第21話 自分なりの「強さ」

 対擬人化猫又(仮名 以下猫又)とミコト様の戦闘が始まってから、お互いの熾烈な攻防が繰り広げられていた。

 猫又は持ち前の俊敏さで、ヒットアンドアウェイの戦法を使っているようだ。

 具体的には素早く、トリッキーな動きをしながら近づき、打撃を加えた瞬間、すぐに距離を取る。それを何度も繰り返している。

 もちろん攻撃を加えるタイミングは不規則。時折見せかけのフェイントでタイミングをずらしたり、打撃の威力、回数、攻撃する位置などを変えつつ、自身の動きを読まれないようにしている。

 が、しかし、それは神風さんがいる前では無駄なことだった。

 猫又がどれだけ上手いフェイントをかけても、どれだけ素早く動いても、ミコト様はそれを上手く躱し、更にその流れで相手にダメージを与えていく。

 神風さんはさっきから目をつぶり、じっとしたまま動かない。

 おそらく、敵の行動パターンを読んで、ミコト様の頭の中にイメージとして送っているのだろう。

 そのためか、ミコト様の動きのキレも、普段に増していい気がする。

 その証拠に、あれだけの攻撃のラッシュを受けているにも関わらず、まだかすり傷ひとつつけられていない。

 形勢はミコト様がやや優勢を勝ち取っている様子だ。

 一方俺は、さっきからずっと千歳さんの側で待機している。

 確かに千歳さんを守るという大役をまかされてはいるし、それを全うすることに文句はないけれど。

 どうしても、感じざるを得ない気持ちがあった。


 ––––––俺、いらないんじゃねぇの? これ。


 ミコト様の力を最大限に引き出せる元眷属がいる。俺なんかよりも役に立つ人がいる。

 自分の無力さ、無能さ、経験の浅さを叩きつけられているような気がした。

 悔しくて、奥歯を音がするほど強く噛みしめる。

 情けなくて、やるせなくて、思考が頭の奥底までずぶずぶと落ち込んでいく。

 一瞬か数秒かはわからないが、暫くの間、注意が完全に逸れてしまっていた。

 たかが一瞬、されど一瞬。

 その瞬間が、命取り。


「君っ! 何やってるんだ! 早く逃げろ!」


 突然、神風さんの声が聞こえる。

 はっとなって我に帰った瞬間、自分の体から、赤いモノが噴き出した。


 生暖かくて、べったりとしてて–––––––––

 血?


 自覚した途端、焼けるような、全身が引き裂かれるような痛みが腹を襲う。

 何が起こった? どうなってんだ。

 猫又を見ると、俺たちとはかなりの距離がある。

 あんな距離からどうやって。

 そう思って自分の胴体部分を見やると、自分の腹の部分が抉られていた。

 そのまま俺は、地面にうつ伏せに倒れる。地面に倒れた時の衝撃が、はるか遠くの物のように感じた。


「大麦君‼︎‼︎‼︎‼︎」


 千歳さんの声が聞こえる。その声は悲痛で、空気を裂くような音だった。

 痛い、痛い、痛い。

 痛みを超えて熱くすら感じる。

 声が出ない。出るのはただの嗚咽。息を吐けども吐けども、まるで喉元に声がピタリと張り付いたようだ。

 腹はこんなに熱いのに、ぞくり、と寒いモノが背筋を伝う。

 これは、死の、恐怖?

 初めて感じるこの感覚。運が良かったのか今まで感じることはなかった。覚悟はしていたつもりだった。でも、いざその時が来ると、そんな覚悟を嘲笑うかのように、恐怖は俺の体全身を包んでいく。


「羅一っっ!! こ、ん、のぉっ・・・クソ野郎がぁぁぁああ!!!!」


「尊ノ神っ! 一旦落ち着いてください! そんな精神状態では!」


 ミコト様は激昂して、相手に飛びかかる。


「駄目! 雑音がかかってイメージが送れない!」

 ミコト様と神風さんの連携が途切れてしまった。

 それはさっきまでのような質の高い戦いができなくなってしまったということ。

 猫又にとっては、これ以上とない好機。

 ミコト様の荒い正拳突きを難なく躱す。

 そして、高く飛び上がり、ミコト様と神風さんを見据えて、


『はっ!!甘くなったなぁ尊ノ神よ! そぉらっ!』


 妖気を風状に纏い、台風のように巻き上げていく。

 そして、それを放出した。

 かなりの速度でミコト様達を襲い、そして、

 直撃した。


「ぐっ・・・あぁあっ!」


「きゃああっ!!」


 それぞれの叫び声を上げながら、俺の側まで吹き飛ばされる。

「ぐうっ・・・くっ、そぉ・・・」

 2人とも傷だらけで、必死に立とうともがいていた。

『ふふ、形勢逆転だなぁ。そこの男、感謝するぞ。貴様のおかげだ』

 猫又は俺に対して明らかな侮蔑の念がこもった目を向ける。

 俺の、せいだ。

 俺が注意を散らさなければ、こんなことにはならなかった・・・!

 本来なら、勝てた戦いだったはずなのに。

 情けなくて、悔しくて、顔を地面に埋める。

 ちくしょう。ミコト様に背中を預けられるようになりたいなんて、よう言えたもんだわ。

 背中を預けてもらうどころか、自分の身すら守れず、役にも立てず、その上彼女たちを危険にまで晒して。

 何やってるんだよ、俺は。それに––––––

「大麦君っ! お願い! しっかりして!」

 ほら、本来守るべき人にまで心配をかけている。

 千歳さんは俺を庇うようにして、猫又をきっ、と睨みつける。

『ほう。恐怖の中でそのような目をできるとは、なかなか見上げた根性よ。だが・・・』

 猫又は妖気を鋭利な刃物のような形状に纏い、それを研ぎ澄ませていく。

 あぁ。あれか。あれに俺はやられたのか。

 しかも、かなりの妖気が込められているように見える。俺が食らった時のものよりも、威力は高いだろう。

 あんなの食らったら、千歳さんはタダでは済まない。

 くそ。せめて、千歳さんは守らないと。たとえ俺がどうなろうと・・・!


『死ねぇッ!!』


 研ぎ澄ませた妖気を放とうと、猫又は腕を振り上げる。

 俺は身体を奮い立たせて、必死に千歳さんの目の前に立とうと身体を前に乗り出す。

 だが、その前に、

「近づかないで‼︎」

 千歳さんが叫んだ。

 刹那、光が、風が巻き起こり、蒼い光が千歳さんを中心に広がる。


『ぐ、なにっ!?』

 ぶわりと広がったその光は、猫又を遠くへと押し戻す。

押し返された先で、必死に光の中に入ろうとするも、身体が弾き返されて、中に入れない様子だった。


「防御・・・障壁?」


 ミコト様がそうポツリと呟いた。

 この蒼い、光の壁。これが、千歳さんの力、なのか?

 その光は俺を、千歳さんを、側にいるミコト様達を暖かく包んでいる。

 突如、痛みがスウ、と引いていく。そして、身体が途端に軽くなった。

 何があったんだ。そう思って傷のあった腹の方を見ると、あれだけ大きく抉られていた腹の傷が跡形もなく消え失せていた。


「すげぇ、これは・・・ のか?」


 ミコト様は唖然としながら呟く。

 しかし、すぐ気をとりなおしたようで、すくっ、とその場から立ち上がると、


「千歳、少し羅一に話があるから、できる限り今の状態を保っててくれるか?」


 千歳さんは目を閉じたまま、こくりと頷いた。

 ミコト様は無言でこちらへと向かってくる。

 目から伺える感情は、明らかだ。怒っている。

 そして、俺の目の前まで来ると、俺の胸ぐらを思い切り掴んだ。その手つきはとても荒々しく、乱暴で、手先が震えていた。


「お前っ・・・! ふざけんな! アタシ言ったよな⁉︎ お前が役に立ってないなんてことないって何度も! それで自分の身を危険に晒して! なんでっ、なんで分かんないんだよ⁉︎ 」


 その声は、訴えるような、悲痛な声。


「お前もわかってんだろ⁉︎ まだ修行始めて2、3ヶ月でそんなに早く、飛躍的に強くなれるわけねーって! お前は他の人間に比べたら十分早いスピードで力を付けてる! それを、なんでっ・・・!」


 声は徐々に、小さくなっていく。

 ミコト様にこんな風に怒られたのは、初めてかもしれない。

 怒られる、ということは、それだけ俺のことを認めてくれてる、大切に思っているということだろう。

 そんな人に、何やらせてるんだ俺は。

 でも、でも!


「ミコト様がそう思ってなくても、俺は、そう思っちまうんだよ。貴女に背中を任せらせるように、早く強くならなくちゃいけないって。いつか強くなれても、今強くなくちゃなんの意味もないって。何も、変われてないんじゃないかって」


 声に力が入らない。心臓が速いスピードで波打ち、呼吸が荒くなる。


「何も変わってないんじゃないかって思っちまうんだよ。あれから、何も強くなれてないって。そう思うと、俺・・・!」

 ミコト様の顔を直視出来ず、自分の顔を伏せてしまう。

 唇を強く噛みすぎて、血が滲み出てしまう。少し痛い。

 ミコト様はぎゅっと少しの間、といっても一瞬だけど、目を閉じて、あくまで厳しい口調で答えた。

「お前の力が光である所以を、考えたことはあるか?」

 え?

 俺の神力が、光である所以?

 いきなり何の話をしてるんだ?

「神力の力は、人が本気で培ってきたものに大きく依存するんだ。お前が本気で変わろうと思って、やってきたことは何だ? それはアタシと出会ってからやってきたことだけ、なのか? 」

 ミコト様と出会ってからのものだけ?

 違う。それだけじゃない。

 あの頃のの自分を変えたくて、高校に上がってから俺は––––––!


「あるだろ⁉︎ アタシと出会う以前にも、自分で培ってきたものが! アタシと出会ったことが強くなるスタート地点じゃない! もっと、もっと前から、ずっと繋がってんだよ!」


 その言葉に、はっとされる。

 そうだ、ずっと、強くありたいって思ってた。

 そのために、走り始めたんじゃないか。

 ミコト様はふう、と一息ついて、続ける。


「お前が強くなれてないって思うなら、それは自分の培ってきたものを信じられてないからだ。自分が培ってきた、自分なりの『強さ』を自覚して、信じれば、お前の力は最大限発揮されるだろうぜ」


 そっか、そうだったんだ。

 神風さんだってそうか。自分が眷属となる以前から持ってた強さを自覚して、信じてたから、あんなにミコト様の役に立ててたのか。

 自分なりに、持ってた強さを、最大限活かす努力をしてたんだ。

 思えば、ミコト様は修行を通して、それを俺に身体で覚えてもらいたかったのかもしれない。

 心はすっかり晴れていた。あんなに悩んでモヤモヤしてたってのにな。


「ありがとよ。もう、大丈夫そうだ」


「うし、じゃあ、後はお前が相手しろ」


「ちょっ、え、尊ノ神⁉︎」

 さっきまで黙って聞いていた神風さんが抗議の声を上げる。ま、そりゃ信用できないのはわかる。

 でも、ミコト様はきっぱりといった。


「大丈夫だ。今のこいつなら、な。頼む。アタシを信じてくれ」


「っ! 」

 神風さんは、ミコト様の気迫に押されたようで、一瞬声が詰まる。

 そして、不承不承といった様子で、

「わかり、ました! おい君っ! 負けたら承知しないぞ!」

 そう言ってきた。

 負けるつもりなんてねえっつの。

 自分なりの「強さ」、か。


「んじゃ、行ってくる」


 自分が頑張ってきた過去、やってきたことを思い出しながら一歩、足を前に進めた。

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