第44話 案内者達の夜話・前編

 打ち上げも終盤に差し掛かった頃、夜もけて、ワインボトルも沢山の空きビンに変わっていく。元気があり余っていたフレッドにも眠気が出てきたようだ――――。

「いや~食った、食った! そろそろ御開きにするか、なぁアップル?」


「うむっ。皆の者……、今日はぐっすりと休むのじゃぞ!」

 丸く出っ張った腹をポンッと叩き、十分にステーキを堪能したアップル。


「フゥ……。これだけ食べれば、かなり精が付いたろうな」

 灰賀に熱い視線を向けて、レクチェは不気味に微笑む。


 食事を終え、ダフネとルイーズもフレッド達のいるテラス席に移動してくる。


「今夜はトラヴィス、ルイーズ、レクチェの歓迎パーティで大いに盛り上がったのじゃ! 今後とも皆の力を合わせて頑張っていくゾイ!」

 アップルが宴会の締めに仲間全員を鼓舞こぶする――。浮かない顔をしていたダフネとルイーズは、お互いに目を合わせ少しだけ笑みをこぼす。


「それでは、わたくし達はお先に失礼しますわ……」

「ボクはダフネッチの家にお世話になるのだ。んじゃ、また明日ね~!」


 アップルの隣にいたフレッドは気を利かせて、ダフネとルイーズを店の前まで見送りをした。そこに周囲とは距離をとり、意に介さない姿勢を示していたトラヴィスが、苦笑いをしてアップルの横に立つ。


「……今朝、オレに忠告したな? 現実世界では、オレは何もやましい事をしていないと……。それもそのはずだ……、オレは人工AIに過ぎないのだからな」

 トラヴィスは小声でささやく――。


「あれはオヌシを通して……、フレッドに言い聞かせたものじゃからな」


「オレの過去も全てニセの記憶だと分かったよ……。つまりは『ネームドNPC』がオレの役割であるという事なのだろうな…………」


「…………オヌシには酷な事だと百も承知しておる……。バグの影響で、元は人間としての自我に目覚めてしまったのであろうな……、同情するのじゃ」

 アップルとトラヴィスは二人とも体がこわばって話をしている。そして、そうとはつゆ知らずに、フレッドがにへら笑いでトラヴィスに問いかける。


「トラヴィスはどこに住むんだ? レクチェはハイガさんの居る俺の家に来るっていってるけど……。オヤジの部屋なら今空いてるかなぁ……」

 フレッドの父親は久しく実家に戻ってきていないらしい。


「オレは……、防壁付近のちょうどいい空き家に住み込む。見張りも兼ねてな」

 トラヴィスのそれは用心棒に相応ふさわしい、ぎらついた剣客の顔つきだ。

「そ、そうか……よろしく頼むぜ」


 無言のまま日本刀を腰に下げ、冷淡にステーキ店を去っていくトラヴィス。


「アップル……おまえ機嫌を損ねるような事、言ったんじゃねぇの?」

 

「フレッドのアホ面に嫌気をさしたのかもしれぬな……!」

「なんだと、テメェ……!」

「ヤレヤレ……、先が思いやられる」

 あきれ顔のレクチェが間に割ってケンカの仲裁をする。


 その後――、15分の徒歩で帰宅した4人は今回の戦闘の反省会をする。


 場所は1階のリビングで、テレビをつけて適当な映画のDVDを流す。

「年の差カップルのメロドラマか……、俺はリア充系は見たくねぇけど……」

 

 今回は灰賀が敵NPCに対して猛威を振るったが、こと対人戦とは勝手が違う事を忠告された。つまりは敵の動きが自動機能であったため、大量に処理することが可能であったという事。決して、チートで増大したレベルの過信は禁物なのだ。


「対人戦の得意なダフネとは真逆で、画一的かくいつてきに襲ってくるアンデッドに圧倒的有利を誇る灰賀といった感じ……じゃろうかのぉ」

 パラメーターに関しても、比較すると全く別物の二人である。


「後方から銃で狙撃できるルイーズちゃんが仲間になったのもデカいなッ」


 ルイーズは攻撃力こそ低いが精神力が高く、そのおかげで敵の察知能力にも長ける逸材だ。おそらくアップルが不在の場合、パーティの司令塔になるのは間違いなく、自称”美少女ガンナー”ことルイ・ズーフェイになるだろう。


「自分はとりあえず……レクチェ君と行動を共にした方がよさそうだな……」

 ステーキ店ではアルコール濃度が足らなかったためか、ブランデーを炭酸水で割って豪快に一気飲みをする灰賀。


「……また〈壁抜け〉できるNPCが攻めてきたら、どう戦えばいいんだ?」

 

「ワシが常時、町全体にレーダー網を張っておるから大丈夫じゃ。敵は5分しか防壁内で活動できぬからな……。敵が少数なら、瞬間移動で巻き込むことによりワシ一人でも対処することが可能なのじゃ」


 現在のアップルの索敵さくてき範囲は半径6キロメートルにも及び、エリュトロスに敵性反応が来た場合は、間違いなく彼女に気づかれるだろう。

 

「やはり、ほとんどの性能は私よりアップルの方が上をいくという事か……」


「……おぬしの専門は〈バリア〉に関して特化しておる事じゃからな。そう卑屈にならんでよいのじゃ」

 したり顔のアップルはポンッとレクチェの左肩をたたく。


「しかし、あれだけのNPCを大量に作り出すとはのぉ……。早めに決着をつけねば面倒なことになるじゃろうなぁ……」


「それにパペット・マスターにはNPCの部下だけじゃない…………。プレイヤーの死体……、そして『生きているプレイヤー』も手駒にしているのだからな」


 頭をかきむしる仕草をして、フレッドは思考を停止した――。ちょうどテレビでは男女のカップルがキスをするシーンに入り、レクチェはそれをまじまじと視てる。

 

 テレビから流れる甘く切ない、バイオリンの音色がフレッドを安らかな眠りへといざなう。

 

「もう俺……寝ていい?」

「ワシはアップデートしてた時、充分に休憩したのじゃが……。仕方ないのぉ……、本格的な対策は明日から実践することにするかの」


 フレッドは目をしぱしぱさせながら、テレビに釘付けのレクチェの方を振り向く。

「おーい、……レクチェはどうするんだ? そこのソファーで寝るのなら毛布くらい持ってきてやろうか?」


「そうだな……私はしばらくテレビを鑑賞する。ハイガも明日に備えて寝ておけ」

「……うむ、そうさせてもらおう……」


 夜の11時頃――、フレッドと灰賀はのそのそと2階に上がり、それぞれのベッドで就寝をする。大人の二人が眠りに入り、見た目は子供のアップルとレクチェが居間で夜更かしをする異様な光景だ。


「レクチェよ……、このドラマはつまらぬ。ワシはSFものが見たいのじゃ」

 退屈そうにあくびをするアップル。


「フフッ……そうせかすなアップル。はこれからだ!」

 

 レクチェが怪しい動きで取り出したのは一本のアダルトビデオだった。

「なんじゃ……洋モノのAVではないか。フレッドにでも見せる気か?」


「実はアダルトビデオを見るのは女の方が多いと統計データで出ているのだ。これで後学のために、今から私達も勉強しようではないか」

 その言葉で呆気にとられ、またもや赤面しリンゴ化してしまうアップル。

 


 






 




 


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