第4話 神力

「妖退治?」

「あぁ。ここ150年くらいまでは、この町は平穏だったんだけどな。たとえ悪さするヤロー共がいても、アタシひとりだけでなんとかなる程度だったんだ」

 さらっと150年、と言うワードが出てきてしまうあたり、時間の感覚が俺たち人とは違うんだな、と思わざるをえない。

「でも、ここ最近、アタシの力だけじゃなんとかならない程、悪さする妖共が増え始めてる。幸い、まだアホみたいに強ぇやつは出てきてねぇけど、このままじゃ町に大きな被害が出るかもしれない。」

 なるほど、自分のキャパシティを超えるくらい、人に害をなす妖が増えてきたから、素質のある奴を眷属にして、一緒に戦ってもらおうというわけか。

「小さな妖でも、大量に集まれば大きな災いを町に引き起こす、ってことか?」

「察しがいいな。それに、かなりヤバい妖が、来るんじゃないかって感じが最近すんだ。」

 なるほどね、なんとなくはわかった。

 でも、それだけじゃないはずだ。

「それにな、アタシの力が今は全盛期の半分くらいまで落ち込んでる、っていうのもある。」

 やっぱりか。

 まぁ、話を聞いているうちに想像はできた。

 ここまでお社が寂れて、人々からの信仰も薄れてしまえば、ミコト様の力が弱まってしまうのも、まあ想像はできる。

「こんなの、アタシが本来の力を今でも出せりゃ頼まなくていいことなんだけどな。まったく!情けなくなったもんだぜ。」

 そう言って、ミコト様は笑う。

 でも、さっきまでの笑い方じゃない。

 それには、自虐的なものも含まれているように見えた。

「これはお前が嫌ならやらなくていい。危険もつきまとうからな。ま、一方的に契約させといて何言ってんだ、って思うかも知んねーけど。こうでもしなきゃ、お前と話すことさえできなかったからな。」

 眷属を持ったことは、きっと俺以外にもあるのだろう。

「半ば賭けだったんだぜ?なんせ、ここ5、600年間はアタシの姿が見える奴は、お前以外いなかったんだからな!」

 でも、ここ長い間、それこそ、500年とか、600年とか、眷属を持ってはいなかった。

 つまり、その間ずっと一人でこの町を守ってきたことになる。

 神様と人で、時間感覚に差があるのは、さっき感じた。でも、やっぱり、俺にしてみたら、やはり長すぎる。

 そりゃあもちろん怖い。痛い思いもするだろうが、

 ––––もう、怖がってて何もできないのは、嫌だからな。

 力になりたいと思うなら、行動したい。

 強くありたい、何かを守りたい、と思う気持ちが、ここで昂ぶった。

「いいよ。やってやる。戦闘経験ナシの俺に何ができるかはわかんないけどな。」

 それにこの神様の眷属になった瞬間から、異常な世界にどっぷりつかってることになる。多分そういうものに関わることは遅かれ避けられないことなんだろうし。

 ミコト様は安心したようにニッと笑った。

「そうか、ありがとよ。んじゃ今日の夜0時、お前の家まで行くから、待ってろよ。妖退治がどんなものか見せる必要があるからな。」

「待ってくれ。なんでそんな夜中なんだ?」

「妖の活動が活発になるのが夜が更けてからなんだよ。」

 さいですか。

 その時間は普段であれば寝てる時間だし、部屋にいるから大丈夫だろう。

 なんの断りもなしに夜中に勝手に外に出歩くのは家族に対して後ろめたいものがあるが仕方ない。

 その後は簡単にお社を掃除して、供物をお社に備えて家に帰った。

 供物は適当にそこら辺の店のシュークリームを買ったらミコト様はとても気に入ったらしく、「今度から毎日これ持ってこい!」と言われた。

 そんなことしたら俺の財布の中身がが一週間ほどで綺麗さっぱり消え失せるので丁重にお断りさせていただいたが。

 結構高かったんだよ?そこら辺って言ったけど、あそこのシュークリーム。


 家に帰ってからは大まかいつも通りに流れた。

 軽く家族と雑談しながら夕食、風呂に入って歯を磨いて、部屋で暇な時間を過ごした。

 そして時刻は夜11時半、俺は布団に横たわりながら、ミコト様が来るのを待っている。

 覚悟してはいることだけど、少し緊張すんな。

 時計の針が、静寂のせいかやたらうるさく聞こえる。

 少しの緊張から、ぎゅっと瞼を閉じた。すると、

「ったく、そんな緊張すんなって。もっと肩の力抜けよ。」

 ミコト様の声が聞こえた。

 突然、腹のあたりに重みを感じる。

 目を開けてみると、ミコト様が俺の体に跨っていた。


 なんでこんな現れ方したんだろうなー。動けねーじゃんこのままじゃよー。

 あー煩悩退散、煩悩退散。

 とりあえず、降りてもらうようにミコト様に声をかける。

「おい、重い。どいてくれ。」

「おいおい、なんだよつまんねーなぁ。もっと面白い反応期待したのによ。」

「考えないようにしてんだ言わせんなチクショウ。」

 ミコト様はそれを聞いて少しポカンとした後、

「ぷっ!ははっ。やっぱ面白えわお前。」

 とても可笑しそうに笑った。

 正直言って着物越しでもわかるあの健康的に発達した体を下から見たとき、少しだけドキッとした。

 くっそ、なんか腹立つな。

ミコト様はするりと俺の布団から降りると、

「うし、じゃあ行くか。ほら」

 そう言って、俺に向かって手を差し伸べてきた。

「これは手を取れってことでいいのか?」

「他に何があんだよ。わかったら早くしろ。」

「はいはい、わかりましたよ。」

 俺はミコト様の手をそっと握る。

 次の瞬間、景色が変わった。

 景色が変わったと言っても全く見知らぬ場所、というわけではない。小さい頃、近所の数少ない親友、もとい幼馴染たちと良く遊んだ公園。

 少しだけ懐かしい気分になる。そういやここ、最近全然きてなかったっけ。

「おい、感傷に浸るのはいいけどよ、今はそれどころじゃねーぜ?」

 ミコト様の言葉にはっと現実に引き戻される。

 辺りをみるといかにも妖、といったような生物(?)がうようよしていた。

 –––やはりミコト様が見えるようになったのが原因か。

 なんか変な気分だなコレ。今まで見えてなかったものが見えるようになるのって。

 ミコト様はくるりと俺のいる方向に体を向け、話し始めた。

「ここ近辺に、火事を引き起こす元凶になる妖が最近、少数だがたむろしててな。1匹1匹は大したことねーんだが、集まりすぎると大災害に発展する危険があんだ。」

「塵も積もれば山となる、的な?」

「そういうこった。」

 なるほど、大ごとになる前に叩いておこう、というわけか。

 1匹が大したことないなら、俺を連れて行っても問題ない、と考えたのだろう。

 ザザッ、と木が風に揺られる音が聞こえた。

 そしてしばらくすると、

 –––けけけっ

 奇妙な笑い声と共に、何かが複数出てきた。

 鬼火のようなものだ、いや、小さい人の形をしている。

 要するに、小さい火の塊が人の形を成している、と言った方が想像しやすいだろう。

 口が三日月のように笑っていて、目がないところなどが、とても不気味だ。

「あいつらくらいなら、アタシ一人でもなんとかなるな。よし、まずはお前があいつらとどう戦うか、だな。神力ってやつを教えてやるよ。」

「神力?神通力じゃなくてか?」

「あぁ、神力だ。神力ってのは、アタシたち神が神としての力を使うために必要な力のことだ。たまにその力が宿ってる人間が生まれる時があるんだ。その力を持った人間がアタシたち神の眷属になる資格がある奴なんだ。」

 なるほど、俺はその力を持っていたからこそ、ミコト様の眷属になれたというわけか。

 なんか自分にそんな力があるなんて、前にもいったかもしれないが全然実感が湧かない。

「ま!言ったところでうまく説明できねーし、見せてやるよ!そぉらっ!」

 いや説明放棄すんなよ。おい。

 威勢のいい声と共に、鬼火に向かってミコト様は跳躍した。

 おおよそ常人とは思えぬほどの物凄い跳躍力。

 一瞬で、敵との距離を詰めて、

「かき消してやるよっ!」

 思い切りグーパンチを食らわせた。

 その瞬間、ふぶく暴風、轟く轟音。かすかな敵の断末魔。敵はグーパンチでぶっ飛ばされた、というより、暴風でかき消された、と言ったほうが妥当だった。

 一旦跳躍しバク転を決めながらミコト様は言った。

「アタシは主にこうやって神力を使って身体能力を強化できんのさ。他にも、雷落っことしたり、水を生成したりするやつもいる。」

「強い神力を持った眷属や神は神力を武器として具現化させることもできる。アタシも昔は出来たんだぜ?」

 そう言って、得意そうににっ、と笑う。

 さっきの一撃で、すでに敵の数は4割ほどになっていた。

 これで半分以下て、全盛期どんなんだったんだよ、アンタ。

 余談だが、さっき思い切りバク転した時、彼女が月の光も相まって、ものすごく綺麗に見えた。

 仕方ないじゃん。俺男だし。ミコト様スタイルいいもん。

 これで性格がこんなに豪快かつサバサバしてなければいいのだが。

「じゃあ後お前やってみろ」

「へぁっ!?」

 ちょっと待って!待ってって!

 俺まだその神力の使い方わかってねーんだけど!?

 そんな「牛乳買ってこい。」みたいなノリで言われても!

「まあ落ち着けって。目を閉じて、想像してみろ。その時にパッと思いついたものが、お前の力だ。」

 ったく、しょうがねぇなぁ。

 言われた通り、目をつぶって想像する。

 –––そういえば俺、陸上で短距離やってんだ。

 とにかく毎日、光のように速く走りたい、そう思って毎日練習してる。

 その時、まぶたの中に光が見えた。

 本能的に目を開け、本能的に走り出す。

 これでも俺の100mのタイムは11秒フラットだ。が、それを差し引いても、異常なまでのスピードが出た。

 不思議だ。そんなスピードで走ってるのに、世界がスローモーションで見える。

「へぇー。光か、らしいっちゃらしいのか?」

 ミコト様が、そんなことをぼやいた気がした。

 敵との距離がぐっと縮まる。

 俺はそのスピードの勢いに乗って、敵に向かって、

「おらぁあっ!」

 正拳突きを食らわせた。

 その時、自分を纏っていた何が伸びて、敵を貫いた。

 ん?

 眩く光る何か。というか、光。

 あ、これ"光"か。

 自分が光を纏っていることに、今気づいた。

 これが、俺の力か。

 貫かれた敵は、シュン、と消滅する。

「おーし、その調子でやってみろー。」

 ミコト様、アンタ簡単そうに言いますね。

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