第24話

 

「クロン、大丈夫ですか!?」

「……大丈夫?」


 馬車に戻った俺たちを二人が出迎える。フォーナ様がこんなに心配してくれるだなんて、出会った頃のあの冷たい目と態度とは大分変わったなあ。


「はい、なんとか」

「そちらこそ、二人とも、大丈夫かい?」


「ランガジーノ殿下!」


 フォーナ様は臣下の礼をとる


「え? ……殿下?」


 プッチーナはランガジーノ様が誰かわからないようだ。


「プッチーナ、跪きなさい。皇族のお方の御前ですよ」


 フォーナ様がすかさず注意する。


「すみませんっ」


 プッチーナが跪く。が、ドレスが邪魔なようで少しやりづらそうだ。


「いいよいいよ二人とも、今はそんなことをしている場合じゃない」


 ランガジーノ様は二人に立ちして立つように言う。フォーナ様は渋々、プッチーナはさっと立ち上がった。どうやらプッチーナはランガジーノ様の身分を信じられてしないようだ。

 そりゃ、いきなりこの方は神子様だ、と言われても困惑するよなあ。俺だって皇都へ向かう馬車の中で自分は第三神子なのだ、と明かされたときは相当驚いた。まあ、いつのまにか馬車に乗っていたことの方が驚いたが。


「それでですがクロン、魔物はどうなったのですか? それと、御者が叫び声をあげていたはずですが、彼はどうなったのですか……?」


 フォーナ様が俺の方を見、質問する。


「魔物は一体だけだったので、スキルを使って倒しました」


「そうですか、スキルで……何より無事でよかったです」


 フォーナ様はそう言って薄っすらと笑った。やはり最近のフォーナ様は顔に感情を露わにする事が増えたと思う。どういう心境の変化なのだろうか? だがすぐに真顔に戻る。


「それで御者は? 彼は無事なのでしょうか?」


「それは……残念ながら」


「そうですか……彼の遺体はどうしましたか?」



「--ちょっと待って……下さい」



 突然、黙っていたプッチーナが会話に割って入る。


「どうしました、プッチーナ?」


「…………か、彼が死んだって、本当ですか?」


 プッチーナは俺ではなく、ランガジーノ様に質問をし顔を見上げる。


「御者のことかい? ああ、僕も確認させてもらったが、魔物に襲われて亡くなったよ。非常に残念だ、まだ若いだろうに」


 御者さんは本人から自己紹介されたが、十三歳の男の子だった。もしかして、プッチーナと仲が良かったのか?


「……そ……んな……」


 プッチーナは泣き叫ぶでもなく、かといって床に崩れ落ちるでもない。ただ棒立ちし二筋の涙を流す。


「そうか、あの男の子とは仲が良かったんだね」


 ランガジーノ様が、眉毛を下げポツリと呟く。


「……はい。実は、以前彼から馬を操る術を教えて貰ったんです。今日、宮殿へ出向くときも、フォーナ様に早く逢いたくて御者をやらせてと言ったら、笑って交代してくれました。さっき邸を出るときも、僕に任せとけって……」


 プッチーナはそれに反応し、珍しく長い話をする。その間も涙を流し続けたままで。


「……彼のことは、本当に残念です。ですが今は、ここから退避しないと。またいつ襲われるかわかりません」


「そうだね。プッチーナさん、悲しいのはわかるけど、すまないが今は逃げることを優先したい。悲しむのは、その後で幾らでも出来る。生き延びないと、その彼にも申し訳が立たないよ」


「プッチーナ……」


 フォーナ様はプッチーナをその両腕で優しく抱きしめた。プッチーナは最初はされるがままだったが、やがて抱き締め返す。

 そして数秒抱き合った後、プッチーナはフォーナ様の体を離した。


「……私が操縦します。彼の代わりに、私がフォーナ様をお助けしないと」


 プッチーナは赤く腫れた目を大きく開き、そう宣言した。





 ★





「はっ!」


 白髪頭の男が、両手に持つ短剣を体を空中で回転させながら振るう。切り裂かれたハエ達は、『ギギギ!』と不快な鳴き声? を上げ地面に落下した。

 同時に、男も地面に着地し片手を地面に付く。


「ふう……御嬢さん、大丈夫ですか?」


 男は庭の隅に隠れていた侍女に声をかける。


「は、はいっ! あの、助けてくださりありがとうございます!」


 侍女は嬉しそうな声で感謝の意を述べ深く頭を下げる。


「いいえ、困っている人がいれば助かるのは当たり前。どうぞお気になさらずに。それに、助けられたのは……」


 男は庭を見渡す。庭のあちこちに、ハエの死骸が散らばっている。そしてその死骸に混ざって、人間の死体と大きな蛆が。


 人間の死体は皆女性のものだ。その下腹部は中から突き破られたように裂けている。口から泡を吹き、限界を超えた痛みと快楽を一度に受けたような表情を浮かべたまま、死後硬直し始めていた。


「うっ」


 と、男と侍女は庭の反対側にまだ動いている人影を見かけた。二人は急いで駆け寄る。


「大丈夫ですか!」

「あっ、ミカじゃない! 良かった、生きてたんだ!」


 ミカと呼ばれた女性は顔を上げる。が、その顔は非常に苦しそうだ。


「に、逃げて……サキ……ここにいちゃ、だめっ……! うっ!!」


「え?」


 ミカはお腹を両手で強く押さえる。そして聴けば誰もが耳が痛くなるような大声で叫び始めた。


「い、いやあっ! やめて、出てこないでっ! ふぐうっ!」


「み、ミカ!」


 サキはミカの許へ近づこうとする。


「駄目です、サキさん!」


 だが白髪頭の男がそれを腕を伸ばして制する。サキはその腕に阻まれて立ち止まった。


「どうしてですが、おじさん! ミカがあんなに苦しそうなのに! ミカっ、今助けるからね!」


「うああっ、く、くるし、出てくる……!」


 サキは非難の目で男を睨み付け、その伸ばした腕に手を叩きつけ払いのける。

 だが、男はその勢いのままくるりと回転し、サキの背後に回って脇の下から腕を差し入れ両腕を拘束した。


「きゃっ、ちょっと、やめてよ!」


 サキは逃れようと暴れるが、男はがっしりとしているためビクともしない。

 そうするうちに、ミカの様子が急変した。


「うおお、おほっ、おほっ、あへえぇぇええ、いぐうぅうぅぅう!」


 全身を痙攣させ、苦しいはずなのにとても気持ち良さそうな、嬌声とも取れる声を出す。そして口を開き舌を空中へ伸ばしとても見てられないような顔になる。


「ミカ、いやあー!」


 サキの抵抗も激しくなる。


「だ、駄目です、産まれた瞬間身体に入り込まれてしまいますよ!」


 男もその抵抗を抑えようと必死だ。


「おほおおおおお、おほっ、おほっ……あは、っ……」


 そしてミカはというと、胸からは母乳を吹き出し、股からはシモのモノを撒き散らす。痙攣は一層激しくなり、股からなにか白い大きなものが飛び出してきた。と同時にミカの痙攣と叫び声が止み、跳ねていた腰や背中が力なく地面へ落ちた。


「嫌……み、ミカ?」


 サキは抵抗をやめ、白目を剥き力なく地面に横たわるミカのその姿をじっと見つめる。


「……残念ながら、彼女は死にました」


 男は悲しそうにいう。その視線の先には、ミカの股から産まれた大きな蛆のような虫が蠢いていた。


 

 馬車が道を駆ける。速度制限なんて気にしていられない。プッチーナの腕を信じてひたすら突き進むのみだ。


 俺たちは一同、第八騎士団の分舎ブンシャへと向かっている。

 騎士団は第一から第八まであり、皇都の八方位に、北を基準として北西、北東、西……と、ジグザグに順番に一騎士団ずつ配置されている。第八騎士団は南門付近、中央道の並びに”本部”と呼ばれる拠点がある。

 それだけではなく、皇都は広いため、分舎と呼ばれる出張所が所々に配置されている。俺たちはハエの魔物の発生源だという南東にある貧民区画から遠ざかるため、北西にある分舎を目掛けて馬車を走らせている。


 御者はプッチーナ、その横に俺が立ち、ハエが飛んできたらいつでも迎撃できるように構えている。プッチーナはドレスの邪魔になる部分、袖や裾、胸元などをランガジーノ様の剣で切り落とし操縦している。勿体無い気もするが、今はそんなことを言っていられない。


「プッチーナ、あとどれくらいで着きそう?」


「……わからない。行ったことがないから。今の私は神子殿下の指示に従うだけ」


 ランガジーノ様はフォーナ様と一緒に馬車の中にいる。剣を振らなければ戦えない二人より、座っていても戦える俺が外にいた方がいいと説得したのだ。


 プッチーナは御者さんが殺された悲しみを抑え、頑張って冷静に運転しようと努めている。


「……わたし、頑張るから。力を貸して」


 プッチーナは首からぶら下げた三日月のネックレスを片手で握りしめた後、再び両手で手綱をにぎる。


 このネックレスは、御者さんが付けていたものだ。プッチーナが、誕生日祝いといつものお礼にプレゼントしたものだという。服の内側に隠していたようで気がつかなかったが、プッチーナ曰くいつも身につけてくれていたのだそうだ。

 二人は相当仲が良かったんだな。


「プッチーナさん、あとはその道を真っ直ぐ行くだけだ。頑張ってくれ!」


 ランガジーノ様が、客室前方の窓から顔を出し声を掛けてくる。プッチーナはそれに頷く。


「ランガジーノ様、着いた後はどうするのですか?」


「まずは魔素通話機と呼ばれる魔素機器を使って本部と宮殿に連絡を取るつもりだ。安心してくれ、君たちの身柄はきちんと保護する」


「わかりました!プッチーナ、もうこれ以上速度は出せないのか?」


「……無理。馬が壊れる。着く前に馬の脚が使えなくなると後は私たちで走る羽目になる。危険」


 プッチーナは集中しているからか途切れ途切れながらもそう答える。


「そうか、わかった。俺が護ってやるから、今は安全に分舎辿り着くことを考えてくれ」


「……わかった、任せた」


 ハエの魔物がいつここまでやってくるかわからない。発生源から遠くに逃げているとは行っても、道中何度か見かけたハエの空を飛ぶ速さはかなりのものだった。しかも隊列を組む知能があるようだ。


 ハエの魔物は当初は宮殿を襲おうとしているのかと思ったが、そういう訳でもなく、ランガジーノ様曰く皇都のあちこちで被害が出ているそうだ。フォーナ様が言っていたが、この皇都には魔物の発生を防ぐため、瘴気が漏れ出さないようにする魔法陣が地下に張り巡らされている。本来はあり得ないことが起こっているのだ。



 --ジジジッ



 なっ!


 羽音がしたので振り向くと、馬車を追いかけてハエの集団が空から近づいきていた。もうここまで来たのか!


「プッチーナ、任せて!」


「う、うん」


 俺は空に向けて狙いをつける。馬車は子爵家仕様の高級車だが、揺れることは揺れる。なかなか定まらない。


「……くっ、思ってたより難しい!」


 こういう状況のために、学園でスキルを学ぶはずが、まさか入学前に遭遇してしまうとは……実戦の経験不足のせいか、ハエが近づくごとに焦りが出始める。村で狩っていた兎や鳥とは違う、明確に俺たちを襲おうとする相手なのだ。


「今だ、<ビーム!>」


 俺は左手首を右手で抑え、照準を合わせる。そしてハエの隊列の真ん中を狙って、光を放った。勿論、スキル名を言うのも忘れない。


 --ギギッ!


「よしっ! 次!」


 狙いは少し外れたが、五列あるうちの真ん中の列の前方と、左の内側の列の後方を斜めに貫き、射線上にいるハエ達を一気に撃ち落とすことができた。俺のスキルの速度なら、こいつらは当たれば一撃のようだ。


「……<ビーム!>」


 --ブブブっッ


「なっ!」


 俺が放った光を、ハエ達は急に下降する事で避けてしまった。


「……クロン、大丈夫?」


 プッチーナは俺の焦ったふうな声を聴いたのか、声を掛けてくる。


「大丈夫だ、前を向いていて!」


「わかった」


 俺は三度狙いを定める。次こそは!


「<ビーム!>」


 --ギギギっ!


「……よし!」


 今度は三本の指を合わせて一気に放つ。狙い通り、右の二列をまとめて薙ぎ払うことができた。


 だが、その瞬間身体がふらりと揺れる。


「あ、あれっ?」


 力を使いすぎたのか?


「クロン!?」


 俺はプッチーナの体に倒れこむ。


「大丈夫、ごめん!」


 俺はすぐに起き上がり、ハエ達を見る。


 ハエは残ったものたちで隊列を組み直したようで、今は二列になっている。そして馬車に相当近づいて来てしまっていた。


「いけ、<ビーム!>」


 今度は三本の指を使い太い光を放つ。右側の列を一直線に貫いた。


「あ、後五匹!」


 俺は狙いを定める。が……


「うう、ま、まだ倒れちゃ……」


 景色がチカチカとし暗くなってくる。意識を保つのもやっとだ。俺はまたプッチーナに倒れ込んでしまう。


「あっ」


 俺はいよいよ保てなくなり、目の前が真っ暗になった。


 その時、誰かがスキルを使う声が聞こえた。




「----<絶対零度アイスエイジ!>」



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