Cp.2 Ep. You Are My Etarnal Sunlight.(2)
翌朝早く、拓矢は瑠水が何かの気配を察知するのを感じて、目を覚ました。
急いで着替えを済ませ、感知を辿って玄関前に出てみると、真事と翠莉がそこにいた。
「真事君……」
「すみません拓矢さん、朝早くに……あんまり他の人に迷惑かけたくなくて」
真事は既に身支度を済ませていた。それを見た拓矢は彼の出立を悟る。
「そっか。もう、行くんだね」
「はい。その前にお礼を言っておきたくて。乙姫さんにもできれば会いたかったですけど」
「姉さんは仕事に出るまではきっちり寝てる人だから。後で僕から伝えておくよ」
拓矢の言葉に真事はわずかな時間想いを整理すると、口を開いた。
「拓矢さん、本当にありがとうございました。もう、僕は逃げません。これから先何があっても、必ず翠莉を守ります。もう二度と、翠莉を離したくないから」
真事はそう言って、背中に抱きついている翠莉に目を向けた。二人の間にはもはや心の曇りはなく、拓矢はそれで二人の心配がなくなったことを感じて、やわらかな笑顔になった。
一方、真事の背中に貼り付いて言葉を出せずにいる翠莉には、瑠水が声をかけた。
「スィリ、もう大丈夫よ。真事も私達も、誰もあなたを咎めたりしない。もう、また前のように笑っていいのよ。私達もその方が嬉しいから。だから、もう悲しまないで」
瑠水はそう言って翠莉の若草色の髪をそっと撫でた。翠莉は瑠水の言葉に大きなエメラルドの瞳を潤ませていたが、やがて瞬きと共にその陰りを払うと、瞳を光らせて笑顔を見せた。
「うん。ありがとう、ルミィ。わたし、みんなのこと、大好き。マコトもタクヤも、ルミィもシャリィもサクヤもイェルも……みんなみんな、大好き!」
溢れ出す想いに、翠莉は再び輝くような満面の笑顔を取り戻した。誰もがその笑顔に心が洗われるのを感じていたその時、
『私を呼びましたか、スィリ?』
ふいに、心話回線を通じて声が通り、直後、その声の主が白吹雪と共に姿を現した。
庭の中央に突如として舞い上がった竜巻のような白吹雪が、繭のように弾ける。
そこには、白桜色の光を纏った短い振り袖姿の少女と、涼しげな袴姿の青年がいた。
「あーっ、サクヤーっ!」
その素性を拓矢達が把握するより早く、翠莉は勢いよく白色の彩姫、咲弥に飛びついていた。
「もー、どこにいたのサクヤ? こっちに来てたのなら言ってくれればよかったのに! 探してたんだよ?」
「スィリ、あまりそんなに強く抱きつかないで。それから早朝からそんなに大声ではしゃぐものではありません。眠っている人が起きてしまいます」
翠莉に遠慮なく擦り寄られる咲弥は見かけ迷惑そうな様子を見せていたが、決して嫌がっているようではなさそうだった。その応え方には、まるで長年じゃれ合っているような仲の良い親友か、あるいは歳の近い姉妹のような関係が見えた。
「ふぇ……サクヤ、迷惑なの?」
「いいえ。ただ私ではない方はそんな風に感じられることもあるということです」
咲弥は翠莉に勧告を告げると、やわらかな微笑みを浮かべて翠莉を真正面から見た。
「用事のついでに様子を見に来ました。お相手の方共々、幸せそうで何よりです、スィリ」
「うん……ありがとうサクヤ。サクヤも今日は一緒に来てくれたんだね」
翠莉は頬を薄く染めながら礼を返し、咲弥をぎゅっと抱きしめながら話す。
翠莉のその言葉に、咲弥は契約者である源十郎に目を向けながら、こう言った。
「ええ。せっかくあなたに逢える機会だと思って駆けつけたのですが、間に合ったようですね」
咲弥はそう言いながら、ふと翠莉の後ろにいた真事に目を向け、視線を交わす。
何かの含みを送られた真事は、事情を察し、翠莉に声をかけた。
「翠莉、名残惜しいのはわかるけど、そろそろ行こう」
「えー⁉ せっかくサクヤにも逢えたのに! もっとお話ししたいよー……」
「そのサクヤさんが何か話したいみたい。僕らとは別の場所でね」
「えっ?」
意外な言葉に翠莉は咲弥の方を見る。咲弥は小さく息を吐くと、「あなたに隠し立てはよくありませんね」と前置きをして、言った。
「スィリ、私達はこれからルミナ姉様とその命士様と内密にお話ししたいことがあるのです。ですから、此度はあなたとはここでお別れです。あなたの命士様もそろそろお帰りにならなければならないでしょうし、頃合いということで」
「そんなー……わたしがいちゃいけないの?」
「申し訳ありません。こればかりは少々事情もありますので」
涙目で拗ねかける翠莉を慰めるように、咲弥は微笑みながら言った。
「大丈夫です、あなたのことが嫌いなわけではもちろんありませんし、必ずまた逢えます。何でしたらまた逢いに行きますゆえ」
「ホント⁉ じゃあそれぜったい約束だよ!」
咲弥の心遣いに翠莉が気を許したのを見て、真事は翠莉の肩に手を置いた。
「翠莉、そういうことだから、今は帰ろう。必ずまた、逢えるから」
「うん、わかった。行こう、マコト!」
真事の言葉に翠莉は頷き、その手を取る。二人の姿が重なり、その体から翠光が溢れ出した。庭に流れ出すその翠色の光は、夏の涼風のように爽やかに澄み渡っていた。
流れ出す光を体に感じながら、真事は拓矢の眼を見た。
『拓矢さん。僕は、負けませんよ。あなたにも、僕らの試練にも……自分の弱さにも』
交わす視線から伝わって来た真事の意志を拓矢は受け止め、心からの答えを返す。
『ああ、どうか負けないで。翠莉ちゃんを守ってあげて。もう、失うことのないように』
返した想いが伝わったのか、真事は拓矢に力強い笑みを浮かべていた。
瞬間、空に向かって腕を広げた真事の背に翠色の六双の翼が広がり、翠風のような光を放つ。
溢れ出す想いを飛翔の力に変え、真事は勢いよく翠色の光跡を引いて、空へと飛び上がった。
「真事君……」
空に消えていく緑色の彗星のような光跡を仰ぎながら、拓矢は晴れやかな思いで呟いていた。翡翠色の翼が切り裂いた風が、暗い闇を拭いさったように感じていた。
「本来の用もあったが、見送りも間にあったようで何よりだ」
やがて、源十郎が口を開き、晴れ渡った時間を前に進めた。
「青の彩姫、それに命士殿、お初にお目にかかる。白の彩姫・咲弥とその命士、斯道源十郎と申す。此度は其方、青の命士殿に話があり、参上仕った」
「え……僕に?」
意外にも思った拓矢に、源十郎は言葉を続け、早速本題に入ろうとする。
「此度、其方の元を訪れたのは、其方に知らせておきたいことがあったからだ。その情報を共有することは、私達のこれからの行動にも関わる故にな」
「知らせておきたいこと?」
話を測りかねていた拓矢に、源十郎は間をおかずそれを口にした。
「其方も既に会敵しているだろう。《黒の魔女》と呼ばれる者のことだ」
「…………」
拓矢は、深奥に眠る真実に触れるような不穏さを、胸の内に感じた。
既にここまでで二回会敵する間に、拓矢は彼女の底知れなさとその正体に徐々に違和感を感じ始めていた。そして今回の戦いのある一点で、その違和感は決定的になった。
彼女は、いったい何者なのか。そしてなぜ、このような凶行に及ぶのか。
その真実に、まずは一歩踏み込む時が来た。
「瑠水。君は……何か知っていたの?」
背後で胸の内に何かを抱えていた瑠水に、責めるわけではなく問う。
瑠水は、拓矢のその心遣いを受け、迷いを飲み込んで口を開いた。
「お話しする好機が来たのかもしれません。私からは全てをお話しすることはできませんが、サクヤと命士様のお話に合わせて、私からもお話しできることはあります」
瑠水はそう前置きをして、一つ呼吸を置くと、最初の真実を告げた。
「《黒の魔女》の本名は、永琉(イェル)。私達と同じ存在――黒の彩姫と呼ばれていた者です」
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