どうけい

 信号を待つ傍らで、何やら鞄を覗き込んでいる高校生を見た。

 イヤフォンを外さないまま、自分はちらりとそちらを窺う。鼓膜は、最近流行りのロックン・ロールを奏でるのに精一杯で、彼女らのひそひそ声は届かなかった。

 五年前自分が着ていたセーラー服を着て、二年前に捨ててしまった学生鞄を自転車のカゴに放り込んでいる。真っ青な生地が使われたそれは、相変わらずダサさかった。

 彼女らの片方が、昔の友人によく似ていた。一つ結びにした黒髪に、黒縁のメガネ。だのに堅物には見えない、猫のような笑顔。思わず凝視してしまう。相手方はお喋りに夢中で、こちらの視線には気がつかない。

 信号が、青に変わる。少女たちが渡る気配を漂わせないのを横目に、自分は歩き出した。

「……気づかない、ふりをしているんだろうな」

 昔よくやっていたから、分かる。「あれ、いつの間にか信号変わっちゃってるわ」とわざとらしく言い、笑い合うのだ。そうして、また次の信号を待つ。

 空は、夕方を迎え入れようとしていた。暗くなる前に帰ればいいのだが、なんて、どうでも良いことを思う。

 ひときわ大きかったのだろう、少女らの黄色い声が、微かに背中にかかる。自分はただ、真っ直ぐ前を向いて、歩く。歩く。

 耳元で叫ぶロックン・ロールが、何故か遠く聞こえていた。

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