第49話
「キース……」
ヒューバレルは前に進み出ながらキースに声をかける。握りしめた手はそのままだ。その目には、どこか覚悟を決めたような光が宿っているように見えた。
近付くヒューバレルにセンドリックは視線を移し、キースはただ涙を流す。
「キース、遠慮なんてしなくていい。……俺の
そんな事を言い出したヒューバレルに視線が集まった。センドリックは目を見開いている。キースもヒューバレルを涙の流れる瞳で見つめた。
「え?」
不意を疲れたような表情をして声をあげたのはキースだった。
「お前が引きこもってる最大の理由は……、俺なんだろう? キース。俺がもっと早く見つけていれば、俺がもっと早く犯人を特定できていれば……お前が傷付くことなんてなかった。俺を恨むのもわかるけど、センドリックたちは遠ざけないでやってくれ……。嫌なら、もうお前の前に姿を表さないよ。ごめん……キース」
キースのベットに近い所で止まると、ヒューバレルはその場で右の膝を地面につき、右手は胸に、左手は拳を作り地面に押し付けるように、そして頭は深々と下げた。最上位の礼だ。
その姿に呆気に取られたのは私だけではなかった。キースもセンドリックも大きく目を見開き、驚いている。思わずなのか、センドリックの手がキースの胸元から滑り落ちた。
「ち、違っ! ヒューの所為じゃっ!!」
声を上げるキースに対して、ヒューバレルは緩く首を振った。
「お前が学校に来なくなったのは、人が怖いのもあるだろうけど、もう一つの理由は俺に会いたくなかったからじゃないのか? 大丈夫、俺は家庭教師でも雇って勉強するから。……じゃあね」
ヒューバレルは礼を解いて立ち上がり、キース達に背を向けそのまま部屋を出ようとする。
「待って……っ! 本当にヒューの所為じゃっ!」
ヒューバレルをなんとかして止めようとキースが声をかけるがヒューバレルは止まりそうにない。それに釣られてなのか、抑えきれなくなっただけなのか、キースは
「僕はっ! 僕はっ! 僕はっ!! 自分がっ、情けなくてっ! 恥ずかしかっただけなんだ……っ!!」
涙を流しながら吐き出したキースの言葉は、突き刺さるような真実を纏ってヒューバレルの足をその場に縫い止めた。
ヒューバレルはキースの言葉に驚いたように振り向く。
キースは自分の胸元を握りしめると、苦しそうに
「僕はっ! 外に出て、
キースは息を途切らせながらも、言い切って涙を零す。まるまる背中はまるで、罵られるのを想定しているかのように強張っており、自分の身を守ろうとしているように見える。
……でも、なるほど。なんとなくキースの問題が見えてきた。
結論だけ言うと、今のキースは自己中心的な考えと自己嫌悪の塊だ。
他人から見える自分、つまり“ルフォス家の天才”としての自分。他人というのは今回の事件を知らなかった人達の事だ。
そして、私たちから見える自分。つまり“天才”なのになんの役にも立たなかった自分。
その二つを正面から見ることが出来なかった、という事だ。
前者は他人からの評価を不当なものと知っている、自己嫌悪と罪悪感。
後者は私達(私はそこまででもないが)親しい人達からの、失望への恐怖。
この二つから逃げ出した結果がコレというわけだ。
キースの言葉を聞いて二人は絶句して固まってしまった。どうやらここまでのことは予想はしていなかったらしい。
私は職業柄、人間のこういう心理には慣れているところがあるからそこまでの驚きは無い。
さて、どうするべきか……。
「キース」
とりあえず一歩出て、キースに声をかけた。
こういう時は親しければ親しいほど、慰めの言葉や叱りの言葉をかけないほうがいいはずだ。第三者の視点からの言葉が必要な時だろう。
この中でキースと一番親しくないのは、私だ。……あのまま黙っていようと思っていたのに……。なんだか目標が達成できなくて、少しがっかりだ。
冷静に状況を判断しつつも、ふとそういう関係の無い考えが頭をよぎる。
声をかけた事によって、センドリック達二人の視線が私に集まった。キースは微かに肩を反応させただけだ。
一息入れてから口を開く。
「だったらキースはあの時どうすれば、どういうキースでいればよかったと思ってるの?」
問いかけるがキースはしばらく返事をせずに言葉を詰まらせた。
私は急かすでもなくジッとキースの返事を待つ。これは急かしたところでいいことはない。センドリック達も固唾を飲んで出方を見守る。
するとしばらくして、キースがモゴモゴと喋り出した。
「ぼ、僕が、本当はレイラを守らなきゃいけなかった。レイラは女の子なのに、僕を庇わせて……。あの時無理にでも一緒に逃げるべきだったんだ……。そうすればレイラは大怪我しなくてすんだ。僕なんて、僕なんて……」
そう言ってまた肩を震わせるキースに、なるべく冷静に声をかけた。
「じゃあ、キースは本当にそんなことができたの? あの状況で」
「……え?」
虚をつかれたように、キースが顔を上げる。涙に濡れた黄の瞳がこちらを凝視する。だがその目はどこか焦点が合っていないようにも見える。
「だから、キースは自分の今言ったこと、あの時あの場に戻れるとして本当にできるの? あの恐怖と混乱の中で今言った全部のことができると思う? 体術の心得もない、魔法も使えない、恐怖で頭も回らないあの状況で本当にできるの?」
「そう、だけど……でも……」
続ける言葉が見つからなくて、言葉を詰まらせるキースにさらに言葉を続ける。
「私、キースになんて言ったっけ?」
「え?」
覚えてないのか、それとも自己嫌悪に記憶が潰されしまっているのか、混乱している顔でキースが私を見返す。
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