第11話 心の闇は、聞かれたくないもの

「あ、大麦君。どしたの?こんな所で。」

 千歳さんは笑みを崩さない。にこりと目を細めて笑いながら俺を見つめる。

 いや、この場合は妖、といったほうがいいかな?

 今俺が話しているのは、千歳さんではなく、妖だから。

 この妖は今、千歳さんの体を奪って、好き勝手に動かして、俺の前にいる。

「とぼけんな。お前が千歳さんの意識を奪ってんのはわかってるんだ。」

 ミコト様がそこらの妖であれば見えない、と言っていた神の衣を纏っていたにも関わらず、ミコト様の存在を察知した程だ。

 おそらく、相当の実力を持っているのだろう。

 俺は妖を睨みつけ、いつ飛びかかられてもいいように構える。

 見れば、ミコト様も俺みたいに身構えはしていないものの、警戒感を露わにしている。

「アタシが近くにいることを見抜いたのは素直に褒めてやるよ。お前、只の妖じゃないだろ」

 妖は空を見上げ、ふう、と息を吐いた。

「バレてたか。ま、そっか。当たり前だよねー。わかってたよ?ちょっととぼけてみたくなったんだって。」

 やっぱりな。

 妖はけらけらと笑いながら、飄々とした態度で話す。

 突然、肩周りが重くなる。

 悪寒が背筋を走る。呼吸が少しずつ荒くなる。

 さっきから徐々に、妖の周りに不気味な雰囲気が生まれ、増している気がするのだ。

「あ、大麦君、ようやく気づいてきたか。さっきから少しずつ隠してた妖気を解放していってるんだよ。これでも300年以上生きてるからさ。実力には自信があるんだよね。」

 禍々しい妖気が、妖の周辺から噴き出している。

 その大きさは、あの時の鬼火の数倍はあるだろう。

 後ずさりしたくなる気持ちを必死に抑えて、ぐっと足を踏ん張る。

「でも、解せねぇな。お前の妖気はそこらのゴロツキみてーな妖に比べちゃ、段違いにでかい。お前、300年以上生きてきたんだろ?そんな奴に、なんでアタシが今日の今日まで気づかなかったんだ?」

 ミコト様の疑問はもっともだ。

 こんなにでかい妖気だ。ミコト様が気づいているのであれば、放置しておくわけがない。

 じゃあずっと隠れていたのか?いや、それも違うだろう。

 それならばなんで今日になっていきなりバレたのかって話になる。

「あぁそれ。私、元々他所の地域で生まれたからさ。ここに来たのもつい最近だし。住み場所フラフラしながら探してたら、昨日丁度この娘を見つけたから。」

 丁度って、じゃあ千歳さんは、偶然コイツに見つかって、取り憑かれたってことか。

 なんだかいたたまれない気持ちになってくる。

「ほぅ、そうか、それなら良いんだ。じゃあ・・・よっと!!」

 ミコト様は妖の不意を突くように飛び出す。

 即座に距離を詰め、背後を取ろうと相手の懐へ体を潜り込ませる。

 おそらく、後ろから相手を拘束して、無力化してから、妖を体から追い出す算段だろう。

 普通の人だったら、なすすべなく組み伏せられる。てか俺だと不意を突かれたら多分無理

 でも、妖は読んでいたかのように、ミコト様が後ろに来たと同時に後ろに振り向いて瞬時に右ストレートを叩き込む。

 ミコト様は、ギリギリのところで反応して、上手く手で相手の拳を掴んでガードした。

 てか千歳さんってあんな動き出来たっけ?ミコト様の動きに反応して、かつ反撃するって相当凄いぞ?

「やるじゃねーの?お前自身の力が大半だろーが、宿主の力のリミッターも外してんな。妖どもに憑かれた人間は大体、身体能力が普段の何倍にもなるからな。」

 あぁなるほど、そういえば、人間は本来持っている力の20パーセントほどしか使えていない、という話を聞いたことがある。

 なんでも、100パーセントの力を出すと体そのものが壊れるので、脳がリミッターをかけているのだとか。

 ん?待てよ、脳が本来抑制している力を引き出しているってことは・・・

 千歳さんに少なからず負担がかかってるってことか!?

 そう思った瞬間、俺は妖に向かって飛び出していた。

 早くアイツをなんとかしないと!追い出さないと!

「羅一!?」

 ミコト様が驚いた声を上げる。だが、そんなこと気にしている場合じゃない。

 俺は力を込め、光を纏い、加速する。

 多分、スピードは、今までで一番出たと思う。

 けど、

「単純だなぁ–––。」

 そんな声が聞こえたと思うと、ミコト様の前から、妖は姿を消した。

 そして次の瞬間には全身にとてつもない衝撃と、痛みが走った。

 どうやら一瞬で詰め寄られ、肘打ちをお腹に一発入れられたらしい。

「ふぐっ・・・っ!」

 走った勢いも助長して、さらに打撃に力が加わってしまう。

 そのまま俺は数メートル後ろへ吹っ飛ばされた。

「羅一っ!」

 そう叫び、ミコト様は俺の元へ駆け寄る。

 あまりの痛さに、息が詰まる。しばらく痛みと足の震えで、立ち上がることが出来なかった。

「あはっ、脆いなぁ。大麦君、一応そこの神様の眷属でしょ?そんなものなの?」

 妖は明らかな嘲笑の笑みを俺に向かって浮かべる。

 怒りで頭の中が煮沸しそうだ。

 千歳さんの闇を利用するだけじゃなくて、体に負担までかけさせやがって–––!!

「おい羅一、落ち着け。怒ったって何にもなんねぇ。まずは冷静になれ。」

 そう言われて、すぐには収まらなかったが–––

 少しずつ、頭の中が冷えていった。

 でも、怒りは完全に治ったわけじゃない。

「ふふっ、怒ってる怒ってる。でもね、大麦君、君に怒られる筋合いはないと思うんだよなぁ。」

 は?

 何言ってんだコイツ?

 俺が何か悪いことしたってのか?

「彼女が私に取り憑かれたのってさぁ・・・」

 妖は意味深に言葉を溜める。

 そしてとても面白そうに、可笑しそうに、

「君のせいでもあるんだよ?」

 そう、言ったのだ。

 え?

「俺の・・・せい?」

 そうなのか?俺は千歳さんに、何か傷つくことを言ったのか?やってしまったのか?

 心当たりが全くない。

「この娘が中学の頃、陸上やってたのは知ってるよね?」

 それは俺も聞いたことがある。

 何で高校でも選手として続かなかったのか、と聞いたこともあったが、その時は上手くはぐらかされてしまった。

「この娘はさ、中学の陸上部の中では一番足が遅かったんだよ。それで陰口を叩かれて、やめたんだ。自分は憧れのあの姿にはなれない、ってね。」

 妖は、嬉々として喋り続ける。

 俺は少しずつ、焦り始める。恐怖を覚える。

 妖に、怒りを感じ始める。

 おい、やめろ。

 聞いちゃダメだ。聞いちゃいけない気がする。

「高校に入ってさ、君を見たとき、自分とダブって見えたんだって。でも君、1年経って、見違える程成長したでしょ?速く走ることに憧れて、ずっと走ってて、でも叶わなかった人がさぁ、一年でここまで成長した君を見たら・・・どう思う?」

 だって、これは–––!

「妬むよね、普通さ!妬んで羨んで悲しんで–––それでできた闇が私を呼んだんだよ!」

 千歳さんにとって、聞かれたくないことじゃないか–––!

「どう?どう? 自分にこの娘をこんなふうにさせた原因があるって知った気分は?あはははははははっ!」

 テンションは最高潮にまで達しているように見える。

 妖はとても愉快そうに、快楽を交えて笑った。


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