第7話 伝説は情熱を思い出す


『さあ! お互いにスキル構成が終わったようです! ここでタイトルマッチのルールをご説明します!』


 あとは試合開始を待つだけとなり、実況のキャスター、星空るるがはきはきと告げた。


『基本的なルールは本戦トーナメントと変わりません。

 レベルと熟練度は固定。

 アイテムと装備は使用不可。

 MPは半減スタート。ラウンドごとに勝者は4分の1、敗者は3分の1回復。

 スキル構成とステータス・ビルドはラウンドごとに変更が可能ですが、一度構成から外したスキルはその試合では使用できなくなります。

 異なるのは一つだけ! タイトルマッチは5ラウンド制で行われます!』

『つまり、3回勝ったほうが勝ちってわけだね』

『そうです!』


 解説のプロゲーマー、コノメタにやんわりと補足されつつ、実況は猛然と進む。


『MAOクラス統一トーナメント拳闘士の部、タイトルマッチ! チャレンジャーtukituki対チャンピオン・ミナハ! 間もなく開始されます!』


 実況が叫ぶなり、《拳闘士》クラスの全一チャンピオン――ミナハがメニューウインドウを操作する仕草をした。

 途端、身に纏ったチーム・ユニフォームが光を帯びる。

 光が消えると、ユニフォームは中華風のドレスに変わっていた。


 チャイナドレス――いや、アオザイ? カーテンみたいに薄手の布でできた、白いドレスだった。スカートは両脇に腰まで届くスリットが入っていて、ほぼ前後で垂れているだけ。当然ながら、その下にはもう一枚、ゆったりとしたズボンを履いている。

 装備は効果を発揮しないルールのはずだから、ただのファンサービスか、気持ちの問題だろう。

《アテナ》って異名でベトナムの民族衣装ってのも変な話だが、アオザイ風のドレスを纏ったミナハは、気圧されるような存在感を放っていた。


 カウントダウンが開始される。

 アリーナ内は束の間、静寂で満たされ――


『試合―――開始ですっ!!』


 喧噪が蘇ると同時、ミナハの姿がけぶった。

 速攻。

 一直線に間合いを詰める。

 チャレンジャーのtukitukiも、望むところとばかりに身構えた。


 ――――シッ――――


「はッ――」


 速ッ……!?

 ミナハが放ったパンチに、オレは思わず目を見張った。

 なんて速さ――風を切る音すら遅れている。ここからでは、右腕が一瞬、点滅したようにしか見えなかった。

 発生2F。0.03秒のパンチ。

 正確に計ったわけじゃないが、これは誇大広告じゃない!

 同じくらい驚くべきことに、対戦相手のtukitukiはその超速パンチを頭を振って避けた。読んでいたのか? それとも――


『tukituki選手のスキル構成には《受け流し》が入っています。前衛職にはほぼ必須のスキルですが、コノメタさん、このスキルはどういう効果でしょうか?』

『まずDEXに上昇補正。それとパリィを成功させやすくする。具体的には、主観時間の加速だね。熟練度100・0の《受け流し》は、物理攻撃を受ける寸前に時間感覚を5倍に加速させるよ』

『5倍と言いますと、ミナハ選手の2Fパンチが10Fになる計算ですね!』

『そうそう。発生2F――つまり約0.03秒で迫ってくるパンチが、0.15秒に感じられる。人間の反射神経がギリギリ追いつくようになるってわけ。先読みすれば避けられなくもない』


 へえ。《受け流し》って、熟練度を上げるとそんな効果がつくのか。


『ただ、これが諸刃の剣でさ。《拳闘士》同士ミラーみたいな密着しっぱなしのマッチアップだと、90秒ある対戦時間のほとんどが《受け流し》で加速された状態になる。すると、本来の時間の5倍――450秒、7分半もの間、集中力を持続させなきゃいけなくなっちゃうんだよね。これがまあしんどくて!』

『《受け流し》の過剰使用により、ラウンドの終盤で体力が尽きてしまうシーンは、プロの試合でも頻繁に見られますね』

『んだけど、tukituki選手はその辺、持続力がある。集中力を長続きさせる能力がピカイチなの。それがガード力の高さに繋がってる。彼に勝機があるとすれば、ミナハ選手の集中力に乱れが出始める終盤だろうね――』


 果たして、試合はコノメタの解説通りに推移した。

 ミナハが次々に放つ超高速パンチを、tukitukiが避ける、防ぐ、いなす。

 さすがにすべては捌ききれず、何発かもらってしまうが、ダメージは軽微だ。手数にたのむばかりに、ミナハのパンチは威力が軽い。

 このままかわしきって、ミナハの集中力が尽きたところを逆転――


 するかと思われた。


 tukitukiが大きくバックステップし、距離を取った。

 そして魔法で雷の弾丸を飛ばし、ミナハを牽制し始める。


「……ダメだ」


 オレが呟くと、リリィがこっちを見た。


「え?」

「気持ちで逃げちまった……もう取り返せない」


 直後、ミナハが牽制の魔法攻撃を華麗にくぐり抜けた。

 再び密着し、一気呵成の乱打。

 ――もはやtukitukiには、それを捌くことはできない。


『――ラウンド1勝者、ミナハ選手! 最後は相手をステージ端に追いつめ、一方的に削り殺しました! チャンピオンらしい圧巻の試合です!』


 試合は120秒間のインターバルに入る。両選手は休憩すると共に、スキル構成の調整を始めた。

 その間を、実況席の会話が繋ぐ。


『今の試合をどう見ますか、コノメタ選手。終盤、tukituki選手の動きが精彩を欠いたように見えましたが』

『逃げちゃったね、頭が』

『頭が逃げた?』

『自慢の集中力が切れ始めちゃったんだよ。ミナハ選手の攻撃速度と手数が想定より上だったんだね。だから、いったん間合いを取って集中力を回復させようとした。

 でも、それは「逃げ」だよ。ダメなほうの「逃げ」だ。ただゲームプランをブレさせただけでしかない。自分の中にブレが生じると、どうしても動きに悪影響が出ちゃうんだ。

 緊張してるのかな? 普段はあんな中途半端なこと、しない選手だと思うけど』


 リリィが驚いた顔でオレを見た。……このくらい誰でもわかるって。


『さあ、ラウンド2の開始です! 黒星スタートとなったtukituki選手は、果たしてどのような手を打ってくるのか!?』


 オレが想像したtukitukiの動きは二通りだ。

 一つ――最初から積極的に魔法たまを撃ってミナハを近付かせない。

 二つ――防御力VITを上げるスキルを入れて、回避重視の戦法を諦める。

 だが、実際にtukitukiが選択したのは、そのどちらでもなかった。


『おおっと!? これは先程と同じ展開! tukituki選手、ミナハ選手の乱打を避けまくるぅ―――っ!!!』


 第三の選択肢。

 戦法を変えない。

 飽くまでも押し通す。


『我が強いねー! 普通、負けた戦法は変えたくなるもんなんだけど』

『これで勝てなければ未来がないという判断でしょうか!?』

『だろうね。ここでさらに逃げたら、自分に負けのイメージがこびりつく。それを嫌ったんだ』


 およそほとんどの対戦ゲームにとって、メンタルは勝敗に直結する重要な要素だ。

 頂点に王手をかけるほどのプレイヤーだからこそ、その事実が身に染みているのだ。

 回避とガードを織り交ぜ、tukitukiは捌く、捌く、捌く。

 さっきのラウンドで逃げに入ってしまった時間も越えて、超速の乱打を信じられない精度で捌き続ける。


 tukitukiの主観では、試合時間はすでに5分を超えているはずだ。

 それだけの間、彼の脳は全力疾走を続けている。

 息もせず、脇目も振らず――脳細胞が焼け死ぬような感覚に襲われても。


『ああっ――! 残り25秒! tukitukiここで捕まったぁーっ!!』


 それでも、ミナハの超速パンチを捌き切るのは不可能なのか。

 何発かパンチがモロに入った。それから時間切れとなり、ラウンド2もミナハの勝利となる。


『さあ。インターバルを挟みまして、ラウンド3となります。追いつめられたtukituki選手、一体どう出てくるでしょうか?』

『いやあ、私にはもう、目に見えるようだよ』


 解説のコノメタがニヤニヤしながら言う。


『賭けてもいい。もう一回同じ戦法で来るってね』


 コノメタの言う通りだった。

 tukitukiは飽くまで、ミナハのパンチを捌きまくる。


 さっき集中力を切らして負けたばかりだと言うのに、彼の動きはむしろキレを増していた。

 パンチを弾き、いなす腕が――

 躱し、駆け回る身体が――

 1ラウンド目よりも、遥かに躍動していた。


 疲れはあるはずだ。

 泣き言を漏らしたいはずだ。

 一刻も早く楽になりたいはずだ。

 にもかかわらず、彼の身体は時を追うごとに機敏になる。

 どうしてそんなことができる?

 才能があるからできるのか。

 努力をしたからできるのか。


 いや、違う。

 オレは知っていた。


 不純物のない集中力を可能にするのは、勝利への飢餓だ。

 本能に刻みつけられた歓喜の記憶だ。

 そして、自分が強くあることへの快感だ。


 成長が。

 前進が。

 限界が。


 心底楽しいものなのだと――ギリギリの闘いの中でこそ実感できる。



 彼は今、この世の誰よりも。

 このゲームに、夢中・・になっているのだ。



 ――気付けば、手に汗を握っていた。

 会場中から、声援が湧き上がっている。

 決して引き下がろうとしないチャレンジャーの姿に、観客は総立ちになっていた。


「もうちょっとだ!」


 これは、誰の声だ?

 後ろの奴か。

 隣の奴か。

 それとも――オレの?


「耐えろ! もうちょっとだ! 耐えろっ!!」


 耐えろ。

 そうすれば報われる。

 お前は間違っちゃいない。

 疲れてるのはお前だけじゃないんだ。


 闘神だなんて呼ばれても。

 チャンピオンだなんて嘯いても。

 疲れない人間はいない。

 必ず乱れる。

 必ず、そのときは来る!

 迷えば負けだ。

 信じるしかない。

 どれだけ強く見えても。

 完璧な人間などいないのだと――!!



 果たして、待望の一瞬は――

 ラウンド終了の、15秒前に訪れた。



 ミナハが放つ乱打の一つが、ほんの少し、大振りになる。


「――焦ったっ!!」


 ほんのかすかな隙だったが、tukitukiは見逃さなかった。

 大振りな一撃を余裕を持って避けながら、手に稲妻を宿らせる。体技魔法――!!

 ――バリィッ!! と身が竦むような音が炸裂した。


『《雷破掌》おおおお――――ッ!!! 満を持してッ! tukitukiの反撃が炸裂――――ッ!!!!』


 雷系の体技魔法は、追加効果で相手を麻痺させる!

 コンボが始動するぞ……。

 ここでついた体力差を、残りの時間で取り返すのは不可能だ―――!!


 歓声が湧いて、誰もがtukitukiの3ラウンド目勝利を確信した。

 ――その瞬間。




 麻痺したはずのミナハが、何事もなく動いた。




 コンボを始動させようと踏み出されたtukitukiの足が、勢いよく蹴りつけられる。

 足払い。

 tukitukiの身体が浮いた。


「あッ!?」


 死に体となったtukitukiを、ミナハのコンボが襲った。

 七撃もパンチとキックを繋げたあと、硬直キャンセルによって三連続で体技魔法が入る。ここまで耐えに耐えてきたtukitukiに、それを受けきるHPは残っていなかった。


『けっ……決着っ!! MAOクラス統一トーナメント拳闘士の部、チャンピオン・ミナハ選手が、ストレートで勝利しましたあああ――――ッ!!!』


 歓声でアリーナが揺れる。

 試合場の中心で、アオザイ風のドレスをまとったミナハが、高く拳を突き上げていた。


『し、しかし……今のはどういうことでしょうか!? tukituki選手の《雷破掌》で、ミナハ選手は麻痺したと思ったのですが……』

『それは……おっ! 答え合わせが来たね。ほら、今のラウンドのミナハ選手のスキル構成だよ』

『ええっと――《拳闘》《直感》《限界突破》……ああっ!?』


 実況の星空るるが、資料を見て目を見張った。


『れ、《レジスト(雷)》!? ミナハ選手、3ラウンド目より、スキルで雷属性魔法を対策していましたっ!!』

『だから麻痺が一瞬で終わっちゃったんだね』

『しかし、これは……!』

『うん、とてもリスキーな選択だと思う。

 ……えーっとね、詳しくない人のために説明すると、今回のルールでは、スキルスロット――スキルを装備できる枠は7枠しかないんだよね。ミナハ選手はそのうち5枠を、自分のバトルスタイルを成立させるために使っている。

 必須スキルってやつだね。それで7枠中5枠が埋まっているんだ。つまり、相手に合わせて自由に変えられる枠は、たった2枠しかない。

 そして――《レジスト(雷)》っていうスキルは、なんと一つで2枠使っちゃうスキルなんだよね』

『なけなしの自由枠を、まったくの無駄に終わってしまうかもしれないスキルに使った! そういうことですね、コノメタさん!』

『そういうこと。なんと近接戦にはほぼ必須なはずの《受け流し》すら入ってない! まあやらないね、普通は! バレてたらさすがのtukituki選手も攻勢に出てたと思うよ。ミナハ選手は素の反射神経だけで攻撃を捌かなきゃいけない状態だったんだから』

『いやはや、思い切った判断です、チャンピオン! 防衛戦という重要な試合でこれやりますか、普通!』

『いやー、心量が違うなあ、こりゃ……』


 半ば素になっている解説実況を聞きながら、オレは浮かせていた腰を下ろした。


「ふう……」


 息をつきながら何気なく隣を見ると、リリィがジッとオレの顔を見つめていた。


「な、なんだ?」

「ジンケが興奮するの、初めて見た」

「……い、いや、してないし。興奮とか」


 オレはばつが悪くなって目を逸らす。

 なんだか、久しぶりの感覚だった。身体の中を満たしていた熱いものが、一気に抜けていく感覚……。


『では、防衛に成功したチャンピオンにインタビューを行います。今の気持ちはいかがですか?』

『少しですが、ホッとしました。挑戦を受ける、という立場は初めてでしたので』


 上空のホログラム画面に、かすかに微笑んだミナハの顔が大写しになった。

 試合前の落ち着いた様子や、試合中の苛烈な印象とは違って、その微笑みには年相応の可憐さがあった。

 そんなわけで、野太い歓声が観客席から上がる。


『3ラウンド目では、雷系の魔法に対して思い切った対策メタを張っていましたね。判断の理由をお聞かせ願ってもいいでしょうか?』

『同じ戦法を押し通してくることは、tukituki選手の目を見れば明白でした。なので、わずかなチャンスをものにするため、麻痺効果のある魔法を選択してくるだろうと』

『もし間違っていたら、とは思いませんでしたか?』

『あまり思いませんでした。ほんのわずかな疑念も、闘っているうちに消えました。ワンチャンスを狙っているな、と感じたので、わざと隙を見せて、膠着状態の打開を狙いました。うまくいってよかったです』


 わざと隙を見せた、だって? あの大振りな攻撃は囮だったのか……。


『はああー……! すべてはチャンピオンの手のひらの上だったんですね! では最後に、今後の目標をお聞かせ願えますか?』

『私の目標は、ずっと変わりません』


 そして。

 ミナハは、当然のように告げた。




『《JINK》を――伝説のプレイヤーを、超えることです』




 オレは。

 座席を蹴るようにして立ち上がった。


「ジンケ?」


 リリィの声も、頭に入らない。

 オレの目は、画面に映ったミナハの顔でいっぱいになっていた。


『相も変わらずのビッグマウス! 今や伝説を超えて神話と化しつつある謎の最強ゲーマー《JINK》への宣戦布告! いつか実現することを、いちファンとして願っております!!』

『別に大袈裟なことを言っているつもりはないですよ』


 真面目くさったその顔を。

 声を。

 オレは――知っている。


「……ミナハ……みなは……南羽みなは――」


 記憶と重なる。

 なぜ今まで気付かなかったのかというくらい。


「――――南羽みはね?」


 試合場に立つ春浦はるうら南羽みはねが、オレのほうを見た。

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