第47話 プロ見習いはその名を知る


 対戦室を出てアリーナのロビーに来ると、オレは歓声をもって迎えられた。

 いつも見かけるガラ悪めの野郎どもに取り囲まれて、頭だの背中だのをビシバシドシガシバシと叩かれまくる。


「好き放題かっ、てめーっ!!」

「最後の最後に隠し玉用意しやがって!!」

「《トラップモンク》の使い方教えろこの野郎!!」


「いたっ……いたっ!? 痛てぇって! ってか誰!?」


 どいつもこいつも喋ったことすらなかった。

 ロビーを通るたびになんとなく顔を見かける程度の間柄であって、普通ならこんな風になれなれしく接せる相手じゃない。

 でも、なぜだか違和感を覚えなかった。

 同じアリーナに通い、ロビーですれ違い――ただそれだけのことで、仲間意識を持つ。

 ゲーセンに入り浸っていた頃のことを思い出して、なんだか懐かしかった。


「わーった!! わかったから、叩くのはやめろ!!」


「っていうかお前、そんな声してたんだな」

「初めて聞いたわ」

「俺も」


「こっちもだよ!!」


 思わず全力で突っ込みを入れると、ゲラゲラと上品さの欠片もない笑い声がロビーに弾ける。

 と、そのとき、フレンド通話の着信が入った。


「……あ」


「なんだー?」

「女か!?」

「あのメイドさんか!?」


「違げーよ!」


 いや、女ではあるんだが、リリィではなかった。

 野郎どもに適当に断って、オレはノース・アリーナを出る。

 それから通話に出た。


「もしもし」

『……………………』


 繋がった通話からは、息遣いだけが聞こえた。

 オレは苦笑する。


「無言はやめろよ。変態みたいだぜ、プラム」

『へんたっ……!? す、すみませんすみませんっ! な、なんて言えばいいのか、迷っちゃって……!』


 試合中の闘志が嘘みたいに、プラムはおどおどと取り繕う。通話の向こうでペコペコ頭を下げてるのが目に浮かぶようだ。

 オレは通話を繋げたまま歩いた。


「それで、用は? ファンメなら丁重にお断りするが」

『……似たようなものなんですけど、断られちゃいますか?』

「仕方ねーな。特別に聞いてやろう」

『ふふっ。ありがとうございます。……これから、会えませんか?』

「デート?」

『えっ、あっ、いやっ……!』

「くっくく。オレは彼女に殺されるし、お前はリスナーに殺されると思うけどな」

『からかわないでくださいっ』

「いいぜ、会おう」

『それじゃあ……』

「右見てみろ」

『「えっ?」』


 生声と通話越しの声が重なって、プラムがこっちに振り向いた。

 オレは通話を切る。


「よう」


 プラムは驚き顔を引っ込めて、困ったように笑った。


「本当に……気が合いますね?」

「前世は夫婦だったかもな」

「では前世の妻から一言いいでしょうか?」

「ああ、どうぞ」


 プラムはすうっと深めに息を吸って、




「――《ベケマール》ってなんですかあああああっ!!! セコいですよあれはああああああっ!!!!」




「ぶッははっははははっ!!!!」


 オレは爆笑した。


「あっ!? その顔っ!! 『そのリアクションが見たかった!』って顔じゃないですか!! やっぱり確信犯で最後まで隠してたんですね!?」

「あったりまえだろ! お前の顔見てたら、『あ、こいつ、オレがプリースト系なの完璧に忘れてんな』ってすぐわかったし!」

「だっ、誰もあの完全実力勝負の流れで回復魔法使ってくるとは思いませんよっ!!」

「だからだろ? こちとら初見殺しで勝ちを拾いまくる気満々であのスタイル持ち込んでんだからよ!」

「くうううっ……!!!」


 プラムは悔しそうに地団駄を踏むと、長い黒髪を靡かせて詰め寄ってくる。


「もう1回してくださいっ!! 次はいいようにされませんから!!」

「終わったばっかでお盛んだなオイ。別にいいぜ。そんじゃウチ来るか?」

「行きますっ!! あたしのテクも捨てたものじゃないってわからせてあげます!!」

「せいぜい楽しませてくれたまえ。くくくく」


 間近で睨み合うオレたちの周囲で、何やらひそひそと声がしていた。


「……いいように……」

「……お盛ん……」

「……ウチに……?」

「……テク……」

「……こんな時間から……」


 オレはプラムを連れて、ウチ――つまりEPSのVRゲーミングハウスに向かった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ただいまー!」

「お……お邪魔します……」


 オレに続いて、プラムがか細い声で言いながら靴を脱ぐ。


「お前、さっきの威勢どこ行った?」

「いざとなったら緊張が……ここがゲーミングハウス……意外と普通……」


 プラムがきょろきょろと見回している間に、リビングからコノメタとニゲラが顔を出した。


「うわーお、ホントに二人で来たね、ニゲラちゃん」

「そうね、コノメタ。一体どういう神経してるのかしらあの男」


 あん?


「なんだそのクズを見るような目。それが結果を出してきた後輩を出迎える態度か?」

「あの……えっと……やっぱりあたし、来ちゃダメでした……?」


 プラムが不安そうにオレの後ろに隠れる。

 コノメタが笑いながら首を横に振った。


「いやいや、話は聞いてたし別に構わないよ、プラムちゃん。メンバー入りのオファーも出してるんだし、見学ってことで」

「問題はあっちよ、あっち。……アンタの彼女がずいぶんとお冠よ」

「は?」


 ニゲラに言われて、オレは二人の後ろにいたリリィを見た。

 相変わらずの無表情だが――なんだか、瞳の輝きが妙に鈍い気がする。

 リリィはコノメタとニゲラの間をすたすたと抜けてきて、

 じぃ――――――っ、と。

 オレの後ろにいるプラムの顔を見つめた。


「あ……あの……えっと……?」


 どうしていいかわからず、ただただおどおどするプラム。

 オレもどうしていいかわからん……。

 何これ、どういう状況なんだ今。


「はあ~。わかってあげなよ、ジンケ君」


 コノメタがわざとらしく大きな溜め息をつきながら近付いてきて、なれなれしく肩に腕を置いてきた。


「あんなの見ちゃったら、別にリリィちゃんじゃなくても嫉妬するって。ねえ、ニゲラ?」

「まったくなのだわ。なんなのよあの試合! あんなの事実上のセックスなのだわ!」

「は!?」

「せっ……!?」

「いやごめんニゲラ。そこまで言えとは言ってない」

「えっ!?」


 オレが戸惑いに目を丸くし、プラムが羞恥で顔を真っ赤にし、そしてニゲラもまた顔を赤くした。こんの外国産合法エロリ幼女……!


「でもまあニゲラの言いたいこともわかる。ひっじょーによくわかる!」


 コノメタはによによと気持ち悪い笑みをオレたちに向ける。


「まるで君たちが出会って付き合って結婚するまでを見せられてるような試合だったよ。あの通じ合ってる感はなかなかお目に掛かれるもんじゃない。リリィちゃんが不安になるのもわかろうってものさ。ねえ?」

「……………………」


 リリィはようやくプラムから視線を外し、オレの顔をじっと見上げた。


「ジンケ」

「あ、ああ……」


 無表情に気圧される。


「浮気は1回までなら許したげる」

「いや、1回たりともする気ねーし、した気もねーけど……?」

「でも、本気は1回だってダメだから」


 リリィの声音は、それこそ本気のそれだった。


「……ちなみに、それを破ったらどうなる?」

「……………………」


 無言はやめて!!


「だ、大丈夫だって。オレもプラムもそういうつもりはねーから。なあ?」

「え、あっ、はい! ジンケさんのこと、男の人としてはこれっぽっちも意識してないですっ!!」


 おい。言い方に気をつけろ。


「……………………」


 リリィは再びプラムの顔をじっと見た。

 プラムは若干後ずさりながらも、その視線を正面から受け止める。


「…………自分の彼氏に何にも魅力感じないって言われると、それはそれでちょっと頭に来る」

「ええっ!?」


『どうしたらいいの!?』と顔に大書して、プラムは涙目になった。


「え、じゃあ、その……実はちょっと意識してます……?」

「人の彼氏に色目を使わないで」

「ジンケさん助けて!」


 オレの背中に隠れるプラム。こっちだって助けてほしいんだよ!


「はっはははは! まあまあ、わだかまりは徐々に解くとしよう! それより、今日はお祝いだ。二人の予選突破を祝して、宴会でもしようじゃないか!」


 コノメタが強引に誤魔化して、祝勝会が始まった。

 約束したプラムとの再戦も何度か繰り返して、アグナポットは夜になっていった……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




《RISE》予選の観戦を終えて、サウス・アリーナのエントランスから出てくる一組の男女の姿があった。

 片方は黒と緑を基調とした軽剣士の少年。

 片方は白と赤を基調とした巫女服めいた装備の少女である。


「すごい試合でしたね、先輩」

「おう、まあな」

「まさか大会の試合であそこまで堂々とイチャつくとは」

「途中から何見せられてんだコレって気分になってきたわ。アレは真似できん」

「くすくす。試してみますか? 本当に真似できないかどうか」

「抜かせ」

「あうっ」


 少年が少女の額を軽く小突き、「む~」と少女があざとく頬を膨らませた。


「可愛い後輩の可愛いジョークなのに……」

「うわっ、自分で言った! 2度も言った! アイドルでも言いそうにないのに!」

「自分で言って何が悪いですか!」


 ふふーん、と少女はピンク色の髪をこれ見よがしに払ってみせる。


「先輩にはもっと感謝してほしいものですね。こんなに見目麗しい後輩を連れて歩けることを」

「ふっ」

「鼻で笑ったぁーっ!!」


 ポコポコ殴る少女と、それを笑いながら防ぐ少年とを、プレイヤーたちが『なんだこのバカップル……』という目で見ながらすれ違っていった。


「まったく、贅沢者なんですから、先輩は!」

「その贅沢のせいで、出る気もなかった大会なんぞに出させられることになったんだけどな」

「安いものでしょう?」


 ピンク髪をツーサイドアップにした少女は、黒緑の剣士の少年を見上げて挑戦的に笑う。


「どうですか? 今日の観戦も踏まえて、明日の勝算は」

「ん? んー……」


 少年は少しのあいだ首を捻り、あっさりと言った。


「まあ、大丈夫じゃね?」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 翌日。

 予定通り、プラムも交えてハウスに集まり、オレたちは《RISE》予選2日目を観戦した。

 そして。

 呆然とした。


『決着ゥ――――っっっ!!!!

 な、なんということでしょう……!! 一体誰が予想したでしょうか!!

 7戦全勝、14セット無敗!! 勝率、驚異の100パーセント!! まさか昨日のジンケ選手をも超える勝率が、たった1日で叩き出されるとは――――!!!』


 座っていたソファーから、オレは立ち上がる。

 たった今、予選1位での本戦進出を決めたそいつを、目に焼き付ける。


『彼をご存じの方はきっと多いでしょう!! しかし、きっと誰にも予想できなかった!! まさかこれほどまでに強いとはぁ――――っ!!!

 誰が呼んだか《緋剣乱舞》! 生まれる世界を間違えた男! 《魔王》を倒した真の勇者!! VRゲームの申し子―――!!』


 実況の声が、テンション高くその名を讃え上げた。


・《ケージ》!! 堂々の予選1位で、対人戦に殴り込みだぁぁぁ――――――っっっ!!!!!』


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