第23話 プロ見習いはもうひとつの伝説を芽生えさせる


【ランクマッチ最強を目指すMAO@プラム】


 ランクマッチ用のマッチング・ルームに入った彼女は、配信開始ボタンをタップした。


「……よし。始まりましたー。こんばんは! プラムでーす!」


〈〉

〈〉

〈〉

〈〉


「それじゃあ早速、ランクマッチを回していきます!」


〈〉

〈〉

〈〉

〈こんばんは〉


「あっ、こ、こんばんは! ゆ、ゆっくりしていってくださいね!」


 アバターの斜め後ろに飛ぶ妖精型VRウェブカメラ――通称《ジュゲム》に言いながら、《プラム》はマッチングを開始した。

 プラムはいわゆる配信者ストリーマーである。

 ゲーム専門配信サイト《GamersGarden》を主な活動場所をしていて、フォロワー数はわずか1桁。はっきり言って、人気など全然ない、いわゆる底辺配信者だった。


 いつもGamersGardenのトップページに載っているフロンティアプレイヤー《セツナ》や、その他プロストリーマーたちは、彼女にとって遠い遠い星。同じストリーマーでも、夢見ることすらおこがましいキラキラとした世界だ。

 一度の配信で一つでもコメントが来ればいいほう。誰も何もコメントしてくれなくて、一日中独り言で終わる日だってたくさんある。

 それでも彼女が配信を続けているのは、そのたった一つのコメントが、嬉しくて嬉しくてたまらないからだった。

 あまりに嬉しいので、せっかく書いてくれたコメントなのに、挙動不審になってしまう。


 元々、プラム――本名・簀原すのはらすももは、人見知りな少女だった。

 小学生の頃から友達も作らず、兄のお下がりだった3DSでゲームばかりしていた。

 ずっと、自分のこの性格をどうにかしたいと思っていたのだ。

 その手段として、彼女はゲーム配信を選んだのである。

 自分の好きなゲームなら、きっと怯えずに喋ることができる――そう思ってのことだった。


 現実は、彼女が憧れていた人気配信者のそれとはかけ離れたものだった。

 コメントなんて滅多に来やしない。

 1になったり2になったりするリアルタイム視聴数――言うなれば単なる数字に向かって、とにかく独り言を喋り続ける日々だった。

 人が聞けば、そんなの耐えられないと思うかもしれない。

 だが彼女には、今まで独り言すら言う相手がいなかったのだ。

 だから彼女は、顔も見えない誰かに話し続けて、たまに反応をもらえる毎日が、楽しくて仕方がなかったのだった。


 そして、今日は特に楽しい日だ。

 自分で考えた新しい戦法を用意してきた。

 こういうときは、コメントをもらえる可能性が高いのだ。

『3』と表示されているリアルタイム視聴数に、彼女は明るく話しかける。


「今日は新戦法を用意してきましたよー!」


〈〉

〈〉

〈〉

〈〉


「これで槍も不遇武器から脱却です!」


 長い黒髪が特徴的な彼女のメイン武器は、槍であった。

 長らく不遇の地位を占め、彼女自身、ゴッズランクでは通用しないと感じて別のスタイルを練習したりもしたのだが、最近、にわかに注目を浴びるようになったのだ。


(あの人……)


 プラムは、今日、ある魔法を習得しに向かった場所でぶつかったプレイヤーのことを思い出した。

 ほんの一瞬だったが、確かに見たのだ――《ジンケ》というプレイヤーネームを。


(やっぱり、すごいな……。


 でも、と彼女はにやにやする。


(今回は……あたしのほうが早かった!)




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




《フェアリー・メンテナンス》の耐久値回復を反転させることによる、武器の自傷。

 それによって《ブロークングングニル》――高威力の投擲魔法を連発できる状態を自発的に整えるというコンセプトは、目論見通り成立していた。


「よっし! 10連勝!」

「へーい」

「へーい!」


 リリィとハイタッチ。


「へーい」

「へーいぃいい!?」


 リリィにパイタッチ(させられる)。


「いきなり何をしとんだ!?」

「ハマった」

「何に!?」


 日本語のファジーさを全力で利用しやがって! 懇切丁寧に自分の口で説明してみろ、ああん!?


「……とにかくだな、行けるぞこれは! 通常は《クリティカルランサー》として普通に立ち回って、フィニッシュブローとして《ブロークングングニル》を使う。かなり噛み合ってる感じがする!」

「《反治はんじじゅ》の仕様が予想以上に都合がよかった」

「それだよ。嬉しい誤算だった」


 回復反転魔法《反治の呪》。

 これは武器に拘わらず、対象に取った特定のオブジェクトを、一定時間、回復反転状態にするというものだった。

 体技魔法を使うごとに武器の耐久値を若干回復する《フェアリー・メンテナンス》によって、投げ放つことで壊れた武器を一瞬で復活させ、結果、手元に戻ってくる――というのが《ブロークングングニル》の原理だ。

 だから回復反転状態になったままでは、《ブロークングングニル》は使えない。

 ……と、思っていたのだが。

 麻痺や毒といった状態異常は、一度死んで蘇生するとリセットされる。それと同じで、一度、耐久値がゼロになって壊れた時点で、武器にかかっている《反治の呪》も消えてしまうのだ。

 だから、いちいち《反治の呪》の効果が切れるのを待たなくても、《ブロークングングニル》は発動できる。実際に試してみてわかった事実だった。


「《反治の呪》の効果時間はあまり長くない。その間にしっかり武器の耐久値を調整できるかってところに、プレイヤースキルが出るな」

「でも……」


 リリィは対戦室の大モニターを操作し、オレの対戦の録画を映した。


「耐久値がちょうどいいくらいになるのに、体技魔法を8回使わないといけない」

「よく見てるな。そう、8回だ」


 そもそも《フェアリー・メンテナンス》が、『体技魔法を使うたびに武器の耐久値を最大耐久値の8分の1だけ回復する』という効果なのだ。だから、回復反転状態で8回使うと耐久値が綺麗にゼロになる。

 ただ、反転回復ダメージでは、削りKOのない格ゲーみたいに、耐久値をゼロにすることはできないのだ。

 つまり、絶対に1ポイントだけ残る。

 まさに《ブロークングングニル》のためにあるかのような仕様なのだが……。


「槍系の体技魔法は、ランクマッチのルールだと、一番少ないのでも発動にMPを15消費する」


 リリィはすらすらと説明した。


「でも、ランクマッチ・ルールだとレベルは50固定だから……」

「ステータスポイント無振りだと、最大MPは260。そんで、ランクマではその半分の状態からスタートする。つまり130。ラウンドが変わるごとに多少は回復するけど、少なくとも1ラウンド目はそれだけだな」

「15×8は、120。せっかく《ブロークングングニル》の準備が整っても、MPが10しか残らない。投擲魔法……《雷翔戟》とかを撃つ余裕が残ってない」

「ああ」


 オレは頷いた。

 目下のところ、オレが生み出したこの戦法における最大の欠点が、それだった。


「そこはMPにポイントを振るか、《魔力回収》スキルでカバーするか、1ラウンド目は使わないか……折り合いをつけてくしかねーな。槍兵系の魔法流派だとMP節約系のスキルは装備できねーし、そもそもそんなのまでスキルに入れ始めたら、スタイルのパワーが足りなくなる。本末転倒だ」

「うん」


《魔力回収》は、物理ダメージを与えるたびにMPを回復するという効果のスキルで、PvE、PvPに拘わらず、使っている奴は多い。スタイルパワーの足を引っ張らないのだ。

 実力に自信があれば、《魔力回収》で積極的にMPを貯めればいい。

《ブロークングングニル》の発動を安定させたければ、MPにステータスポイントを割り振ればいい。

 ここは人によって好みが出るところだろう。


「その辺、もう少し細かく調整していこうぜ。今んとこ《魔力回収》だけでMP確保してるけど、ちょっとはポイント振ったほうが効率いいかもしれない」

「うん。データ取っておくね」

「サンキュー」


 オレは再びランクマ用マッチング・ルームに向かおうとした。

 した、が。


「――あれ?」


 その前に、何かのウインドウを開いたリリィが怪訝そうな声を出した。


「ん、どうした?」

「ジンケ」


 リリィは何を言うでもなく、ウインドウをこちらに見せてくる。

 それはSNSだった。

 一つの投稿が、大きく表示されていた。


【プラム@xxxx_xxx

 現在ゴッズランク88位! 初2桁! ブロークングングニルを改良して使ってます! 

(RT:792)

(いいね!:1047)】


 投稿に添付されているのは、2枚のスクリーンショット。

 ゴッズランク88位であることを証明するものと――

 今日オレが完成させたものと、まったく同じスタイル構成を映したものだった。


「……なるほどな」


 オレの脳裏によぎるのは、今日、《反治の呪》を習得しに行った場所でぶつかった、長い黒髪の女の子。


「ライバルに困らねーな、オンラインゲームってのは――」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 今日、この日まで。

 プラム/簀原スモモは、ネット上にごまんといる底辺ストリーマーの一人に過ぎなかった。

 距離に関係なく繋がっているオンラインゲームという世界において、ある人間が成り上がるスピードというのは、現実世界の比ではない。


 JINKというかつての伝説が、着々と復活するのと同時に――

 もうひとつの新しい伝説が、それに引きずられるようにして萌芽したのである。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【8月第2週:MAOティアー・ランキング】


●ティアー1

《剣士型セルフバフ》

《タンク型セルフバフ》


●ティアー2

《ダンシングマシンガンウィザード》

《バインドプリースト》

《バーサークヒーラー》

《ブロークングングニル》


●ティアー3

《ミナハ型最速拳闘士》

《TODランサー》

《コンボツインセイバー》

《AoEウィザード》


●ティアー4

《マッシブメイサー》




【環境解説 ~神槍完成~】


《ブロークングングニル》の快進撃は止まらなかった。

 最大の弱点であった武器耐久値の調整手段がついに開発され、同時進行で研究が進んでいた《クリティカルランサー》を完全に吸収、ティアー2に躍り出た。

 前週はパワーの不足からその影響は軽微に留まっていたが、《コンボツインセイバー》は槍に対してのリーチ不足から数を減らし、《バインドプリースト》《ミナハ型最速拳闘士》を獲物としていた《AoEウィザード》も、急激にランクマッチ環境から姿を消した。


 現在、ティアー1と言えるほど安定した結果を残しているのは、昔ながらのシンプルなスタイルである《セルフバフ》系のみとなっているが、決してセルフバフ一強というわけではない。

 いわゆる《プラム式ブロークングングニル》に対し、各プレイヤーがどう適応していくかによって、8月のランクマッチ環境は大きく姿を変えることだろう。


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