19.続・カタログブック



「……ん、んん?」


深く沈んでた所からいきなり顔を出したみたいに、ぱっと目が覚めた。すごい、あっさり起きれた。

さあっと、柔らかい風が前髪を撫で上げた。テント閉じてない。開けたまま寝たんだっけ……ああー、そっか、ここ箱庭だよねー。そうだった。うん。

私は日本で事故に遭って、邪法召喚の巻き添えで異世界に来た。転生の流れに弾かれて幼女になって、聖獣カーバングルことテクトに保護してもらって、ダァヴ姉さんに説教されて、勇者の遺産カタログブックでご飯食べて、箱庭の聖樹さんに見守られながらテント就寝した。

よし、意識も記憶もしっかりしてる。いつ寝たか覚えてないけど、ちゃんと寝るとこんなにさっぱりとした気分になるんだね。

夜はテクトがずっと話しててくれてほっとしたなぁ。神様がうっかり犬とネズミの魂を混ぜちゃったのを転生の流れに落としたら、「ワンダチュー!」って鳴く生き物が誕生した、っていう話は思わず吹き出したね。ワンダチューって何だろね、ワンダチュー!


<おはようルイ。今日は雲1つない晴天だよ>


ひょこっと私の顔を覗き込むテクト。視界のほとんどがクリーム色に占拠されて、とても目に優しいです。

目をぐーっと細めて、笑ってるや。何だ何だ、面白いことあった?


「おはよう、テクト。そら、すっごいきれーだね」


寝袋からもぞもぞ這い出て、テントの外を見上げる。聖樹さんの枝葉から覗く空は、水色の澄んだ色してた。山の方を見ると、晴れた空が広がってる。ううーん。まるで避暑地の高原の青空みたい。テレビか旅行ガイドでしか見た事ないけど!

時間を確認したら8時だった。普段なら日曜日の起床時間だ。幼女だとこれくらいが程よいのかなぁ。


「テクト、きのうはわたしがねるまで、つきあってくれて、ありがとうね」

<どういたしまして。楽しんでもらえたみたいで何よりだよ>

「いろいろおもしろかったけど、ワンダチュー!のはなしは、さいこうだったよ」

<ちなみにそれの種族名はマウドッグ。妖精族だよ>

「え、しゅぞくなの?」

<数百年前の話だからね……おっと、これは今夜のお楽しみにしようか?>


こてん、と首を傾げるテクト。ぐぬぬぬぬ!これは気になるけど可愛いから我慢する!今夜が楽しみだなぁ!


「わたしがねてるあいだ、テクトはヒマじゃなかった?ずっとおきてるんでしょ?」

<心配しなくていいよ。生まれた時からこうだから、暇潰しの方法は結構あるんだ。瞑想とかね。月の光は魔力に溢れてるから、1の月でも一晩中瞑想していれば、むしろ生命力有り余るようになるね>

「めいそうすご!」


瞑想かぁ。目を瞑って無心になるんだっけ?精神統一にいいとか、安眠できるようになるとか聞くけど、それを一晩中?無理だわぁ。私なら絶対食べ物の事考えちゃう。

って思ってたらテクトにふかぁく頷かれた。ぬう!


<だろうね>

「どーせくいいじはってるもーん!さーて、はらごしらえしますかー!」


今日も一日頑張るんだからね!頑張るためにご飯食べるんだからね!肩を落として笑うテクトにホットサンドだよ!って思ってたら耳がぴーんってなった。わかりやすい天使だなぁほんと。


「ホットサンドするってやくそくだからね」

<中身は変えるんだよね。楽しみ>


るんたっるんたって、今にもスキップしそうなテクトがめっちゃかわい……あ、落ち着いちゃったよ。残念。

リュックを開けて、ボタンを外す。アイテム袋からフライパンと魔導具コンロと簡易作業台を出す。テクトに渡して準備してもらう間に、足りない食材を買うためにカタログブックを取り出した。

よーし、今日はタマゴサラダ入れようかな。タマゴサラダは具材を変えやすい上に温めても美味しいから、ホットサンドによく挟んでたなぁ。卵は栄養満点で体にいいし!成長のためにちゃんと考えないとねぇ。

まあまずは、足りなくなった食パン買わないとなんだけどね。昨日のお腹具合を考えたら、私は8枚切りのがいい気がするなぁ。鶏汁だってあるし。今日からちゃんと野菜も食べないと。

カタログブックを開いて、食パンって言おうとした直前。


―――同一人物による複数回の使用を確認。マスター登録が可能になりました。あなたのお名前を入力してください。


「マスター?」

<いつもと違う問いかけだね。ルイ、詳しく聞いてみたら?>


丁寧に受け答えしてくれるんでしょ?と、肩に乗ったテクトに言われて、そうだったと頷いた。

いきなりどうしたんだろ、カタログブック。いや、ナビ?私びっくりしたよ?


「マスターとうろくってなに?」


―――その質問にはお答えできません。


「へ?」

<……ルイ、もう一回>

「あ、うん。ナビ、マスターとうろくってなに?」


―――その質問にはお答えできません。


「……かいもの、したいなぁ、なんて……」


―――あなたのお名前を入力してください。


テクトと横目で見合わせると同時に、首を傾げた。何で?昨日まで普通に使えてたのに。

質問をしても答えてくれない、買い物したくても名前を登録しろ一辺倒で……これ、登録するしかない流れ?


<だねぇ。魔導構成が読めないからどうしてこうなってるかはわからないけど……まあ勇者の遺産だし、禍々しい気配はないから大丈夫だと思う>

「じゃあとうろくするね」

<うん>


名前名前……入力って、カタログブックに書けばいいの?購入も指でやるし、指でいいかな?紙全部真っ白だけど、どこでもいい?

えーっと、ル、イ、と……


―――日本での名前と、ふりがなをお願いします。


「ふぇっ!?」

<日本での……ルイの元々のフルネームって事?>

「なの、かな?」


この世界の私は苗字が必要ないみたいだけど、日本のは覚えてる。その名前で書くの?ううーん、わけわからないけどやってみよっか。登録できないと朝ご飯たべられないし。

山、村、瑠、生、やまむらるい。これでどーだ!


―――漢字、ひらがな、カタカナを確認しました。山村瑠生様、ご登録ありがとうございます。日本の名前は暗証ワードとして、マスター登録を解除されるまで保存いたします。


んんん?漢字とひらがなとカタカナ……カタカナ書いたっけ?あ、ルイって書いたっけか。ん?これ、ナビの言う通りなら、私が日本人だってカタログブックが今認識したって事だよね?

この世界の文字は私が見る分には自動的に翻訳されるから、私自身が書くのは日本語のままなんだよね。この世界の言葉知らないし。で、テクトが見る時には、私の字はこの世界の文字に見えるように翻訳される。聖獣にさえ通用する自動翻訳なんだ。

だからこの世界の魔導具であるカタログブックが自動翻訳に惑わされず日本語を認識した。それって勇者の遺産だからなのかな?


―――改めまして、マスター。私はカタログブックの取り扱い説明書、品物の正しい価格を査定する鑑定士を務めさせていただきます、音声ガイドです。お好きな名前でお呼びください。


「え、じゃあ……ナビ」


―――かしこまりました。私はナビ。あなたのナビです。


<まともな返事がくるね>

「あ」


ナビって呼んでたから今更変えたくないな。

ってぼんやり思ってたけど、そういえばちゃんとした会話が返ってきてる。やっぱりマスター登録しないとダメだったんだね。

登録してから気のせいかもしれないけど、ちょっと機械臭さが抜けて落ち着いた女の人の声がより強く聞こえる、ような気がするんだよね。

あれだ。ダァヴ姉さんが頼れる現場の先輩なら、ナビは秘書課のクール女史って感じの声。偏見かもだけど。


―――マスター、まずはカタログブックの取り扱い商品についてお教えします。


「あ、はい。うん、ききたい」

<炊き込みご飯がなんで温かかったのか、とか?>

「そう!」


あとね、私ずっと気になってたんだけど。

デザート皿もアップルパイも、私がよく使ってた皿と好きな店のアップルパイなんだよ。でも皿って一口に言ってもたくさんある。それこそ一つ一つ見ていったら見逃すくらい、っていうか重ねても重ねても終わらないくらいあるはずなんだ。

それなのにすぐ目につく最初のページにあったのが不思議だなって思ってた。アップルパイも同じ。色んな店のアップルパイがあるはずなのに。


―――カタログブックはこの世界の商品すべて、そして使用者の魔力から記憶を読み取り、そのデータから基づく商品を優先的に取り扱います。使用者の記憶に特に残っている商品は、より詳細に取り寄せる事ができます。


へー。この世界の商品すべてかぁ……ポーションが充実しまくってたのはそれが理由かなぁ……って記憶。記憶!さりげなく私の記憶読み取られとる!

もうテレパスで慣れたけど!慣れたけどさ!さらっと記憶読み取るって!!これだからファンタジーは!!もういいけど!!


<まあこれでわかったね>

「うん。よりしょうさいに……たきこみごはんが、あたたかいままだったのは」

<ルイの記憶に、より強く残っていたのが温かい状態だったって事だね>


ああー。炊き立て狙ってお店に突撃してた記憶が続々と蘇ってくるぅ。もし私が食い意地張ってなかったら、別に冷たいままでもいいやーって思ってただろうから、きっと炊き込みご飯は冷たい状態で届いたんだろうな。って言う事かぁ。

アップルパイもよく買いに行った店のだから優先的にわかりやすいところに出しててくれてたってことかな。皿も、記憶に残ってるはずだよ。前日にあの皿でタルト食べたもん。

自分で言っててあれだけど、嬉しいんだか恥ずかしいんだか……いや今は確実に助かってるんだけど。複雑。


「なんで、きおくにこだわるの?」


―――カタログブックが取り扱う商品は、この世界の商品ならば随時更新する事ができ、原材料分のお値段で取引いたします。日本の商品は日本との繋がりが使用者との接触でしかないため、記憶を利用するしか手段がありませんでした。


えーっと、つまり……カタログブックがパソコンだとして。私って言う日本の記憶を持った使用者がルーターってこと?しかも無線LANがないから、記憶って言うLANケーブルがないと日本サーバーに接続できませんよ的な……うん、たぶんそんな感じ?

私が使うから日本製品が買えるんだ。へえええー。


「にほんのなまえじゃないと、とうろくできないのは、どうして?」


カタログブックで日本製品を買い物できるからイコール日本人って認識されたのかと思ったけど、違うっぽいよね?だって記憶をダウンロードしてるんだもんね?その時点で日本人ってバレちゃってるよね?

わざわざ名前登録する必要はあったの?


―――この世界にとってのオーバーテクノロジーを乱用されないように、というのが制作者の意向です。マスター登録をした方は様々なサービスを受ける事ができます。使用者制限もその一つです。


乱用されたらって……あ、これ商人が欲しがるのかな。日本製品は買えなくても、この世界の商品はすべて買えるんだ。そっか。地方に行かなくてもその土地のお土産を買えるアンテナショップが全部の県分、この本に集約されてるって考えれば。輸送の手間が省けて一儲けできちゃうじゃん!


<ルイみたいに平和に考えられる奴らばかりならいいけどねぇ>

「へ?」


テクトが難しい顔で腕組みしてる。マスター登録ってつまりは選別だったわけか……なんて呟いてるけど。

んん?商人の他になんかある?


<戦争をしている国ならどこでも欲しがると思うよ。城には金になるものがたくさんある。物資の補給だろうと籠城だろうと、不安なくできるもの>

「ああ!」


そっか!確かにそうだ!カタログブックは敵に補給を邪魔される心配がない!

だって武器や食べ物を補充するのだって、お金さえあれば目の前に輸送されちゃうんだもん。道の危険性とか、護衛のために兵士を分けるとか、何も考えなくていい。簡単に勝敗は覆らないかもしれないけど、少なくとも一因にはなる。この一冊の本を手に入れるだけで。

これは確かに、制限つけなくちゃ駄目な魔導具だ。


<さっきルイが考えてた事はあんまりわからなかったけど……大体理解できたよ。そうやって、心細い思いをしているだろう勇者を慰めるためだけに作られたんだね、この魔導具は>

「え?」


テクトの緑がきらりと光る。おお、なんか名探偵みたい!


<この世界の人には異世界の日本に繋げる縁がない上に、そもそも文字がわからない。稀に正しく使えたとしても、数回使えばさっきの登録に躓いて、ただの分厚い本に成り果ててしまう。使用回数があったのか、と断念するのが落ちだよ>


あああー!

脱出の宝玉みたいに制限があると思わせるのか!なるほどねぇ。


<そして勇者なら正しく使えるとわかったとしても、強者として生まれた勇者を従わせる事は難しい。仮に勇者の目を誤魔化しカタログブックを盗めたとしても、使用者制限をかけられた後なら勝手に売買はできない。なかなか、考えられてるね>

「はー……ナビ、せいさくしゃさんすごいねって、テクトがほめてるよ」

<いや別に褒めてるわけじゃ……>


―――ありがとうございます。制作者も、草葉の陰で喜んでいることでしょう。


お、テクトが俯いてうにうにしてる。なになにー?照れてるのー?

にやにやしてたら、もふっとケツアタックされた。解せぬ。


「ナビ、せいさくしゃさんについて、おしえて?」


―――制作者はおよそ2000年前の勇者です。制作者はこの魔法の世界を愛しておりました。しかし日本の通販を恋しく思う気持ちもまた偽りではなく、その気持ちが高まりカタログブックを作るに至りました。


まーたトンデモ数字出てきたよ……にせんねん、半端ない年月だ。地球の西暦分の昔にはもう、魔導具ができてたんだ。

でも逆に考えれば、2000年もこの世界は、魔法と魔導具で生活できてたってことなのかな。


<2000年……これまた随分と昔の話だねぇ>

「そのころも、いまみたいなせんそうがあったの?」


テクトは複雑そうな表情で、まあね、と頷いた。

なにかあったのかな?言いたくなさそうだから、聞かないでおこう。







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