第11話 ケーキ

 夕暮れの強烈なオレンジ色に包まれた本堂の片隅で私は一人座禅をしていた。気づけばこの寺に来てから、三か月が経っていた。

 やはり、毎日毎日ただただ、単調な日々が繰り返されていく。掃除、洗濯、座禅・・、掃除、洗濯、座禅・・。

「生きるって一体なんなのだろうか。人生って一体・・」

 ふと、気づけば最近いつも私はそんなことを考えている。

「・・・」

 私は、なんだか自分で生きているつもりの人生が、得体のしれない何か巨大な流れに押し流されているような気がした。私だけじゃない。私の愛する人、お兄ちゃん、唯、お母さん、お父さん、みんな巨大な抗いえない何かに押し流されている。それはどうしようもない、どうする事も出来ない何か・・。

「人生っていったい・・・」

 私とは何者で、生きているとはどういう事なのだろう。なぜ人は生まれ、どうして死んで行くのか。人間の存在とは・・、なぜ、世界には、戦争、犯罪、闘争、暴力、差別、競争、格差、老い、病気、そして死が溢れているのだろうか。もし・・、もし、人生があまりに残酷で、死ぬ事だけが救いだとしたら・・。

「お兄ちゃん・・」

 私は兄の一生を思った。私の背中に恐怖が走った。もし・・、それが真理だとしたら・・。

「わっ」

「わぁー」

 その時、誰かがそんな戦慄する私の背後から突然抱きついてきた。

「驚いた?」

 唯だった。

「いや、あの、座禅中だから」

「ふふふっ、へへへっ」

 だが、唯は無邪気な笑顔で私の顔を覗き込む。

「心臓が止まるかと思ったよ」

「へへへっ」

 ここは怒るところだが、唯の無邪気な笑顔を見ていると、不思議とそんな気がなくなる。

「もう」

 私は唯を抱きしめた。

「へへへへっ」

 唯も母親に甘える子どものように、モゾモゾと私に抱き着いてくる。

「ふふふふっ」

 私も唯と一緒になって笑った。このまま、ここで唯や和尚さんと暮らす、そんな人生も悪くないな。そんな事を思った。

「あっ」

 私はその時、閃いた。突然の私の叫び声に唯がびっくりして、私を見る。

「私が作ってあげる」

 私は唯を見た。

「何を?」

 唯がキョトンとした顔で私を見返してくる。

「ケーキ」

「ケーキ?」

 唯はさらいキョトンとする。

「そう、私が作ってあげるよ。ケーキ。キウイのいっぱい飾ったやつ」

「ほんと?」

 唯の目が輝いた。

「うん」

「わあ、やったぁ。ケーキ、ケーキぃ」

 唯はそう叫んで飛び上がると、そのまま「ケーキ、ケーキぃ」と叫びながら、オリジナルの奇妙な踊りで本堂の中をグルグルと踊り始めた。

「ケーキ、ケーキぃ」

 唯は本当にうれしそうに全身で喜びを表現していた。

 

「ルンルン♪、ルンルン♪

 私は鼻歌交じりに、焼き上がったパン生地を大皿に乗せる。案外ケーキ作りは楽しかった。

「おい、なんだそれ」

 そこに和尚さんがやって来て、私の手元を覗きこむ。

「えっ、ケーキを作ってるんですよ」

「ケーキ?」

「ケーキです」

「ケーキか」

「ケーキです」

「本当にケーキか?」

「ケーキですよ。怒りますよ」

「どう見ても、巨大な味噌パンだぞ」

「うううぅぅ」

 確かに言い返す事も出来ないほど、酷かった。

「見た目じゃないですよ」

「まあ、そうだな」

 和尚さんはそう言ってどこかへ行ってしまった。

「よしっ、こんなもんだろう」

 長いこと悪戦苦闘してホイップクリームとキウイで飾り立て、見た目だけはなんとかケーキに仕上げた。

「出来たぜ」

「わーい、ケーキ、ケーキ」

 唯はすでにお皿とフォークを持って私の横で待っていた。私がケーキを切り分けてあげると、唯は、うれしそうに目を輝かせた。

「いただきま~す」

 唯は口の周りをクリームだらけにしてケーキを次々頬張った。

「唯、うまいのか?」

 いつの間にか、またやってきた和尚さんが覗きこむ。

「うん、うまい」

 唯は本当にうれしそうに言った。

「和尚さんも食べます?」

「わしはいい」

 和尚さんは逃げるようにまたどこかへ行ってしまった。

「これ全部食べていいんだよ。唯のなんだから、遠慮しなくていいんだからね」

「うん」

 唯は満面の笑みでそう応えると、さらに口いっぱい頬張った。

「ふふふっ」

 その唯の食べっぷりが、私はうれしかった。

 唯はそのまま次々と頬張り、ホールのケーキをあらかた食べてしまった。皿には少しだけケーキの欠片が残っているだけだった。

「メグちゃんありがとう」

 食べ終わった唯が言った。とても幸せそうな表情だった。

「うん」

 食べ終わると唯は満面の笑みで、また作務に戻って行った。

「ふふふっ」

 私は一人言い知れぬ満足感に浸った。唯に喜んでもらえて私もうれしかった。

「これが生きてるって事かもしれないな」

 私はなんだか幸せだった。

 私はもったいないと思い、お皿に残ったケーキの欠片を、ひょいっと食べた。

「うえー」

 思わず吐き出すほどまずかった。

「なんじゃこりゃ」

 まったく、ひどい味だった。

「・・・」

 私は唯が去って行った廊下を追うように見つめた。

「唯・・」

 私は涙が出そうになった。

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