○ オナガドリ
目のくりっとしたオナガドリが落ちてきた。
いや、正確には、落ち切っていない。尾の先端は滝の上だ。ものすごく長いのである。
「こんにちは」と、オナガドリが言った。華やかな声だった。
「こんにちは。立派な尾っぽですね」と、蓮太郎が言った。
「うふふ、ありがとう。これ、あたくしの自慢なの」
言葉遣いからして、メスなのだろうか。確か尾が長いのはオスだけだったような気がするが。
「お会いしたばかりで恐縮ですけれど、あなた、あたくしの悩みを聞いてくださる?」
「ええ。僕でよろしければ」
「実はこの尾っぽ、切ろうか切るまいか迷っているの」
「そうなんですか? ご自慢なのに?」
「ちょっと、重たくてね……」と、オナガドリはため息をついた。「それに、正直飽きてきたというのもあるわ。生まれてこの方、ずうっと伸ばし続けてきたんですの」
「一体どのぐらい長いんですか?」
「わからないわ。最後に先端を見たのはいつだったかしら」
――何ということだろう。身内が行方不明ということならしばしばあるが、身体の一部がどこにあるかわからないというのはどんな気分なのだろうか。
「二倍にしてみたいな」ちゃぶ台の上でランプがぼそりと言った。蓮太郎は聞こえなかったことにした。
「いかが? 切った方がいいと思う?」
「もし切れば、少なくとも、スッキリするでしょうね」
「そうなのよ。でもね、切るのが怖いという気持ちもあるの」
「怖い?」
「あたくし、尾っぽがとっても長いということをアイデンティティにしてまいりましたの。ですから、尾っぽが短くなってしまったら、あたくしというものは一体どこへ行ってしまうのでしょう?」
つまらない返答はできない、と蓮太郎は思った。
尾が異様に長いという特性。それを失ったら、彼女(なのだろう、多分)はただのオナガドリになる。数多の同類の中から彼女を見分ける術はなくなる。
「もしあたくしの尾っぽがごく普通の長さになったら、その先はどんな風に生きていったらいいと思う?」
蓮太郎は握った拳を口もとに当てて考えた。無意識のうちに都会人の仕草を真似ているのである。
「昔は尾っぽが長かった、ということを、誰にも言わずに生きていけたら、凄いことだと思います」
「そうね。その通りだわね」と、オナガドリは激しく羽ばたいた。抜けた羽毛が舞う。
「その覚悟が必要なのだわ。もし昔語りに自慢するようでは、尾っぽを切っていないのと何ら変わりませんものね」
オナガドリは、くいっと首を上げて、滝の上を見上げた。
蓮太郎もまた、上体を傾けて、滝の上を見た。
「もうちょっと考えてみるわ。ご助言ありがとう」
「いえ、大したことは」
「お礼に私からも一つ、ご助言を差し上げていいかしら?」
「何でしょう?」
「もっと胸をお張りになって。あなたはとても賢くていらっしゃるもの。下を向いていては勿体ないわ」
「ありがとうございます」でも、それは難しいのです、という言葉を、蓮太郎は飲み込んだ。
オナガドリは川の流れに身を任せ、去っていった。
尾っぽがいつ途切れるのか、それを見届けようとは思わなかった。
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