第6話 困惑
遠縁坂正樹
転校生が白田由真と初日から急接近するという事に私は困惑をしている。
まだ、彼がどのような人間で、事件に対してどのような考えを持っているのかなど、不明な点の方が遥かに多いにも関わらず、私の考えを大きく跳躍して、いきなり白田由真と仲良しになっているのだ。
そもそも白田由真という人間はそんな簡単に自らの領域に他人を踏み込ませる度量など持ち合わせないはずだ。そんな有効的な存在であれば、私は最初から彼女をメインデッシュになど選びはしなかった。
しかし、この夕闇に染まる教室で彼女は、今日、会ったばかりの得体の知れない転校生と会話をしている。
今日一日、どうするか。どのように計画を修正するか。それを見極める為に彼を見ていた。確かに彼は優秀だ。何故、このクラスに来たのか。疑いたくなる程に優秀だ。
だが、クラスの人達に馴染んでいくのを見て、彼の意図は増々読めなくなっていた。私にとって、彼はあまりに謎の多い転校生となる。正直、私の計画は暗礁に乗り上げるのではないかと内心、不安になる。
だが、その不安は逆に考えれば、楽しみでもある。これはゲームだ。大きな障害が予想外に現れる事で、楽しみは何倍にも膨れ上がった。
問題は、計画をどのように修正するかだ。あまり、時間を掛け過ぎては興が醒めるというもの。当初の計画に沿った形で何とか実行したい。そう思えば思う程、あの男の存在は心をざわつかせる。
茜は白田由真の傍に居る男子生徒をファインダー越しに見ていた。
当初はただの転校生だと見ていたが、転校初日から白田由真と接近する所に興味が惹かれる。
危険な香りに惹かれるって奴かしらね。
そんな事を想いながら、遠縁坂の写真を手に入れる。記者として、彼女が行う事は一つ。遠縁坂正樹についてを調べ上げる事だ。彼の過去などをじっくりと調べ上げる。そして、何かしらの繋がりを見付けだし、ネタにする。記者としては当然の行いだ。
彼のプロフィールを手に入れ、彼が過ごしていた東京に取材を頼む為に本社に連絡を入れる。
「ああん?ダメに決まっているだろ?」
編集長は茜の頼みを拒否する。
「なんでですか?」
電話越しに怒鳴るように尋ねる茜。
「アホか。事件に関与していない奴の取材なんてやったら、どこで後ろ指刺されるか解らんぞ?フリーの記者じゃないんだ。そこまでやれるか。お前が頼み込んで取材をさせてくれって言うからそこに張り込ませているけど、事件に進展がないなら戻って貰うぞ?お前の給料や取材費は安く無いんだからな?」
怒鳴り返されて、茜はショボくれる。このままだと、数週間もせぬまま、ここから撤退となるだろう。だが、茜には何故か胸騒ぎがしている。多分、事件はここで終わらない。新しい殺人が行われる。その直感だけで、彼女はここで取材活動を行っている。
だが、彼女と言えども雇われの身。会社がダメだと言えば、抗う術はない。出来るならば、撤退が決まる前に事件が起きて欲しい。事件が起きてはいけないと思いつつ、裏腹に事件を願う茜の心は複雑だった。
白田由真はここ数日、悩んでいた。それは事件の事では無い。無論、事件の事は気になる。そして、事件についても自分の中では大きく整理が進んでいる。それも全てはあの転校生のせいだ。
転校生、遠縁坂正樹は転校初日から慣れ慣れしい程に近付いて来る。それは全て事件への探求心だとは解る。しかし、正直に言えば、他人が苦手な自分にここまで慣れ慣れしく迫られると、気分が悪くなる。だが、それを顔に出していては明らかに自分がコミュニケーション障害の持ち主だと相手に悟られ、それが弱点となる。我慢しか無かった。
我慢した結果、得られたのは自分だけでは纏まらなかった事件の情報だ。
現状で把握したのは、第一の事件では、毒殺であった事。毒を塗られた画びょうが自分の机の中から出た事。それらが確定している事実である。
毒殺されたのがどの時点なのか。それは遠縁坂がクラス中を聞いて回り、刑事から尋ねられた事を類推した結果、死亡推定時刻は、彼女が教室から出てから3時間後となっている。要は発見される直前ぐらいである。仮にそうであるとすれば、毒の種類から言って、効きが遅いとも言える。
遠縁坂はそこからある仮定をした。
「最初の画びょうに刺された時点で、画びょうに毒は塗られていなかった。または致死量に達する量では無かった」
彼の言う通りだろう。確かに自然界最強とも言える毒ではあるが、画びょうの先に塗った程度では皮膚に僅かに刺さる程度で多くを摂取したとはならない。
「犯人はそれを皆が見る事によって、その時点で毒物が体内に入ったと思わせただけで、実際は彼女が何処かに移動したところを狙って、新たに毒を体内に注入したのだろうと思う」
遠縁坂の推理は確かにその通りだと思う。しかし、この方法で殺害したとなれば、不確定要素が多過ぎないだろうか?二階堂が画びょうを指に刺したぐらいで教室から飛び出して行くだろうか?そして、教室から飛び出した彼女が何処に行くか。それらが全て計画に入っていなければ、成功しない計画である。
由真の疑問は遠縁坂も感じていた。あまりにも不確定要素が大きい。計画としてはズサンで成功する可能性が低い。
大きな問題点は彼女が何処に行ったのかを探し出し、体内に毒物を注入する事。どちらにしても誰かにその姿を見掛けられたら、明らかに怪しまれる。だが、遠縁坂はその二つにある答えを示した。
「相手は最初から被害者の位置を知っていた。そして、昼休みが終わったと同時に皆で被害者を探す際に真っ先に被害者の元に駆け付け、何らかの方法で毒を飲ませた」
「位置を知っていた?」
由真は訝し気に彼に尋ねる。
「あぁ、例えば・・・彼女のポケットなりに位置情報を発信する機械を入れておけば、詳細に彼女の位置は解ると思わないか?今はその気になればとても小さい発信機など幾らでも手に入る」
なるほど・・・それならば、犯人は彼女の位置を常に把握していた事になる。
「そして、毒を飲ませる。注射器などでは跡が残るし、多量には飲ませられない。きっと、ジュースか、何かの形で飲ませた可能性が高い」
「そんな簡単に飲んでくれるかしら?」
「相手が顔見知り・・・なら?」
遠縁坂の言葉に由真は戦慄する。否、ある程度は解っていた事だ。だが、それを理詰めで出された事に驚くしか無かった。
「犯人は同級生?」
「いや・・・そこまでは絞れない。被害者と接触が可能ならば、この学校の関係者は全員だと思うよ。そこまで広げないと、見落とす可能性が高いね」
遠縁坂は慎重だった。
「じゃあ・・・まだ、犯人は解らないって事?」
「あぁ、そもそも、被害者を最初に発見した日向さんは彼女がすでに倒れていたと証言してくれた。ただし、その時、彼女は一人だった。もう一人の立花さんが駆け付けるまでには数分のタイムラグがあったとされる」
「日向さんを疑っているの?」
「・・・あぁ、彼女が発見した時の様子は彼女しか居ない状況だからね」
遠縁坂の答えは重い感じだった。
日向美琴。
目立たない感じの女子生徒。何もかもが普通と言った感じで、あまり友だちも居ない感じだった。
日向美琴は怯えている。
二階堂由美が死んだ日。彼女は警察の取り調べを受けた。クラス全員が受けたのだが、特に彼女は第一発見者として、かなり執拗に尋ねられた。
自分が疑われている。
そう感じ取った。
警察は自分を犯人しようとしている。
その不安が頭から消えない。
真犯人が捕まったというニュースは無い。
同級生の新島早苗が自殺した時は彼女が犯人だと思って、一瞬安堵した。
しかし、その時も刑事は自分を任意で取り調べた。その時の様子は明らかに怪しんでいた。きっと、新島に罪を擦り付けて、殺したと思われている。
何をどうしても、自分は容疑者となっているのだ。
その不安が付き纏うには理由がある。
自分には二階堂由美を殺害するに充分な理由があるからだ。
数か月前から二階堂のグループからイジメを受けていた。彼女達のイジメは狡猾で陰湿だ。最初にトイレに無理矢理連れ込まれ、強引に裸にされた。そして、そのまま屈辱的な事を強いられ、その恥ずかしい姿を写真に撮られるのだ。それをネットにばら撒かれたくなければ、彼女達の要求に従うしか無かった。
金の要求から始まり、暴力、暴言。彼女達が満足する為の玩具にされた。自殺まで考えていた時、二階堂由美は死んだ。正直、目の前で苦しむ姿を見た時、このまま死んで欲しいとは思った。確かに、発見した時の彼女はまだ、生きていた。口から泡を吹き、多分、もう死ぬ。そうは思ったが、助けようなんて気はまったく起きなかった。後から別の女子生徒が駆け付けるまで、結局、私は何も出来なかった。出来ないまま、二階堂由美は動きを止めていた。
そう。自分が殺したわけじゃないが、見殺しにはした。それが当然の罰だと思ったから、その時はむしろ心躍っていた。喜んでいたのだ。あんな奴死んだら良いのに。それが事実になったのだ。
きっと警察は、二階堂由美のスマホから、あの画像を手に入れている。そこから私がどんな目に遭ったかを知っているはずだ。だから、執拗に事情聴取をしてくる。誰もが思うはずだ。あれだけの事をされれば、殺したくもなるはずだと。
だが、違う。私は殺していない。殺してなどいない。だが、それは別に殺したと言った方がどれだけ楽かと思う自分も居た。
ベテラン刑事は鑑識からの報告で二階堂由美のスマホから事件の関与が疑われる情報の提供を受けてた。正直、彼女のスマホから出て来たものはあまりに酷くて、彼女が殺されるのも理解が出来るだけの事だった。
「あのガキ・・・とんでもないな」
ベテラン刑事はパソコンの画面を見ながら嫌そうな顔をする。
「恐喝、イジメ、何でもありですね。手口は相手の弱みを握って、強請る。痴漢や万引きの証拠を画像に捉えるか、裸の画像を手に入れるとか。被害者だけでも30人以上。同級生も何人も居ますね」
若い刑事も被害者リストを眺めながら嫌そうな表情をする。
「最初の発見者の日向美琴。枝島優奈、栗林希美、篠田愛奈か」
「どれも容疑者候補ですが・・・決定的じゃない」
「あぁ、最初の発見者の日向美琴はかなり突っ込んだが・・・あの感じじゃ・・・犯人じゃないな」
ベテラン刑事は考え込むように言う。
「解るんですか?」
若い刑事は驚いたように尋ねる。
「刑事の勘だよ。あの子は落とすのは簡単だが・・・多分、犯人じゃない。あんな性格の奴がこんな大胆な犯行など実行できない。やるとすれば、行き当りばったりの犯行しか無い」
「なるほど・・・深いですね」
「何十年、刑事をやっていると思う?」
ベテラン刑事は笑う。
「しかし・・・画びょうの毒は体内から検出された毒と一致しましたが、白田由真の指紋は検出されなかった。動機も希薄。まさか、この四人の誰かがやって、彼女の机に投げ込んだとか?」
若い刑事の推理にベテラン刑事は悩ましそうな考える。
「可能性は・・・あるな。机の中に放り込むのはいつでも出来る。だからと言って、白田由真の行動などを考えると安易に容疑者から外すわけにもいかんしなぁ」
動機を持つ四人の同級生の存在が明らかになる中、それでも白田由真からも容疑を外す事が出来ないジレンマにベテラン刑事は悩むしか無かった。
刑事の動きはほとんど硬直状態だ。
白田由真に容疑を向けさせていたが、それが弱まっている事を考えると確証が無い上に別の容疑者が捜査線上に上がったのだろう。それは想定済みだった。
二階堂由美は札付きの悪だ。彼女に恨みを持つ者は多く存在する。
私自身はそんな気持ちはまるで無いし、そもそも彼女達のイジメの対象にはなっていない。仮になったとすれば、彼女達に面白いショーを見せてあげる事が出来ただろうに・・・とても残念だ。
だが、まだ、残りが居る。
佐々木典子
遠藤ゆかり
二階堂由美と一緒に行動をしていた輩だ。警察は彼女達にもある程度の目星はつけているだろうが、容疑までは掛けていない。だが、二階堂に恨みを持つ者の犯行の線となれば、彼女達が新しい被害者になる可能性は高いと感じているだろう。このような事情をどう活かすか。これもゲームとしての醍醐味である。
そろそろ、ゲームを再開しようかと思う。
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