第4話 平穏
新島早苗を殺したのは偶然では無い。
綿密な計画の元に、彼女を殺害した。
彼女は真面目で賢く。それでいて責任感が強い。
だが、その裏で、彼女は万引きの常習者であった。
多分、日頃、発散されぬストレスを犯罪という緊張感で慰めていたのだろう。
とても都合が良かった。無論、それを発見したのは偶然では無い。クラス中の人間の弱みになる事などを丁寧に探った結果だ。人間なんてのは必ず、そう言う所がある。人には言えない弱み。それを明らかにしておく事が、色々な点で大事になる。
彼女は万引きをした証拠画像を送り付けてやったら、言う通りにやって来た。無論、それも自らのスマホなどは使わない。全てを白田由真になすり付ける為に、彼女のスマホを乗っ取り、そこを踏み台にして送ってやったのだ。無論、その形跡はキレイに消してやった。
スマホを乗っ取るのは一見、難しいそうにも思えるが、学校という場所では体育の時間など、スマホを自ら手放す時間がある。その時に細工をすれば、容易い事である。
今頃、由真は再び、容疑が掛けられているだろう。しかし、警察はどうやって由真が殺人を行ったか解らないはずだ。当然だ。彼女はある意味で自宅に軟禁状態だったわけだから。
警察はどう動くだろうか?
とても気になる。このゲームの醍醐味はこうした不確定要素の部分だ。
だが、二人目を殺した事で、暫くは殺人は出来ない。これ以上の殺人は警察の目を由真から離してしまう。由真には常に警察に警戒されるような距離感が大切だ。彼女が警戒される事で、警察の動きは固定化され、解り易くなる。そして、由真の行動を楽しむという私の欲求を満たす事にもなる。
新島の自殺が他殺である可能性を受けて、警察は再び白田由真の身辺を調査した。ベテラン刑事達は彼女の自宅周辺を隈なく探る。どこかに誰の目にも触れずに出入りが出来る場所が無いか。それを必死になって探る。
「繁さん、無理っすよ」
数日の捜査の末、若い刑事が泣きごとを言う。
「そうだな・・・とても、この衆人環視の中を通り抜ける事なんて、出来ない。それに仮にここを突破したとしても街中にある監視カメラのどれにも映らずにとなると、ちょっと難しいだろうしな」
ベテラン刑事の言う通り、最近は街中に監視カメラがある。コンビニの前でも一般住宅でもだ。それらに一切、映らずに移動するのは困難であった。
「じゃあ、どうやって?」
若い刑事が不可思議に思った顔で尋ねる。
「簡単だよ。共犯者が居る」
「共犯者?」
「そうだ・・・それなら簡単だろ?」
「同じクラスですか?」
「いや・・・そうとも限らんだろう。だが、まずはそこから当たろう。白田由真と仲が良い同級生のアリバイを調べろ」
刑事達が白田由真の周辺を探り始めた事など、当の由真が知る由もなかった。むしろ、彼女の頭の中は二人目の殺人でいっぱいだった。警察から知らされていない情報は多い。なぜ、新島早苗は普通の人なら絶対に行かないような場所に一人で行ったのか。いや、そもそも一人だったのか?誰かと一緒に行って、殺されたのか?全てが謎だった。
だが、警察の捜査を見ていると、怪しまれているのは自分だ。ここ数日、警察は必死に自宅周辺を探っていた。それが何を探しているのかは不明だったが、執拗なぐらいに私のアリバイや家族への聞き込みをしている所を見ると、殺人事件の嫌疑を掛けているのは間違いが無い。
だが、事実として、殺人は行っていない。行っていないどころか、家から一歩も出られない状況で殺人など不可能だ。その不可能をやってのけたと警察は疑っている。あまいにも滑稽な話だった。
奇術師じゃあるまいし、そんな簡単に人がドロンと消えて、別の場所から現れるトリックを家に施しているわけがない。
そう思いながら大学ノートに今回の事件のあらましを書き綴る。
とにかく、今回の事件は最初から唐突であった。何の前触れも無く、二階堂由美が殺害される。それもかなり用意周到な殺害方法だった。そして、今回の新島早苗。こちらの場合は殺害の状況が警察によって秘匿されている。一部、マスコミは彼女が犯人ではと言う憶測を報道しているぐらいだ。
ひょっとして、本当に真犯人が解っていて、その犯人に殺されたのでは?
由真は短絡的にそう考えてみた。色々、納得が出来ない部分は多いが、辻褄は合わせる事が出来る。
だが、どちらの事件も解決せぬまま、1週間が過ぎた。
久しぶりに学校が再開された。誰もが疑心暗鬼なまま、登校をしてくる。由真の周囲にはマスコミがチラチラと居たが、二件目の事件が彼女では無いだろうという憶測からか、安易な取材が出来ないとして、誰も近付こうとはしなかった。
教室に由真が入ると、皆の視線が集まる。その目は皆、疑心暗鬼な感じだった。誰も由真に声を掛ける事無く、授業が始まる。教師もどことなく、落ち着かない感じだった。そんな感じで始まった学校は、何事も無く、過ぎていった。
学校が再開され、一週間が経つ。マスコミはそれでも不可解な事件として、騒いではいるが、警察関係も以前ほどは活発に捜査をしていない感じで、事件は下火になろうとしていた。
当初は由真を避けていた同級生達だったが、それも次第に失せて、平常通りになろうとしていた。
退屈な日々である。
一度覚えた殺人の興奮を抑えきれない。
殺人は麻薬のような物だと思う。
人の生死を自らが決める事は神にでもなったような優越感を味わう事だ。
一人、二人と殺して、思った事は、自分は多分、神なのだと感じた。
自らの手で人を殺す事が出来る。
それは私のみ赦された行為なのだ。
そして、白田由真。
彼女が苦しむ姿。
それはやがて、私自身の手で終わらせる命が生贄として、苦しみ、暴れ回る姿にも見える。
まだ、足りない。全ての儀式が達成されるにはまだ、足りないのだ。
それまでは白田由真の命は私の手の上で転がっていなければならない。
彼女に最大の苦しみを与え、絶望の中に陥れた時、私はその苦しみと共に彼女を葬り去るのだ。それこそ、私が描いた完璧な儀式なのである。
それまでは決して、彼女を奪わせない。誰の手にも渡さないのである。
ベテラン刑事は白田由真の交友関係を探っていた。
そもそも白田由真という人物についてを突き詰めると、真面目で物静かなタイプ。裏返せば、付き合い辛い人となる。故に彼女と交遊を持つ者は限られてくる。そして、親友と呼べるレベルの交友関係は小学校まで遡っても確認は出来なかった。彼女を知る人々の証言としては、常に人と距離を置く感じだった。
彼女は表面上では誰とでも普通に会話する一方で、必ず、一定の距離を置いて接している。そんな人物だった。ただ、不思議な点もある。中学時代までは成績は常に学年の中で5位以内。高校は相当に偏差値の高い学校に進学するだろうと言われていた。それが、あまり進学率の高くない学校に入学した。あまりにも不思議な事だと話題になったそうだ。
高校に入ってからの成績も良い方ではあるが、それほど、高いとは感じさせないレベルにある。ベテラン刑事はその辺のギャップが気になった。
若い刑事と共に彼女の過去の答案用紙を確認する。教師は突然の事に驚きつつも、言われた通りに保存してある分の答案用紙とその問題用紙を用意した。彼女の過去の試験の平均点は75点程度。良くも悪くも無い数字だ。
「確かに・・・変ですね」
若い刑事が答案用紙を見ながら訝し気に答える。
「何が変だ?」
ベテラン刑事もその言葉に食い付く。
「えぇ、この回答なんですけど・・・間違っている回答の多くは、敢えてデタラメに書いている気がするんですよ」
「そんな事が解るのか?」
若い刑事の説明にベテラン刑事が疑問を持つ。
「確かな事は言えませんけど、こっちではこんな難しい問題を解けているのに、何故か、簡単な問題などで、普通なら最初に選択肢から切り捨てるような選択肢が選ばれていたりするんですよ」
その説明に一緒に居た担任の教師が声を掛ける。
「私もそれは感じたことがあります。本当は凄く出来るはずなのに、何だか変な間違いをするんです」
「変な間違い・・・敢えて、点数を低くしているのか・・・なんでそんな事を」
ベテラン刑事は白田由真の特異な行動に頭を捻る。
白田由真という少女の事を調べると以上のような特異点が確認される。だが、それは必ずしも犯罪性を帯びたものでは無い。家族関係も良好であるし、親友は居ないが、休み時間などに会話をする程度の友だちはそれなりに存在する。決してイジメを受けていた過去などは確認されていない。むしろ、真面目で優等生な存在故に尊敬をされていた部分も見受けられる。
白田由真の警戒を続けながらも、警察は二つの殺人に繋がる証拠を得る事が出来ずにいた。マスコミも一時期は報道を加熱させたが、彼等自身も確実な証拠が掴めないのと、未成年事件と言う事もあり、すぐにその熱は冷めていった。
だが、それでもマスコミはこの事件を追い掛ける事を諦めない。各社は少数での取材を続けていた。その中の一人、週刊タイムリーの専属記者、神戸茜はカメラを片手に街中を彷徨っていた。最初の事件が起きた時から投入され、靴底が減るまでこの街を歩き続け、そして、今も歩いている。
すでに数百人の人から聞き取りをした。取材ノートは10冊を越えようとしている。だが、どこからも当初、犯人だと疑われた少女が犯行に及んだ証拠も、原因も掴めていない。それどころか、彼女が自宅に籠っている間に二件目の事件が起きた。多くのマスコミはそちらが犯人だと騒いてもいたが、警察からは何の発表も無い。ただ、憶測による報道は改めて欲しいとの要請だけがマスコミ各社にされただけだった。多くのマスコミは後の訴訟などを考えて、報道は落ち着いていった。
だらしがない。
茜は及び腰の他社の記者達を見て、孤軍奮闘をしていた。警察の目を逃れ、学校関係者達に取材を続ける。だが、彼女もこの事件の真相には近付けないでいた。
確かに、最初の警察の動き通りなら、白田由真は怪しい。だが、怪しいだけだ。彼女が殺人を犯すようには見えない。だが、サイコバスだとすれば、そうも簡単では無い。サイコパスは一見すると普通の人に見える。いや、その心の奥底を偽るぐらい平然と行う事を考えれば、普通の仮面を被ることさえ容易い。
彼女は優秀な生徒だった。だが、その彼女が敢えて、偏差値の低い、この学校を選ぶ。それこそ、サイコパスを疑っても構わないのではないか?
茜は記者としての勘に頼り、白田由真が犯人のシナリオを組み立てる。だが、どれだけそこに話を合わせようと取材をしても、どこかで破綻する。それは彼女が犯人じゃない事を現している事になる。
自己矛盾。
茜は自らの仮説を自らが否定する事に苛まれる事になる。
新しい犯人が居るのか?
いや、それは共犯者なのか?
白田由真にそんな存在が居るのか?
取材を重ねるしかない。記事の信憑性を上げる。記者に残された道はそれしか無い。その為にはプライバシーなど言ってはられない。どんな方法を用いても、調べ上げる。そう覚悟をして、茜は疲れた体を押して歩き出す。
様々な人が白田由真を中心に回っている。
それを感じる。
全ては悪意だ。自己中心的な思惑の中に白田由真を押し込めようとしている。
解る。
人は真実よりも、自らの思惑に身を委ねようとするものだ。
誰も自分を否定したくない。
それこそが落とし穴なのだ。
疑心暗鬼に陥る人々。
やがて、白田由真を越えて、彼等は絶望の淵に陥るだろう。
誰を信じれば良いかなど解らなくなるはずだ。
私は自らが作り上げたゲームに酔いしれる。
それだけで良いのだ。
白田由真はその贄に過ぎない。
悪魔に捧げる永遠の処女。
それこそ、彼女なのだ。私が選んだ彼女なのだ。
私の中に眠る悪魔を目覚めさせるのだ。
そう妄想しているだけで時間が過ぎていく。
時間は一瞬だ。
あまりに短い時の流れ。
私が死ぬまでもそうだろうか?
だとすれば、この楽しい宴の時間を私は後悔する事無く、楽しまねば。
白田由真
どうか、私と言う悪魔と共に、踊ってくれよ
二階堂由美の死体が司法解剖から戻り、ようやく、告別式が行えるようになった。殺されてから二週間以上が経っていた。
彼女の両親は子ども同様にあまり素性の良くない感じではあった。子どもが殺されたと言うのに、あまり悲しそうな雰囲気でも無かった。何の仕事をしているか解らない感じの父親と水商売か、風俗関係であることがすぐに解るような母親。そして、二階堂由美同様に不良の弟二人。
同級生の告別式と言う事もあり、同級生達は訪れてはいたが、皆、内心ではあまり来たくは無かったようだ。
式には刑事達の姿もあった。そして、その様子を窺うマスコミの姿も。
白田由真も訪れていた。
彼女の顔を見た遺族の父親が激高する。
「お前が犯人だろう?」
それは激高なのか。単なる脅しなのか。とにかく興奮した父親をベテラン刑事が止める。
「彼女が犯人だとは誰も言っていない!止めるんだ!」
ベテラン刑事は父親を止めながらそう怒鳴る。
パシャパシャと茜はシャッターを切る。ほとんどモザイクになるから、使えない写真だが、素材としてはなかなか良いだろう。
誰もが嫌な感じだった。早く式が終わって欲しいと思いながら、ただ、時間だけが過ぎた。
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