閑話

~世界樹精霊の村~



空が白み始める頃

狐太郎の部屋の扉が勢い良く開かれた、バーンと

それはもう勢いで壊れるほどに

と言うか半分壊れた



「「あけまして、おめでとーーー!!」」

『ーー!?』



扉が軽く半壊するような音に加えて、大音量で入ってきた声に狐太郎はベッドの上でガバっと飛び起きて、勢い余った挙句ベッドから転がり落ちた



『いてっ』



痛みで冷静になれたのか、自分の部屋だと認識すると侵入してきた人物へ恨めしそうな視線を向ける



『ーーシェ~リ~、シェ~リ~ル~』



そこには入ってきた体勢のまま狐太郎の反応を待つ、エメラルドグリーンの髪を持つ美女が二人



「「あけまして、おめでとうーーーー!」」



変わらぬ笑みと体勢のままさらに声量を上げた姉妹から狐太郎は思わず耳を両手で押さえ、再び恨めしそうな視線を向ける



「あけましてーー」

『あー、はいはいあけましておめでとう。って、うわっ!』



ようやく察しがいった狐太郎は新年の挨拶を口にするとシェリーが満面の笑顔で抱き着いてきた

それで再び狐太郎は地面にひっくり返り床に後頭部を打ち付けて悶絶している

ゴロゴロ転がりたいのだろうが、シェリーが抱きついているので首を振るだけである

その様子に姉のシェリルは苦笑い



「シェリー、その辺にしときなさい」



姉のシェリルに窘められるとしぶしぶながら体を離すシェリー



「コタローも後で広間に来てね。もうみんな集まってるはずだから」

『もう!?』

「年寄り連中は朝が早いのよ。久しぶりの狐太郎と過ごす正月?に楽しみで仕方ないのね」



しょうがないわねと言う動作をするシェリルだが、その表情は楽しげだ

シェリルも狐太郎がいるのは嬉しいのだろう

そしてシェリーも



「また後でねコタロー」



笑顔満載の表情で部屋を出ていく風の精霊の美人姉妹

後に残された部屋には寝癖で跳ねまくった髪の狐太郎と半壊した扉がキィキィと切なげな悲鳴を上げるBGMと狐太郎の呆気に取られた呟きだけだった



『ーーなんなんだ』







簡単に身だしなみを整えた狐太郎は井戸へ行き顔を洗うと意識がシャキッとしてようやく眠気から解放された



『厨房に行ってみるか』



そう独りごちると戦場と化している厨房へ向かう

相変わらず熱気が凄くデカい声が廊下まで聞こえてくる



『相変わらず凄いな・・』



若干気圧されながらソーっと中を覗く



「おうコタロー早起きだな!」

『!?あ、ああアグニスおはよう』



いきなり近くに現れたアグニスに面食らいながらもなんとか挨拶する狐太郎

相変わらず真っ赤なコックコートを着ておりその風貌は料理人には見えない

二人が話すのを目ざとく見つけた他の料理人達が狐太郎の方へ群がってくる



「「「あけましておめでとうコタロー(さん)」」」

『あけましておめでとうみんな』



他の料理人達も挨拶してくるので狐太郎も挨拶を返すとみんなニコニコ笑顔である



「おら、お前ら手ぇ止めんな!動け動け」



そこへアグニスがジロりと視線を飛ばすと料理人の面々はアグニスにブーイングしながらも、狐太郎に手を振りながらそれぞれの持ち場へ戻って料理を再開した



「なんだ、夜更かししてたわりには早起きじゃねえかコタロー?」

『さっき部屋に嵐が来たんだ』



それだけで理由を察したアグニスはニヤリと笑うと狐太郎の肩をバンバン叩く



「わはは、モテる男はつれぇなおい!」

『そんなんじゃないでしょ』

「あいつらは特にお前を好いてるからな。ここにいる間は勘弁してやってくれ」



そういうとアグニスはサッサと厨房の奥へ入っていった



「もうすぐで全部仕上がるから広間に行ってたらどうだ?」

『そうするよ』



狐太郎は厨房を後にして広間へ向かう

途中廊下をすれ違う精霊達も狐太郎に向かって新年の挨拶をしてくるので狐太郎も笑顔で返す



そんなこんなで広間に到着すると、すでに中は賑やかだった



『なんて言うか、朝から元気だな・・』



精霊自体は過度な食事や睡眠は必要としない

が、ここにいる精霊達は狐太郎に合わせて食事をし、睡眠を一緒に取っている

一概に全員寝ているとは言えないが・・



しばらくボーッと立っていると狐太郎を呼ぶ声で我に返った



「コタロー、こっちに来い」

『アムエルじぃちゃん、あけましておめでとう』

「うむ、おめでとう。それはいいから早うこっちに来い。ここに座れ」



自分の隣をバンバン叩きながら急かすアムエルに狐太郎は苦笑いをしていると、後ろから声をかけられた



「あら、コタローあけましておめでとう」

『ミルワース?あけましておめでとう。ラグアニアにいるんじゃなかったの?』



何故ここにいるのか疑問に思っているとニコニコしながらミルワースは答えてくれた



「一年の計は元旦にあり、って言うでしょ?」

『それ、答えになってなくない?』

「細かいこと言わないの!クリスティアがね、正月くらいは里帰りしたらどうかって言ってくれたのよ」

『なんか色々突っ込みたい所があるけど、それで骨休め的な感じで帰ってきたの?』



遠くからアムエルが何やら叫んでいるのが視界に入るが、ミルワースはさりげなくその視界を塞ぐ



「ううん、クリスティア達もこっちに来たらって誘ったの」

『・・・・は?』



思考がフリーズする狐太郎に再び背後から聴き慣れた・・・・・声が聞こえた



「あ、コタロー様」

『ーーく、クリスティア・・様!』



狐太郎が声に振り向くと黄金色の長い髪をアップにしたクリスティアが目に入る

しかも何故か着物を着ている

狐太郎がその姿に見惚れていると横からヌッと割って入る影があった



「久しぶりだなコタロー」

『あ、ウェ、ウェルキン!?あ、あけましておめでとう』

「ふんっ」



ハッと気づいた狐太郎はウェルキンにも新年の挨拶をする



「あけましておめでとうございますコタロー殿」

「あけましておめでとうコタロー殿」

「あけましておめでとうございますぅ~」



さらに後ろからデュライン、ロイザード、メアリーが現れる



『ーーあけましておめでとう』



まさか五人も来るとは思ってなかった狐太郎は完全に面食らう

しかもみんな和装なのだ

デュラインは深い緑が映える浴衣姿

ロイザードとウェルキンは袴姿

メアリーはクリスティアと同じく着物で、クリスティアは白地に桜が描かれた鮮やかな着物で対するメアリーは青を貴重とした色に水色の水玉模様がポイントで入っている

髪もクリスティアと同じくアップに纏めている



「おう、みんな来たのか。んじゃこれから料理を運び込むから座って待っててくれ」



さらに後ろからアグニスが料理を手に現れクリスティアとメアリーの目はそれに釘付けになるが、促されて広間に入ると、各々席につく

クリスティア達のテーブルにはクリスティア、メアリー、ウェルキン、ロイザード、デュライン、そして狐太郎である

ミルワースの機転で久しぶりに6人一緒に席についた



アムエルがうぬぬと表情を歪めるが隣に座ったミルワースに窘められるしぶしぶ大人しくなる

反対側にはターランが座る

ターランはしばらく狐太郎達の方を眺めていたが穏やかな表情を作ると視線を戻した



「なんでわしの側に来んのじゃ・・」

「今日ばかりは許してあげてお爺様。コタローとクリスティア達は会うの久しぶりだから」

「むぅ・・わしだって久しぶりーー」

「ほらほらお爺様、あまり興奮すると血圧上がりますよ」

「精霊に血圧があるかっ!」



広間の中をグルリと見回しながら狐太郎は自然と笑顔になる



『(やっぱりこういうのはいいな・・)』

「あけましておめでとうコタロー!」



後ろからかけられた声に振り向くと

筋肉質な体格に短く刈り上げた髪に日焼けしたような浅ぐろい肌の武人、アスレーが立っていた

正月だと言うのに上は半袖である



『あ、アスレーおめでとう』

「おう、昨日の晩に帰ってきたんだって?」

『うん、バタバタしてて顔出せなかったんだ。ごめん』

「いいんだよ。コタローが無事で帰ってくれば」



日焼けしたような精悍な表情でニヤリと笑うとクリスティア達へ体を向ける



「クリスティア様、ご帰還おめでとうございます」

「あ、はい。コタロー様達のお陰でなんとか問題も解決できました」

「そちらの武人の方々も僅かながらお話は伺ってます」



急に丁寧な話し方になり、クリスティアも初対面のウェルキン達も戸惑う



「後でゆっくり道中の話を聞かせてください。コタローの弱みを握りたいんで」

『おいやめろ!』

「あっはっはっは。コタローまた後でな」



笑いながら去るアスレーをポカーンとした表情で見送るウェルキンら



「な、なんと言うか、色々な精霊がいるのですな・・」

「こんな気さくだとは思わなかった・・」

「ここにいると色々な常識が破壊されそうです・・」



戸惑いと呆れの表情を浮かべるウェルキン達

逆にクリスティアとメアリーは久しぶり感満載で、以前来た時に仲良くなった精霊達と話をしたりしている



そしてそうこうしているうちに料理がほぼ運び終わったようでアグニスらも広間に入ってきた

シェリーとシェリルも同時に入ってきて、クリスティア達を見つけるとブンブン手を振ってくる



さすがに駆け寄っては来なかったが、それも乾杯するまでだろう

アムエル達と同じテーブルに付いたが、こちらをチラチラ見ているので来たくてウズウズしてるのが丸わかりである

それを見ているミルワースはニコニコ笑顔

反対のターランも珍しく穏やかな表情で、アムエルだけが些か不貞腐れた表情だが、みんなが席に着くと表情を改める



「うむ、みな席に着いたようじゃな」



周りを見回し、アムエルは一人頷くとビールが注がれたグラスを手に立ち上がる



「みなのもの、新年あけましておめでとう」



アムエルの言葉にみなが口々にあけましておめでとうと挨拶をする



「さて、新年も明けてまた新たな一年が始まるわけだが、まずはみなも知ってると思うが狐太郎が昨晩帰ってきた」



その言葉で精霊達から歓声が上がり、狐太郎は照れくさそうにしている



「そしてさらに以前狐太郎が助けたクリスティア王女達も無事ラグアニアに帰還することが出来、改めて来てくれた。そして一緒に戦った戦士達も全員ではないが同席してもらった」



再び歓声があがり、クリスティアは恥ずかしそうにし、メアリーはオロオロしており、ウェルキン達は緊張の面持ちで座っている

本来ならラグアニアからシャルロス国王やルティーナ王女なども呼ぶ予定だったのだが、シャルロスは国を空けることができず、また空けても任せられる側近が今はいない事から来れなかった

ルティーナは今回は遠慮するとの事だった

他にもマキシムやフリッグ侯爵などは領地に帰っており呼べずじまいで今回のメンツになった



「こちらは無事に終わったのだが、そこから狐太郎はまたトラブルに巻き込まれての・・まだしばらくは落ち着いて帰ってこれん。今回は正月と言うことで帰省してもらったがの」



今度は不満の声とブーイングが飛ぶと狐太郎は苦笑い



「して、クリスティア王女。ラグアニア国王は少しは落ち着いたかの?」

「あーーはい。今はもう大分落ち着いていつも通りになりつつあります」



急に話を振られたクリスティアだが、冷静に言葉を返すとアムエルはうむと満足そうに頷いた



「ラグアニアと言えばわしが若い頃はーー」



途端にアムエルの昔話が始まった

そしてグラスのビールの泡が減り始めた頃、精霊達が若干不満の色を出し始める

そして些かウンザリした狐太郎、アグニス、アスレーが目線だけで合図する

視線を移せばミルワースもニコニコしながらも若干血管が浮き出ている

その視線に気づいたミルワースもニコニコ笑顔で頷くとアグニス達はグラスを持って高く掲げると、狐太郎とアスレー、ミルワース、さらに前に同じことがあり察しのいいクリスティアまでもが掲げだした

そしてーー



「「「「『かんぱーい』」」」」



そこから精霊達もノリと勢いで乾杯の叫びが続き、アムエルは口をパクパクさせて呆気にとられた後、我に返り持ったビールをグイッと一気に煽った



「爺様!一気に飲まれては体に障りますぞ」

「こんなもの水と同じじゃ。お主も呑めターラン」



空いたグラスに隣のミルワースがビールを注ぐと、再びグイッと飲み干すアムエル

ふーっと酒臭い息を吐き出すと、すでに混沌と化した広間を見回す



やはり狐太郎達のテーブルにみんな群がっている

シェリー、シェリルは元よりアスレーや他の精霊達も狐太郎やクリスティアを囲むようにして座っている

そして照れくさそうに話すクリスティアやようやく緊張が取れて普通に話せるようになったウェルキンとデュラインは道中の色々な話をしている

メアリーはクリスティアそっちのけで料理に舌鼓をうち、ロイザードは魔術や錬金で精霊と盛り上がっている



アグニスら料理人は最初の乾杯の後厨房へ戻り、再び料理を作り始めている



「うむ、みな楽しそうでなによりじゃな」



いつの間にか笑顔に戻ったアムエルが今度は一気にではなく、一口グビりと飲むと呟く



「そうですね。狐太郎のお陰でみんな幸せそうですわ」



ミルワースの言葉に反対側のターランも頷く

今やこの三人を除いてみんな狐太郎達の周りに集まっている

人だかりの中心では笑い声や歓声が上がり楽しそうな様子がアリアリと見て取れる



「どれ、わしらもあの輪に加わってくるか」

「そうですね、行きましょうお爺様。私もあの輪に加わりたいですわ」



そういってグラスを手に立ち上がった三人は狐太郎達の輪に入る



『あ、じいちゃん』

「コタロー、旅の話を聞かせてくれんか?」

『いいよ、でもちょっと恥ずかしいな・・』



照れながらも狐太郎はゆっくりと話し始めたのだった









このあと、ウェルキンらの秘密の話でこの精霊の村にもクリスティアファンクラブの会員が増え、秘密裏に支店まで出来上がったのはまた別の話









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