共和国軍都大本営参謀本部 共和国協定千四百四十三年清明

 参謀本部での会議は兵站本部車輌課の新設後の諸計画と調達方針に関する検討準備会だった。

 自動車化部隊と対自動車化部隊を含む運用を参謀本部が要素として掲げ、それに対して兵站本部が何をどういう風に提供するかできるか、それに対して軍令本部が実運用に価値を見いだせるかという会議だった。

 会議の前段として現状の自動車の性能についての評価点不満点が整理されてゆき、現状における運用の問題点が述べられた。

 正規に運用可能な人員が極端に少ない。或いは機能構造に対する把握がおろそかになっている。と云う運用上の問題と、陣地地形や路面状況の変化に対して弱い、と云う性能上の問題が挙げられた。

 一方で速度や搬送量或いは耐弾性に優れていて、比較的簡便に操作ができる。そのために運用が杜撰におこなわれている実態も述べられた。

 無線機や有線電話などの付属機器についても同様で、現場において極めて杜撰に扱われ頻繁安易に遺失している。

 兵が行軍や作戦遂行にあたって装備品を投げ棄てる、ということは全く珍しいことではないが、後装小銃以降の兵站構造においては、致命的な欠陥になりうる、という話題で前段が締められた。

 現状、自動車化部隊の方向性としては人員輸送と物資輸送を中心に全ての兵科が装備機材の輸送等にある一定の理解を示している。一方でその維持に関する努力については基地拠点兵站に委ねられていて、その間隙がしばしば問題の発生を引き起こしている。

 つまり、現地運用部隊が燃料や車輌状況を管理しないしきれない、と云う問題である。

 したがって、将来自動車化部隊は車輌維持に必要な装備人員を部隊本部に確保する必要がある。

 これまで前線の戦闘部隊には非常ベルのような統帥権と輜重との日程を調整し現場の員数を確認するだけの兵站機能しかなかったが、更に幾らかの拡大を必要とするということだった。

 人員については既に教育の協力を民間ローゼンヘン工業に協力いただいていて一定の成果を得始めている。装備については急激な戦況の変化に追従するために混乱しているものの、整理をする。装備整備については当年より漸次おこない、同時に実績を整理し再来年を目処に自動車化部隊の雛形を作る。

 対自動車化部隊の研究は元来性急ではあるが、各構成要素においてはそれぞれに重要な要素があり、早期の検討は全軍における戦力体制の強化に繋がる。

 自動車を撃破するのに必要な単純要素としては、地形要素と、砲火力要素がある。

 自動車の特徴である速度を如何にして削ぐか、如何にして物理的に破壊するか、と云う二点を対自動車化部隊の要素とする。

 先の地形要素についてだが、土塁塹壕のような人工地形や逆茂木のような陣地障害をつくって行動を阻害する方法と、戦術として車輌そのものを障害として並走或いは逆走することで、あたかも洋上の艦隊戦のような状況を作ることでも成立しうる。

 これはどちらも古典的な戦術ではあるが、自動車そのものの速度が極めて高速で判断の時間が短く、またその速度がもたらす破壊によって致命的な結果になりうる。

 砲火力要素については、適切な銃砲を以ってして速やかに命中弾を得て敵自動車の撃破を目論むものである。現状においてローゼンヘン工業の貨物自動車は極めて堅牢で機関銃を含む歩兵の火器では撃破が難しく、砲兵の大砲はその特性上直接の命中弾を期待しにくい。

 地形要素については戦術運用が、砲火力要素については兵站運用が重要な要素になる。

 戦術運用については極めて重要な要素ではあるものの、大本営における議論としては統帥権の問題から戦術研究の形で報告することにして一旦留保とする。

 砲火力要素については兵站本部の輸送能力の限界を鑑み、現状における問題の確認と将来への予測展望として議論を進めるが、対自動車戦に向いた銃火器火砲の整備が必要になる。

 全備軽量で配置後の旋回容易且つ咄嗟射撃ができる高初速砲、と云う要素が必要になる。

 この装備は敵自動車部隊の行動の性質上、歩兵或いは騎兵が装備可能な兵器であることが求められ望ましい。

 該当の装備の候補については既に運用の報告があり、必要とあれば納入価格等の折衝と輸送能力の割当という兵站上の問題になる。

 大雑把な流れとして参謀本部の研究参謀は報告を述べた。

 立ち上がったばかりの兵站本部車輌課課長が意見を求められた。

「ぶっちゃけてしまえば、時間と予算ですよ。

 前線の希望を支えるに足るだけの時間と予算がないのですよ。

 ローゼンヘン工業の自動車の価格が高い。

 人員を教育する時間がないってのが兵站本部車輌課の見解です。

 その上で今後の方針としては虚心にこの場で皆さんのご鞭撻を有りがたく頂戴する覚悟でおります。

――ああ、すみません。ゲリエさん。値段相応の威力があるということはわかっています。実際のところ自動車の導入が始まって様々上手く回り始めていますし。

 ただそれでも共和国軍全軍に行き渡らせるには数が足りないし人も足りていない。

 理由は単純です。

 準備の時間が足りていないからです。

 連絡参謀がまともな組織として機能するのに十五年から二十年、全体の話としては五十年近くもかかっていることを考えれば、たった五六年の画期的新装備がいきなりまともに動くはずもない。しかも作っているところは戦場から遥か彼方。

 とは言え最近は砲兵部隊もあまり大仰でない小型の自動車を配備できるようになりました。基本的には自転車の部品と自動車のタイヤを小型の圧縮熱機関に組み合わせたもので最近あちこちの町工場で作り始めた機械です。自動車としては大したものではありませんが、馬四頭で牽かせるよりは多少早いです。部品はどれもローゼンヘン工業の製品ですが、手抜きが利いていてかなり安いです。また現地修理も重要部品は交換すればいいので比較的簡単です。輜重でも小行李の牽引に使い始めています。

 繰り返しますが自動車としては大したものではありません。ですが、自動車の登場から六年経ってようやく我々はその使い方を理解し始めたところです。

 また、部品単位の流用について許してくれているローゼンヘン工業の寛大さにも助けられています。

 車輌課から何を提供できるかと云う話は、正直言えば今は何も、としか申せません。ただローゼンヘン工業の鉄道事業がいよいよミョルナを抜け来年中には軍都到着、ということであれば馬匹に余裕ができ、予算が浮いて回ってくればなんとか、とは考えています。

 装備としての自動車という意味であれば、今のところ我々に意見はありません。用兵上も予算上も現状の自動車の維持で手一杯どころかはっきり申せば手が足りないという状況ですから。ただ、先の参謀の研究については興味深く参考にさせていただきます」

 車輌課長が言葉を切った。

 軍令本部作戦課長が意見を求められて困った顔をした。

「正直を言えば、作戦課として自動車化部隊の速度には期待を抱いているが、例えば現状のギゼンヌの状況を見るにその限界をも示していると考えている。

 もちろんこうなった原因は様々にあり、単純な装備の問題、作戦の問題でないことは承知している。ギゼンヌ周辺が灌漑に適した地形で南方は比較的そういう農業に向かない地域が多い。またドーソンからダッカにかけての例外的な地域は早期に包囲殲滅がおこなえた。概ねこれは自動車の速度によるものだ。

 とはいえだ。我々が自動車について何を述べればいいのかというのは実はよくわからない。既にあるものある状況について組み合わせて勝利を求め勝ち取る。というのが我々の職掌本懐だ。参謀本部の将来構想についてはよくまとまっている、とこれは素直に感じている。

 その中では、歩兵に貨物自動車を正面から撃破する方法がないという点の対応と、陣地地形における自動車の脆弱についてそれぞれ対処が頂きたい。

 陣地地形に対しての脆弱については例えば撒菱や折れ釘を紐や細金にくくったもので車軸を絡めとられるという報告が多い。どちらも馬返しとして古典的なものだが、自動車の速度が致命的な結果に繋がるというのは参謀研究の通りだ。

 対自動車化部隊については、主敵とする自動車化部隊の構成が定まってからでないと難しい。強いてあげれば歩兵直掩の砲兵と云う印象を持っている。現状でいえば大口径の機関銃というイメージだ。試作品でもあれば意見も出ると思う。そういう意味ではデカートでおこなわれた装甲車の演習やワイルでの民間の戦闘報告は参考にはなる。細目を見るに飛びつくほどのものかという点も多いが、武装の新型銃の威力を歩兵が手に入れられるなら欲しい」

 作戦課課長は言葉を切って背中を椅子に預けた。

 マジンは意見を求められたものの何について述べればいいのか、今ひとつ飲み込めないままだった。

「まず、自動車運用に関する皆様の努力に感謝いたします。

 正直に申せば、我社の車輌はどれも戦場での運用を前提にしたものではありません。

 軽自動車は例えば早馬が通うような距離の悪路の走破を前提にしたもので、横転などは想定していますが、それ以上の濃密な森林突破などは考えてません。

 貨物自動車は長距離の貨物運送を前提にしたもので、元来人員の輸送さえ想定外の運用です。ただ最低限賊徒との遭遇からの離脱に際し十分な防御力と街道周辺での想定されうる路面状況を考慮したつくりとして渡渉を含めた走破能力があるだけです。

 元来の設計を超えた運用開発にあたっての努力にはご愛顧感謝するばかりです。

 整備等につきましては、お問い合わせには答えていましたが、組織だった人員教育の協力支援については近年始めたばかりです。部品につきましてはデカート支社自動車部で注文を受付け次第、各鉄道基地でお引き渡ししています。

 火器につきましては新型の四十シリカ銃や或いは逆に何についての貫通破壊が可能なものというご指定を頂ければ、ある程度はご注文に応じられますし、乗り物についても同様に検討の協力をさし上げることができます」

 マジンが言葉を切ると席から手が上がった。

「例えば、空を飛ぶ機械も作るということですかね」

「無論です。空を飛ぶ機械を作ること自体はそれほど難しくありません。凧の延長で大きくしてもいいですし、砲弾のように撃ち出しても良いわけです。空を飛ぶだけならそれほど難しく考える必要はありません。ただどこから飛び立ちどこへ降りるのかという問題を考えた途端に極端に難しくなりますし、何を運ぶのか何をするのかという問題も同様です」

 マジンの言葉に一瞬ざわめきやがて失笑に溶けた。

「例えばリザール城塞をまるごと破壊するような砲を注文することもできるということですか」

「それも理屈の上ではそれほど難しくありません。値段と使用の簡便さを考えてどれほど効果的かを量る必要がありますが、この世のすべてのものは壊れるという原則からすれば死なないもの壊れないものはありません。予算と時間次第ということになります」

 失笑のままの半ばヤジに議長は渋い顔をする。

「来るべき自動車化部隊の姿に話を戻してください。なにかこの線に沿った展望はありますか。御社では大型工事の施工に工事用車輌を大量に投入されているとか」

「おそらく野戦築城にそのまま使えるような機材を大小二十種類ほど運用しています。また、そういった機械ですから塹壕の埋め戻し等の工作も手早くおこなえます。不整地や泥濘での行動を前提にした設計ですので、いわゆる自動車のような何百リーグもの自走にはあまり向きませんが、陣地が入り組む戦場ではむしろ動きやすいものかと思います」

 マジンの言葉に思いついたように参加者の鼻が鳴った。

「戦域の外から自走できる攻城兵器のようなものか」

「そこまで用途を限定する必要もありませんが、そのようにも使えます。敵が対処しにくいだけの防御力を備えさせることで敵陣深く切り込ませ味方を流し込ませつつ、敵を引き付ける強力な散兵のような使い方もできると思います。自動車の速度を考えると戦場を広くつかうことになるので、素人考えではこれ以上想像できませんが」

 多少明るい意味合いの呻きが漏れた。

「道具の使い方を考えるのが、元来我らの役目だが、ゲリエ氏の示唆するところは面白い。

 部分的には既に貨物自動車でおこなっているわけだが。

 将来構想の新兵科は、かつて騎兵が果たし、今散兵がおこなっているものの、歩兵の火力戦術の整備とともに大胆におこないにくくなったことをやってくれる部隊になるということかと思う。その歩兵戦術の一つである塹壕をはじめとする陣地は敵味方が遺棄した後も戦場に残ることが、今の自動車の運用効率を著しく下げている理由の一つでもある。戦場の展開が致命的になる前に工事用車輌で編成した試験部隊を編成して今後の部隊編成の参考にするのはどうだろうか。軍団工兵聯隊、とかのような名前で自動車の整備部隊と工事用車輌で機動的に陣地障害地形を排除する部隊として運用するなどすると、将来と云わず比較的容易に戦場での車輌整備や自動車を含む遺棄装備の回収ができる部隊になるのではないだろうか」

 課員の発言には、先走り過ぎだろう、という会議の場の流れに応じた意見もあったが、部外の専門家を招いての会議でもあることで比較的好意的な反応が多かった。

「今更、こういう話をするのもおかしな話でしかも筋違いでもあるのですが、前線の運用の状況は一度専門の技術者の方々に見てもらったほうがいいでしょうな。単なる思いつきなのですが、自動車登場当初の時期と現在では設計時の構想と現場の運用とが大きく変わったところがあるはずです。どうにも上手く伝えられないのですが、今こうして話していても、ゲリエ氏の連想と私或いは私達の連想の間にズレが生じているように思うのです。もちろんそれぞれの最終的な理解やその過程の幾つかは共有できていると思いますが、過定にある背景や理解の次への段階が異なりますと、折角高性能の装備として普及をしたものが活かせぬままになるということが起こりかねません。分かり合えないという断崖があるにせよ、何らかの歩み寄りの機会を設けていただけないかと思います」

 前線視察について民間人をというのは例がないわけではないが、これまでは移送の手間、護衛の手間を考えればどちらかと言うと物見遊山の金持ちが怖いもの見たさでおこなう観光旅行だった。そういう性質であったから軍としては視察の民間人の安否については気にする必要がなく、場合によっては事故を装って処刑することもあった。

 だが、技術者に視察の結果を反映させた責任を求めるということであれば、軍としては万全を期する必要があった。

 ひとまずはデカートの後備聯隊方式で共同訓練の形をとって、その後民間顧問の部隊招聘の形で戦場への随行を調整検討するということになった。

 いくらかの話し合いがあって現在編成中の大隊の一つを機械化歩兵大隊と称して土木工作機械と車輌整備を専門にした自動車化部隊の試験として運用するという話になった。編制は軍都で、その後デカートにて装備受領と訓練をおこなった後に部隊配備をおこなう。

 部隊配備は早ければ年内ということで話が進んだ。

 新設部隊の司令官はラジコル大佐が指名された。

 機械化歩兵大隊隊長はマークス少佐

 聯隊付き車輌参謀にレンゾ大尉が充てられた。

 ラジコル大佐は自分の部隊が一部とは云え自分の構想が反映された部隊になることを大いに喜び、百両あまりが使いふるしの鉄の牛のような重機であることはまぁさておき、十六両もの装甲車が配備されたことに大いに喜んだ。

 他に四両新品のいかにも頼もしげな聞けば八グレノルもあるという巨大な車体と砲身長が十二キュビットもある重厚な砲を自在に旋回させる砲座に載せた陸の軍船の如き乗り物にしばらくご執心だったが、ある日の訓練で履帯が切れ、丸一日擱座したことですっかり冷めていた。自分の運転指揮で砲身を土塁につきたて、その後無理やり発砲して砲身破裂させた時は車輌の防御性能を実感して却ってご満悦だったほどだが、部隊からはぐれたまま丸半日自分の体重の数倍以上の履帯を部下たちとどうにか引きずって修理を試み上手くゆかなかったことで心が折れた。

 デカートの瘴気荒野の線路北側は戦車の大砲を宛もなく撃つには良い土地であったが、文字通りの荒野で目印が少なく、装甲車の横転や車輪の交換くらいはわけもないと自信のあったラジコル大佐が単独訓練のつもりで出たところで折り悪く履帯が切れた。

 指示のなかった露岩に気がついた運転手が、辛くも乗り上げつつ躱した反対側の履帯が切れた。事故としてはよくある事故で運が良ければ何も起きない種類の事故だった。

 儚い蜜月の後にラジコル大佐は戦車を機械化歩兵大隊に預け、扱いやすい装甲車を部隊本部司令部の眼として手元に置くことにして自身も乗り込み、無線と地図庫と連絡参謀をそのまま動けるようにした指令車はホイペット中佐に任せ預けられた。

 牽引輸送車三両で構成される指揮車輌はたしかに狭苦しいものではあったが、連絡参謀の連携を部隊の根幹としている共和国軍にとっては一つの悲願のようなもので、貨物車が登場してから様々な前線での試みや要求が一つの形になったものであった。

 連絡参謀の予備人員を含め常時車内電話で安静のままに魔導連絡をおこなえる体制を整え、必要に応じ即時移動する。

 連絡参謀一人のために輿を設け分隊が支えていたことを八十人の連絡参謀を指揮車輌二両で面倒を見ることができるようになったことは部隊編成上の画期的な試みだった。

 大隊以下の部隊にはいささか贅沢な装備ではあったが、そちらも機能を整理した大隊指揮車が用意されていたし、小隊単位で貨物自動車がつかえることで分隊にまで野外無線機が配備されるようになっていた。野外無線機は電池の持ちが心もとなく、常に万全という装備ではなかったが、少なくとも同僚を死なせることなく部隊間の連携が取れることは兵隊にとっても気楽だったし、散兵の効果をより高める意味合いもあった。

 ラジコル大佐は機械化歩兵大隊の戦闘力に自身の将来構想の方向性の正しさを確信していたが、同時に突然機能を失い急激に戦力を破綻させる戦車には手を焼いてもいた。

 ラジコル大佐は兵の機微や作戦戦術に優れた有能な指揮官ではあったが、機械の扱いの勘所というものに欠けた人物であった。眼鏡でも時計でも彼のところにあるものはいつの間にか壊れるような人物である。

 彼はそれを自分の指揮能力兵站管理能力とは思わず、機械としての過渡期にある装備の性能に原因を求めたが、ファラリエラとしては兵站管理能力についてラジコル大佐に過大な期待を抱くことはできないという内心の判断に至った。

 以前からラジコル大佐とは交流のあるホイペット中佐はラジコル大佐が必ずしも軍神の如き人物でないことは承知していたからファラリエラの意見を加味して、故障ではなく敵の新兵器と優勢な戦術を前提にした損害と予備とを念頭に置いた訓練、と云う戦場文学でラジコル大佐の気分と意識を紛らわせていた。

 かくして機械化歩兵大隊は額面上大きな戦力と上級司令部の絶大な支援をうけつつ訓練をしていたが、贅沢な装備と強面の額面と異なってなかなかに面倒の多い部隊であることをセラムは実感していた。ともかく故障が多い、支援が必要、故障が多い、という連続で大隊幕僚は揃って戦場での補給管理の深刻さに頭を悩ませていた。

 とくに試験品としてローゼンヘン工業から預かっている四両の戦車に関しては燃料が切れるまで演習で走らせて無事だった試しがなく、大きな赤ん坊のような扱いであった。

 多くは大きさからくる視界の悪さや取り回し、或いは強力過ぎる火砲によって引き起こされていて、味方を殺さないで済んでいるのが不思議なほどの事故もあった。

 戦車の売りの一つである超壕超提性能については実地でも確かめられたが、額面があくまで参考値にしかならないということもわかり、まさにその瞬間がもっともこの新兵器の弱いところであることはしばしば確かめられた。

 レオピン大佐の部隊は装甲車相手に陣地研究を重ねていて、それを応用した障害を無視して突っ込むと重く平たい戦車であってもひどくあっさりと横転し悪ければ仰向けに裏返る事もあった。乗員にも周囲でも幸い死傷者は出なかったが、運が悪ければその場で死んでいた。

 戦闘を目的とした戦車は構造としては他の装軌車輌と似た要素を使っているが、より大きな重量をより早く走らせるための機構がその求められる値域の自由度のためにときたま協調を取れず不全を起こす。それだけのことだが、それが戦場で起きるとなるとそれだけでも命がけだった。

 流石にあまりに怪しげな戦車の出来にセラムがマジンに文句を言ったことで、一つの試験をおこなうことになった。

 適当な陣地を何周も走って何回無事に燃料を補給できるかという一種の耐久走だった。

 結局四両の戦車を三交代で延々と走らせ続け、六日走らせ続け千五百リーグ各車が完走したところで試験は終了した。

 戦場を想定したような複雑な地形でも延々と周回して乗員が道を覚えるような状況では戦車の構造はびくともしなかった。

 一方で実戦形式の演習では未だにしばしば事故がおきていた。

 結論としては、機械としての完成度はそこそこのものだったが、兵器としての運用を考えればあまり無理ができない。

 迫撃砲付きブルドーザーのような戦車と土木工作機械の中間の性質のものもあったが、戦車の他の土木工作機械も多かれ少なかれそういう事故があった。

 大隊幕僚の意見としては、使えば壊れるものとして計算しないと面倒になるということで部隊編成完了までに装備の整理が進められた。

 必要になるまで使わない自走させない性能いっぱいまで無理をさせない、というこれまでの兵隊管理の方針とは逆のことを心がける必要があるということがはっきりしてきた。少なくとも上級司令部の立場としてはこれまで以上に下級司令部の要請に備え判断に口を挟まない努力をする必要があった。

 機械化歩兵大隊は千六百名ほどの人員に三百両余りの各種車輌を扱わせていた。

 二百両余りは重機とその搬送用の車輌、百両ほどは重整備を可能とする工具部品や燃料などを積んでいてうち十二両は戦車の砲弾を含む整備関連の機材だった。

 歩兵と云ってはいるが、彼らの主な任務は、車輌を整備できる基地を設営し重機車輌類を整備することであった。

 人員の殆どはローゼンヘン工業の整備資格講習を満了することを求められ、部隊編成満了と同時に階級の昇進が約束されていた。

 当然に聯隊では別枠の扱いに羨望も出たが、教練の罰則に背負わされる背嚢のような重さの書籍を部隊編成満了までに読破することを求められていることを知った途端に、別種の反応になった。

 機械化歩兵大隊の人員の課業が増えようと部隊としての訓練は続けられ、結果として機械の消耗は抑えられつつ部隊の錬成は続いた。

 ラジコル大佐の通称自動車化歩兵聯隊は来春にも練成を終え、前線に送られる見通しだった。

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