○ 無関心
「あなたのルーツなんてどうでもいいわ」と、歴史研究家が蓮太郎に言った。
急にどうしたのだろうか。
「過去ばかり見てちゃ駄目。大切なのは『今』よ。『現在』と言い換えてもいいわね」
蓮太郎は曖昧に頷くしかなかった。
「いいえ、待って。『今』も本当はどうでもいいわ。じゃあ、大切なのは何? 『未来』? いいえ、『未来』こそどうでもいいわ。つまり大切なものなんてどこにもないってことかしら。きっとそうね。そうに違いないわ。形あるものはいずれ朽ちる。それだけのことよ」
蓮太郎は途中から聞いていなかった。歴史研究家の話がどうでもよくなってしまったのである。
何となく滝壺の方に視線をやると、釣り人は釣り竿を投げ出して寝っ転がっていた。ヌシの魚影には以前のようなカリスマ性が感じられなかった。
「けっ、やめだやめだ!」と、大工が言った。「基礎ができていよいよ柱を立てようってとこだったけど……すげえ立派な家ができるはずだったけど……ええい、やめだやめだ! なんで俺は大工なんてやってんだ? だせえったらありゃしねえぜ」
ランプが言った。「何にも二倍にしたくない。世界が滅亡するまでの残り時間を半分にしたい」
ルールブックが言った。「法なんて破る為にあるんですよ」――久々に喋ったと思ったら、ろくなことを言わないのだった。
蓮太郎はやがて、周囲を観察することすら億劫になってきた。
次は何が落ちてくるのか? それだってどうでもいい。滝を見上げるのも面倒臭い。
ぐったりとなりながら椅子に腰かけた。落ちてきたばかりの頃は随分はしゃいだものだが、今となってはこの椅子のどこがいいのかわからない。ごく普通の椅子だ。なくなってしまっても一向に構わない。
「ひっひっひ、うまくいったぞ」と、誰かの声がする。何者かが滝から落ちてきたらしい。けれどそちらを向くのが面倒臭い。
「おいらは『無関心の悪魔』さ。この調子で世界中を無関心にしてやる。ひっひっひ。ん? 何だお前? おいロバ、なんでお前は涼しい顔をしていやがるんだ? 生意気な。これでも食らえ! どうだ! 物事への興味がどんどん失われていくだろう! んん? どうして何も変化がないんだ? そ、そうか! さてはお前、普段から無関心なのか! 駄目じゃないかそんなことじゃ! くそう、おいらとしたことがいっぱい食わされたぜ。こんちくしょう! 覚えてろ!」
どぼーん、と、何かが水に落ちる音がした。
しばらくして、何もかもが元通りになった。
次は何が落ちてくるのだろう。
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