第二話 アリスとジャック
部屋を追い出された智也は、そのまま別の部屋へと案内(連行?)された。
部屋の外には一本の廊下が伸びて、壁にドアが二つほどあった。他に閉じ込められた人間がいるのかと、智也は思った。
目の前にはぶつかった少女、後ろにはジャックと呼ばれたウサギ人間が、「だって部屋に縄なんか無かったし……」とブツブツ言いながらついてきてる。
間に挟まれた智也は、ただただこの状況をなんとかして理解しようとしたが、色んな事が起きすぎて無理だった。
なんて思っているうちに、目の前に再びドアが現れた。
新しいドアの向こうから飛び込んできた景色を見て、智也は思わず息を飲んだ。先程のシンプルな部屋とはうってかわって、今度はとても作り込まれた部屋だったからだ。
部屋の真ん中には白い円のテーブル。そしてそのテーブルに沿って、三つの長い椅子が設置されていた。椅子は完全に床に固定されていて背もたれは無い。
想像しづらい人は、外食店の椅子が繋がってるテーブル席を想像して欲しい。あれをグルっと円上にしたのが、目の前にあるテーブルだ。
部屋の形は円上だが、大きさならちょっとした教室くらいあるんじゃないだろうか? さらに部屋は二階建てで、ロフトのようなものまで備え付けられてある。
一階の奥にはドアが二つ見えるので、少なくとも今出た部屋から他に二つ部屋があるのだろう。いや、ひょっとしたらもっと多いかもしれない。
なんて考えていると、目の前の少女が迷わず椅子に座った。
「どうしたの? 早くあなたも座りなさい」
少女は智也をじっと見据えて、不思議そうに尋ねる。
慌てて智也は、少女とは向かいの席に座った。それを見て後ろのウサギ人間も座ろうとしたが、
「ジャック、あなたは座る前にコーヒーを淹れて」と、少女に言われた。
「分かった。せっかく客人が来てくれたから、僕の新作オリジナルブレンドを──」
「インスタントでいいから」
情け容赦無い少女の命令に、黙って部屋の奥へと消えるウサギ人間。その背中が寂しそうだったのを智也は見逃さなかった。
待ってる間、少女は何も言わずにただ黙っていたので、智也は『この椅子の座り心地、家の近くのラーメン屋の椅子に似てるな』みたいな事を考えていた。
「ゲロ不味いのよ。あいつのコーヒー」
沈黙は突然彼女の言葉で破られた。
「え? 不味い?」
「コーヒーよ。オリジナルブレンドって言ってたでしょ? あいつ、インスタントならそこそこ美味しく作れるのに、自分でコーヒーのブレンドを創作したら酷いのよ。飲めたものじゃないわ」
インスタントに美味しい淹れ方ってあるのか? と疑問に思ったが、面倒くさいことになりそうだったので口に出すのは止めた。
そこから再び沈黙が続いたが、話す話題も思い付かなかった智也は、大人しくジャックが戻ってくるのを待った。
「はい、お待ちどお」
そう言ってジャックがトレイにコーヒーを三つ載せてやって来たのは、およそ三分後の事だった。
目の前にコーヒーカップが置かれたが、それに口をつけるのは少し躊躇った。得体の知れない者から出されたコーヒーなど、とてつもなく怪しい。
「どうしたの? 飲みなさいよ。毒とか入ってないし」
少女がコーヒーに口をつけながらそう言った。
「入ってない……のか?」
「入ってないわよ」
確認して、智也は恐る恐るコーヒーを飲む。
なるほど。確かにインスタントを淹れたら美味しいという、ウサギ人間の評価に間違いは無さそうだ。コンビニとかで買うコーヒーよりも、少し美味しく感じる。
智也は少しの間、温かいコーヒーで体を暖めた。
一息ついた後、智也は目の前に座る少女とウサギ人間を改めて直視した。
こうして注意深く見るまで気づかなかったが、少女はかなり美形だ。……というより可愛い。クラスにいたら、それだけで教室が明るくなるだろう。ただ、目が若干鋭いので、近づく人は少なそうだが。
栗色の髪を後ろでポニーテールにして、時々横顔を覆う髪を耳にかける動作をしている。なんだか『伸ばしたいから伸ばしてる』のではなく、『切るのが面倒くさいから伸ばしてる』ように思えた。
ウサギ人間はただ一言、『不気味』としか感想が思いつかなかった。
コーヒーを飲むなら頭の被り物は外すのかと思ったが、口の部分に開いた穴から、ストローでコーヒーを飲み始めた。そこまでしてウサギの被り物を外さない理由があるのか?
ひょっとしたらウサギの被り物というのは、ただの自分の勘違いで、あれはちゃんと首から生えた頭なのでは? 思わぬ考えに、智也は戦慄した。
「あの……一つ聞いていいかな?」
堪らず智也は口を開いた。
「なに?」
「ここは一体どこなんだ? それと……お前達は誰だ?」
その言葉を聞いて、ウサギ人間が「え、説明してなかったの?」と、少女の方を向いた。
「だってすぐ帰すつもりだったし」
答えた少女の言葉を聞いて、智也はホッとした。どうやらここで拉致・監禁なんて事にはならなさそうだ。
「それにどうせ記憶を消すんだから、覚えたって仕方無いじゃない」
……前言撤回。ひょっとしたら監禁なんかより酷い目に遭うのかもしれない。
「でも一応話しといた方がいいんじゃないかなぁ? 何も分からずここにいたら不気味だろう?」
「そうかしら……」
少女は顎に人差し指を置いて、首をコクンと傾げた。
そして少女がもう一口コーヒーを飲んだ後、少女は智也の方へ向き直った。
「自己紹介しておくわ。私の名前はアリス。そしてこのウサギ頭がジャック。こう見えてあなたと同じ人間よ」
「ヨロシクね」
ウサギ人間──もとい、ジャックが智也に手を振る。頭のウサギと相まって、どこかテーマパークの着ぐるみを思い出した。
「桐前智也。私面倒くさい事は嫌いだから単刀直入に言うわね」
少女──アリスが自分の名前を知っていたことに少し驚いたが、その後に続いた言葉を聞いて、智也は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。
「桐前智也──あなたはさっきまで死んでいたの」
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