第62話 豆大福と相談
目が覚め時計を確認すると八時を示している、恐らく朝なのだろうが隣に寝ているはずのソフィーの姿は無い。どうやら彼女は寝坊することなく、豆大福目指して突撃していったようだ。
上半身を起こし肩を回す、四十肩とは無縁のようにぐるぐると動くことを確認。ベッドから抜け出てそのまま部屋を出ていく。
エレベーターは相変わらず動いている感じが全くしない、乗り込んだ次の瞬間には目指す階層についているのだ。これはコンソールに触れる必要のない俺限定なんだけど。
1階に着くともう慣れたものだ、ラウンジを素通りしてパントリーを目指す。
「おはよう」
「おはよう、旦那」
パントリーには大概お豊が居る。
「ソフィーは豆大福か?」
「少し遅れたとか言って、走って行ったさ」
ソフィー、寝坊したの?
「顔洗ってくるわ、お茶淹れておいてくれ」
「あいよ」
歯を磨き、顔を洗ってから戻って来た。
「いつ頃出て行ったんだ?」
「もう半刻ほど前さ」
「そりゃ、遅刻だな」
あのソフィーが寝坊した挙句、走って向かう姿は是非とも観たかった。惜しいことをしたな。
お豊の淹れてくれたお茶を啜りながら、ソフィーの帰りを待つとしよう。
「今日は何の味噌汁?」
「大根とお揚げさね」
「それはいいな、腹減ったから早く食べたいのだが」
「奥様を待たないと怒られるさ」
「まあ、そうだよな」
茶請けに胡瓜の糠漬けをつまむ、ちょっと漬かり過ぎで酸っぱい。
糠床は面倒くさがりの俺には維持できないので、お豊に感謝したい。
「奥様、遅いさ」
「お替りくれ」
「あいよ」
新たに淹れてもらったお茶を啜ろうとしたら、奥の扉が開いた。
「ただいま帰りました」
「奥様、おかえり。食事の支度をするさ」
「おかえり、成果は?」
「買えましたよ、豆大福! この大きさ、豆の量、旦那様の仰る意味が分かりました」
「それにしても遅かったけど、並んでたのか?」
「そうなんですよ、私の前に三十人は居ました。売り切れちゃうかと冷や冷やしましたよ」
遅刻したのは知らない振りだ。
「ほら、旦那も奥様もとりあえずご飯さね、食堂に行くさ」
お豊はワゴンに三人分の朝食を載せている。
ここで食べても良いのだが、味気ないので移動するかね。
「味噌汁うまいなー」
「ありがとうよ」
ご飯を味噌汁で胃に流し込む、お豊が料理上手で良かった。
ご飯が美味しくてたくさん食べてしまった、大福が収まる余地が無い。
「旦那様、折角買って来たのに召し上がらないのですか?」
「十時のおやつに食べるよ、ご飯食べすぎちゃって」
美味しく食べるなら、満福時より小腹が空いた時だろう。
「確かにこんなに大きいと食べ切れないさ」
「餡子がたっぷりと入っていて、とても美味しいですよ」
俺よりもたくさんご飯をお替りしていた癖に、豆大福を二個も食べているソフィー。
「ソフィーお前、食べ過ぎじゃないのか?」
「旦那様だって若い頃は大食いだったではないですか」
今は無理だよ、全盛期の半分も食べれないもの。
「相談があるんだけど、良いか?」
「はい、どうぞ」
「まず、扉の出口を変えようと思うんだけど」
「あ、あの扉の出口、スーパーのことですね」
「でな、向こうに家を欲しいんだけど」
「家ならここにあるじゃないですか? 立派なお城が」
うん、普通そう思うよね、説明不足だな。
「向こうに家があれば、扉の出口は元より、電気と上下水道も片付くんだよ」
「どういうことですか?」
「配管と配線に限り、常時展開型の転移システムを構築する。分かり易く云うと、向こうにある家の電気と水道配管をこっちまで引っ張ってくる」
「可能なのですか?」
「転移そのものはもう消耗を感じないし、出来るとは思う」
後で試しに糸でも引っ張ってみよう。
「子供が出来たら、学校にも通わせられますし家は用意しましょう」
いきなり子供の教育の話に発展した。
「今の生活でも便利ではないが、困ることも無いので急ぎはしないのだけど」
「折角ですから、新しく建てましょう。私に任せてくださいね」
「全てお任せするよ」
俺は金も戸籍も持っていない、登記とかも出来ないので任せるしかない。
「なあ、学校に通わせるなら戸籍がいるんじゃないか?」
「それも私が何とでもしますから、大丈夫ですよ」
なにそれ怖い、怖くて訊けない。でも、怖いもの見たさで尋ねてみたい。
「あのさあ、ソフィーって日本でどういう立ち位置なの?」
不老不死って、今の俺と同じくらい意味不明な存在だろう。
「信頼できる人物に会社を幾つか任せています。ですから、お金のことは心配いりませんよ」
答えてくれたけど、謎が深まってしまった。俺の欲しかった情報と違うけど、今度でいいや。
相談の内容はこれで解決した訳だ、何か釈然としないがまぁいいか。
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