちは始祖の竜を
水底は、始祖の竜の上に
始祖の竜は娘たちの仕打ちを大いに嘆き悲しんだ。そんな彼の嘆きに応えた虚ろ竜がいた。
銀翼の女王と古い記録に記された彼女は、水底に降りたち姉妹である虚ろ竜たちと戦った。そして彼女は、父たる始祖の竜と結ばれ12の命を水底へと産み落とす。
それがこの世界の生物の起源とされる、色の一族の始まりだ。
銀翼の女王の血を引く彼らは水底を治め、母たる女王の亡骸を聖都としてこの地に君臨する。そして彼らは、先祖返りにより花吐きとして生まれる子供たちを、教会を組織することにより守ってきた。
血統を守るために近親婚に走り、絶えた一族も少なくない。一族同士の権力闘争のため、
「母さんのせいで、僕たち黒の一族は僕と兄さんしかいない……。顔も知らないおじいさまは
「そしてオレたち緑の一族は、君たち黒の一族をことごとく皆殺しにした……。血で血を洗う闘争……。実家がそんなんだと、本当に嫌になるよね……。オレは本当に花吐きとして生まれてきて良かったと思ってる。ヴィーヴォと殺し合わずにすむもの。子供のうちに死ねるって便利でいいね」
ヴィーヴォの言葉に若草は苦笑してみせる。すっと悲しげに眼を伏せて、彼はヴィーヴォに問う。
「俺たち緑の一族を恨んでないの、君は? 君は父さんにだってめちゃくちゃにされたのに……」
「君のせいじゃないだろ。それは……」
「会える? 君をそんな眼に合わせた男に……」
「会いに行くんだろう、今から。僕だってもう泣き虫ヴィーヴォじゃない。自分の身ぐらい、自分で守れるさ……」
「ははっ、外見はてんでヒロインなくせして、口だけはいっちょ前にイケメンだよね、君……」
「君も、口の悪さだけは
お互いに顔を向き合わせ、2人は笑い合う。そのあいだにも、ヴィーヴォたちの乗った竜骸は暗い湖畔へと着地し、ゆるやかな坂を上って竜骸の止まる着地場へと乗りあげる。
周囲を飛び交う無数の竜骸を見つめながら、ヴィーヴォは口を開いた。
「行こうマーペリア、僕たち花吐きの戦場へ……」
「そうだね、ヴィーヴォ……」
真摯な眼を若草に送りヴィーヴォは彼に言葉をかける。ヴィーヴォに微笑みを返し、若草は優しく手を握り返してくれた。
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