マジン二十一才 1

「アペルディラに旅行にゆこう」

「いやよ」

 子供たちが春風荘に帰った翌日にリザにマジンがそう言うと、あっさりと断られた。

「前に言ったら、いいわねって言ってたじゃないか」

「休暇に入ったときね。もう半年ってかあれ去年の話よ。私は来月、頭日からデカートでお仕事です。年内は五種業務配置だから様子見だけど、要するに信用されてないってことなのよね。まぁ、流産するような女性士官は、気が付かないうちに部下殺しててもおかしかない、って言われちゃうような存在だから信用するな、ってのが参謀の間の陰口と紙一重の訓戒なわけだけどさ」

 リザは書類から目を離さずに唇を尖らかせて、不満そうに言った。

「何だそりゃ。ひどい言い草だな」

「まぁ、陰口だからひどい言い草なのはそうなんだけど、言いがかりってわけでもないのよね。士官も佐官ともなれば、直接見えないところで働いてる部下の五人や十人はいるはずだからさ。自分の腹の中のことも気が付かない有様で、表でウロウロしている部下の様子に気がつけるのか、ってのはある意味正しいのよ。どういう理由でも上官が倒れるってことは、部下が泥に迷うってことなんだから。アタシ戦務参謀なんていう、厄介ごと専門職だから尚更ね」

 なにに向けた憤りなのか、彼女は溜息をつくようにした。

「そりゃ人事配置をした、部隊の監督問題じゃないのか」

 つい同情のような口振りになって少し軽薄な感じをマジンは自覚したが、云われた女はあまり気にしなかった。

「まぁ、もちろんそうなるわね。ストレイク大佐は多分、あちこちから色々突かれて大変だったはずよ。大佐ご本人の女性関係とか、部下の女性士官たちも臨時の健康診断とか、近況調査がおこなわれる、はず。ラトバイル大佐殿もだろうけど、あちらは前線だし、直接の上官というわけではないから、どうかしらね。ご家庭の調査くらいで終わりじゃないかしら」

「流産一つでそんなことになるのか」

 流石に笑い話ではないらしい、とマジンも心配になってしまう。

「ほらあなたもそう言った。やっぱりね。そう思うわよね。流産一つで大佐が二人も任務外の調査対象になるってやり過ぎよね」

 マジンの困惑顔を見て、リザが同志を得たような顔になった。

「いや。お前の今の態度を見ていたら、軍の一般対応は正しいと思えてきた」

「なんでよ!」

 リザが裏切られたように叫ぶ。

「お前が倒れて何日部隊が停まったんだ」

「しらない」

「知らないってことはないだろ。責任者だったんだから」

「軍機です」

「今更軍機で言い逃れできるようなことか」

「ちやない」

「だいたい、なんだって自分の作った組織で、自分が倒れるような馬鹿な構造にしたんだ」

 子供っぽいリザの態度にマジンは攻め口を変えた。

「そんなの私が作ったわけじゃないわよ。だいたい一年以上も籠城していた地方部隊に、軍都から送り込んだ増援があたしらの中隊だけって、そんなのあからさまに軍令本部も兵站本部もおかしいでしょ。兵隊は現地で鍛えりゃなんとかなるけど、まともな士官は減ったらそれっきりなんだから。

――偶々デカートがまともな規模のまともな装備のそこそこの練度の義勇兵を回してくれたから良かったけど、アレがなければラトバイル大佐殿も倒れていたわ。

――あなたのガラガラのおかげで大本営の参謀連中、帝国軍を舐めているけど、銃列同士の堅牢さっで言ったらまだ連中のほうが上なんだからね」

「そうなのか」

 マジンには戦争の現場の様子はまるで想像がつかない。

「連中、大きな盾を持ちだして来るようになったのよ。笑っちゃうわ、いったいいつの戦争なのって思ったけど、五百キュビットじゃ貫通させて盾持ちを即死させられないくらいには分厚かった。鹵獲したのを見たけど、十シリカくらいの鋼板を銃弾の長さくらいの隙間を開けて二枚重ねたものだった。そういう盾持ちの分隊を編制に加え始めている。標的とだいたいおんなじような物だけど鋼板にフェルトや木で裏打ちしたり間にボロを挟んだってだけで、大分防がれているわ」

「一枚目を貫通したところで横弾になって巻き取られたりするんだろう。でも今の口ぶりだと対処はできているんだな」

 マジンは想像を述べた。

「散兵が機能しているうちはね。ただ機関小銃がいくらか鹵獲されていて、手に入れている連中と当たるとヤバい。銃兵分隊が一瞬で消えちゃうって陣形の意味が全くなくなっちゃう恐怖は、中隊指揮官じゃないとわからないと思うわ。騎兵の突撃でも似たことは起こるけど、機関小銃の掃射はどこからなにをやられたのか、の把握がほとんど出来ない」

 既に戦場は新たな段階に突入しているらしい。

「どれぐらい取られているんだ」

「そんなのわかるわけ無いわ。ただ千かそこらは取られているってか、冬のうちに失くしているから、二百や三百くらいは拾われているだろうし、弾もまぁそのくらいは拾われていると思う。同じペースで進んでいるとすれば、もう千くらいは帝国軍に渡っているはず。今頃、各師団の主計参謀たちが製造番号を頼りに遺失した機関小銃の把握に努めているはずだけど、どうしたって戦場では小銃は捨てられ失われるものよ」

 リザは諦め嘆くように云った。

「まとまって使われたらヤバいだろ」

 対処が難しいように作った兵器を敵が使えば、当然に味方も対処が困難になる。

「まとまってなくてもヤバいわ。アレは。初見だったら対応できない。なんにもない横合いから、いきなり小隊が湧いてくるようなものだもの。……なんとか出来ないの。アレ」

「撃たれるのが嫌なら兵が伏せていそうなところはとりあえず叩いてみる、しかないと思う。尖兵に頑張ってもらうしかないんじゃないか」

「そっちじゃなくて、盾のほうよ」

 リザは口を尖らかせた。

「機関銃なら楽勝だろ」

「そうだけど、あんな重いの機関車じゃなきゃ運べないわよ。バラして運んで組み立てるったって、野砲よりマシってだけじゃない。銃座がなけりゃ狙うのもお断りって重さよ。機関銃なんて云わないで機関砲って云ったほうが良いんじゃないの。アレ」

 銃でも砲でもやっていることは同じだから、好きに呼べばよいのだが、銃弾が狙撃銃に使われているから、砲と呼ばずに銃としていた。

「野砲よりはだいぶマシだと思う。重さも銃座込みで一ストンだから兵隊三人で運べばいいだろ」

「銃身外して台座と分けて四人で運んでますぅ。ってか、そうしないと弾と野営の装具が運べないわよ。……でどうなのよ」

 リザは話を戻すように尋ねた。

「どうなのよって、その程度の盾だったら、まとめて四十発叩きこめば穴開くだろ。上手けりゃ二十発でもイケるだろうし。弾倉二種類あるんだから、組み合わせれば弾込めもズレるだろ」

「兵隊のみんながみんな貴方みたいに腕がいいわけじゃないのよ」

 実態として、これまで一回の掃射で帝国軍歩兵の接近を粉砕できたところが、二回三回の掃射が必要になっただけ、ということなのだが、兵員の数に劣り、兵站上の優勢も確保できない共和国軍にとっては、撃つべき弾丸の数が増えた、という事実だけで、十分脅威的な難題だった。

「って言っても、二脚があれば銃を据えて撃ちゃ、跳びはねることもないだろう」

「そうだけどさ」

 前線の実態を知ることのない銃後の者に説明することの難しさを諦めて、リザがふてくされたように認めた。

「ひょっとしてそれでか。機関小銃配備の縮小案が出ているのは」

「まぁそれもあるわね」

「銃身清掃具。一億発納入したら生産止めようと思ってるんですが、って言ったら困った顔をされたんだよな。そろそろ四千万発納入することになるんだが、それだって使い切れるか怪しいだろうに」

「アレで機関銃の小さいやつみたいなの作れないの。いちいち組み立てないで使えるようなやつ」

 リザの云っていることが少し想像がついた。

「できるできないだけで言えば、できないことなんてこの世には殆ど無いよ。ただあの弾はそういう風に使うために設計されていないから、調整が面倒くさそうだな。そのくらいなら機関小銃を一回り大きくして、もっと派手に撃てるようにするほうが簡単だ」

「それで輜重が大きくなるのが困るのよ」

 リザは気分のままに矛盾したことを言い出した。

「弾薬消費を抑えたければ、散射も連射もしないで、一発づつ頭を狙えばいいんだ。マスケットよりよほど当たるからそういうつもりなら弾薬も少なくてすむ」

「そういう屁理屈じみたことを考えて、研究している人たちも参謀本部にはいるわ」

「本気か」

 マジンは、リザの言いがかりめいた言葉に、応じた気分のままに口にしたことを、あっさり彼女が肯定したことに驚く。

「本気かどうかはともかくとして、将来研究は参謀本部の仕事だもの。そういう研究の全文や結論を読まないで、都合のいいところだけ本気に受け止める連中も多いわね。そういうヒトの尻馬に乗れたから、配備計画もなんか順調だったのだけど、戦況が好転したから風向きが変わったのよね」

「紙巻ならともかく金属薬莢を使う以上は、それぞれの設計に合わせた銃弾を使うしかない、ってことを忘れてんじゃないだろうな。二種類も三種類も弾丸を用意するのは大変だと思うぞ。ボクが云うのもアレなんだが」

「そんなの前線じゃみんなわかっているわよ。だいたいそういう後始末のために、あなたの大きな荷車は走り回っていたんだから。塹壕の冬越しのために外長靴がほしい、って言ったら半年かけて騎兵用の長靴が届いちゃうような状態なんだからね」

「それは」

 マジンは絶句したが、それでもそういうことが積み重なるのも戦争ということであるはずだ。

「だから連絡参謀を消耗させないで兵站情報をつなぐ電話機がほしい、ってのは割と切実なのよ。いまのままだと、主計参謀と兵站参謀の職人技に頼らないと前線の備蓄は管理できない。糧秣は割とその点ゆるいけど、師団に全部任せたら根こそぎ持っていきかねないし、馬匹と装具は現地調達ってわけにもなかなかいかない。医薬品なんか全く為す術ないわ。だから、無線電話とか神の御業みたいな感じよ。現地の注文が、ほとんどその場で本部に伝えられるんだもの。ま、ギゼンヌにあるものなんて大したものじゃないけど、それでも前線の塹壕の泥の中よりはいくらもマシなものがあるから、おっつけ持ち込んで踏ん張らすことも出来たし、逃げ出す算段も都合がつけられた」

「そりゃよかった」

 なんというべきかわからないマジンの言葉に、リザは疑うような目を向けた。

「気のない言い方だけど、本当にすごかったんだからね。いくらでもあればいいのは間違いないけど、二百両もいれば、予備や戦耗を贅沢に考えても五百両もあの荷車、機関行李がいればリザール川の向こう、湿地帯の辺りまでの兵站連絡は万全よ」

「師団でも運ぶ気か」

「そういう風に使いたい人も多いわよ。ただ、後ろの貨車に人をのせるのは戦場ではあまり良くないわね。かなりかき回されるみたい。何人か怪我させちゃったわ」

「ハンモックはどうした。ダメだったか」

「戦場だからね。準備が間に合わないことも多いわ。ともかく後ろは荷物だけにした方がいいし、あんまり重い荷物もよくない」

「ふん。まぁそうかな。アペルディラにゆこう」

 無理やり話を切り替え戻すように、マジンが口にした言葉にリザは困った顔をする。

「なんでそうなるのよ。馬鹿じゃないの」

「アペルディラ、行ったことあるのか」

 マジンは問いかけてみた。

「ないわよ。ヴァルタから川下って山超えるんでしょ。遠いじゃない」

 リザはようやく理由らしい言葉を口にした。

「実はヴィンゼの西に抜けると近いらしい」

「ヴィンゼの西なんてなにもないじゃない」

 マジンは自分と同じような感覚でいるらしいリザに微笑みかけた。

「なにもないって別に世界の果てってわけじゃない。町の地図の西の外側から少しゆくとちょっと小高い丘陵地があって向こう側が塩砂漠ってだけだ。話に聞くところによると、ウチの裏山ほど険しい訳じゃないが、小さくもない山の連なりがあって、向こう側は塩砂漠の影響か大きな木はほとんど生えていない禿山らしい。西からの雨が多いと不作になるってのはそういう影響もあるらしい」

「砂漠なのに雨が降るの?」

 マジンの説明にリザは少し興味を示して尋ねた。

「その向こう側に一回り高い山地があって、衝立みたいに雨を落とさせているらしいんだが、そのへんはよくわからない。ともかく、山に囲まれたどん詰まりみたいな土地なんだが、どういうわけか水が殆ど無くて、馬が死ぬような毒の塩の原になっているってことらしい。で、そこを抜けるとヴィンゼから百リーグくらいでアペルディラにつく」

「鉄道伸ばすつもりだって言ってたけど、意外と近いのね」

「実のところ、本当に近いかどうか知らないんだ。ただ早馬の腕っこきが、一気に塩砂漠を抜けてやり取りしている、って話は割とよく聞くし本当らしい。丸一日馬に口輪を填めて、持ってきた水と飼葉だけで凌がせて砂漠を抜けるのがコツで、砂漠を抜ける手前で昼間休んで、日が落ちてから一気に抜けて、抜けたあとに水場で馬を洗って一日休ませてやるんだ、とか自慢話は聞いて知っている」

 マジンは、ヴィンゼの馬車駅にたどり着いた、西からの早馬の馬引きに幾度か聞いた話を、リザに説明した。

「ふーん」

「細いところをちゃんと狙えば、二十リーグくらいで砂漠は抜けられて水場にたどり着くらしいから、準備があって馬が万全なら、ちょっとした冒険ではあるが、無理ってこともない」

「それを女連れで馬で行くつもり?」

「いやまさか。車で行こう。地形の状態がよくわからないから軽機関車でゆこうかと思う。エリスは留守番で預けることになるけど、どうしても嫌かな」

 少し興味を惹かれた顔のリザにマジンは改めて尋ねた。

「断ったら誰連れてゆくつもり」

「一人で行くよ。ひとつきは掛けないつもりだけど、鉄道路線の測量もしたいからそれなりの長旅にはなる。赤ん坊にお乳あげながら、ってわけにはちょっとね」

「そんなんで他のことは大丈夫なの」

「まぁ、秋のうちはね。年明けにはフラムの対岸にたどり着くはずだから、それまでに橋の手当をしないとならないけど、そっちの測量はひとまず済んでいるし、資材の設計も工程の見積もりも出ている。現場の連中も二年目で機械も工具も揃ってきたから、今日明日明後日仕事のやり方がわからなくて止まるということはないよ。新人たちも一人前には早いけど、使えている。機械の整備はリチャーズが出張ってゆけば現場でもできるし、よほどのことでもウェッソンと爺さん連中に任せておけばいい。鉄砲や車の工房は誰でもなんとか出来るようになったところだし、最悪ひとつきくらい停まってもなんとかなるよ」

「一年で随分変わったのね」

 リザは感心したように言った。

「だいたいは、キミの能書き絵図面通りってところだろう」

「そうだけど、さ」

「来年鉄道がデカートまで伸びて、それ向けの機材が整備できるようになれば、来年中か翌再来年にはウチの工房機材をフラムやデカートに持っていってもいい。あんまり大物はもっていけないけど、骸炭釜と製鉄炉、煉瓦窯、あと木工製材所くらいは持ち込むつもりだ」

 軽く並べたマジンにリザは笑う。

「それだけあって大物じゃないってのがおかしいわね」

「真空高圧釜とか遠心分留器とか、緊急停止の度に再整備が必要な機械は流石に面倒くさい。工房の爺さんたちには助けられているよ。連中、どういうわけかひどく勘所が良くて話が早い。結晶工房とかも、他所に持ってゆくと面倒くさいことになりそうだし」

「石炭が水晶や宝石になるって言ったら裁判になるわね。きっと」

 リザのからかいにマジンは頷いた。

「ウチでは車の窓や電球、真空管、回路基板、絶縁材なんかの実用品に使っているわけだよ。細かい奴は工具や磨剤になっているしね」

「丈夫なガラスだって軍でも話になってたけど、本当に宝石だったのね」

「同じような材料ってだけで、必ずしも同じってわけじゃないんだけどね。それでも母材を宝石好きな人に見せたら喜んでくれるくらいの出来ではある」

「じゃぁ、宝石には違いないのね」

 あまり工作の中身に興味のないリザが軽く改めた。

「希少性がないものを宝石と言っていいのかは、よくわからないけどね。ともかくアペルディラに行かないか」

「バカじゃないの。でもちょっと楽しそう」

 少し気分が変わったようにリザが言った。

「五種配置勤務ってのは何なんだ。重要任務なのか」

「傷病休職者の復職決心のための緩配置よ。弱視鳥目になってないかとか、腰を傷めてないかとか、腕や足はちゃんと上がるかとか、くだらないけど兵隊稼業をやるのに身体は資本だからね。三種配置、再訓練の前に日常業務をおこなって、体調や気分を確認するのよ。昔はそんなのなかったんだけど、傷病明けの兵にいきなり再訓練すると、張り切り過ぎたり、休養中に体力が落ちてたりってのに周りが気が付かなくて、再訓練中に怪我したり死んじゃう事故がわりとあったらしいのよ。怪我や病気の前に当たり前にできたことができなくなってたり、出産して体型や体質変わっちゃう女性とか多いしね。暗いところや高いところ、馬や馬車に乗れなくなっちゃう人もいる。

――どれも軍で直接問題になることは少ないけど、療養の前と後で別人みたいになっちゃうと扱いに困ることは多い。技能兵章をつけている特務士官とか私らみたいな参謀は特にね。私みたいな跳ねっ返りの元気ものが取り柄の、気質が便利に使われている若手士官はちょっとした事件事故ですぐ使えなくなるから、めちゃくちゃ疑われているわけなのよ。だから五種配置勤務の評価実績ってのは割と大事なの、私には」

「跳ねっ返る元気があることを示したいなら、測量旅行とかモッテコイなんじゃないのか」

 書類から視線が外れる時間が次第に増えて、やがて戻らなくなったリザは、少し考える素振りを見せた。

「いいわ。わかったわよ。いく。行きます。でも計画書と日程概要を書いて。五種配置ったって軍務には違いないんだからね。配置希望を申請して却下されたら行けません。……タイプして。配置希望申請。申請者はリザチェルノゴルデベルグ少佐。共和国軍軍籍番号一四三四〇四三一〇九三三二四二。希望配置、ヴィンゼ・アペルディラ間経路地形測量って名目でいいや。配置目的、地形図更新を企図し、ヴィンゼ・アペルディラ間経路の地形測量をおこなう。経路外の測量についてはこれを求めない。機材は自弁。同行者は現地案内助手一名、名前は要らないわ。あと日程と経路概要書いといて。日程は細かく割らないでいいわ。アペルディラの到着予定日だけ書いておいて。経路概要はヴィンゼとアペルディラとデカート、あとどこか思いついた町の名前書いて」

「……こんなでいいのか。予定も経路も言っちゃなんだが、皆目わからんぞ」

 マジンは紙面の余白が大きく残った文書を眺めてリザに尋ねた。

「いいのよ。軍隊ってのは、みんな忙しすぎてしょうがないところなんだから、むこうに用事があったら、どんだけ書いても却下されるし、そうでないなら理由は、なし、でも通っちゃうわ。日程は私が予定を一ヶ月超えて、音信不通で帰ってこないときに、憲兵がアペルディラの軍連絡室や軍人会と司法行政当局に人物行方問い合わせをするときの目安ね」

 リザは皮肉げに言ったが、デカート軍連絡室の統括責任者になったクロツヘルム中佐はこの計画をひどく好意的に受け取った。

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