序章 4 準備


昼食時になり食事が運ばれてくる。

今日の昼食はうな重だ。

お味噌汁と漬物も付いている


これまた初めて見る料理だが、2人はすでに美味いものしか出ないと思ってるのか、緊張はない

むしろうな重の匂いに好奇心たっぷりに目がキラキラしている


『昼はうな重か。たしかに体力回復にはいいけど・・・』

「うな重というのですか?もの凄く良い匂いですね」


クリスティアは漂ってくる匂いに待ちきれないという感じだ

メアリーに関してはうな重に釘付けで他は見えてない

クリスティアより先には食べれない為にお預け状態だ


『うん、うなぎを使った料理なんだけどこの世界じゃうなぎは人気ないみたいでね。ちょっと残念だよ・・・』

「え?うなぎですか?」


ピクっと何を話しかけても目はうな重に釘付けだったメアリーがうなぎの言葉に反応して顔を向ける

その顔は驚愕に彩られていた


「うなぎって煮ても焼いても美味しくないって評判なんですよ。なのでうちの国では捨て値同然で売ってますよ」

『そうなの?こんなに美味しいのに・・・』

「おそらくほとんどの国で不人気食材でしょうね」

『もったいない・・・でもほんとに美味しいよ』


いただきますと狐太郎はうな重へ箸を伸ばす

出来上がったばかりのうなぎは箸を入れると力を入れずとも身が切れる

中もほかほかで立ち上る匂いがたまらない

箸で一口大に分けて、口へ放り込む

噛まずとも十分柔らいが、噛む度にタレと身が絡み合いなんともいえない至福の味になる

そこにタレがかかった米をかき込む


『うん、うまい。アグニスはいい仕事するなぁ・・』


もぐもぐと食べ続ける狐太郎の至福の表情に、うなぎだとわかり引き気味だったクリスティアが動き出す

お腹がなりっぱなしで限界だったようだ


いただきますとクリスティアはナイフで切り分けスプーンにすくうと、しばらく躊躇していたが意を決して口に入れる

噛む度に驚きの表情になり、続いて米を食べる

もぐもぐと食べる表情はすでに幸せそうだ


「これが本当にうなぎなんですか?信じられません。メアリー、騙されたと思って食べてみてください」


言われたメアリーは未だ躊躇っていたがクリスティアの言うことには逆らわない

よほどうなぎに嫌な思い出があるのだろうか

メアリーはほんのひと切れくらい小さく切ったものをスプーンにすくって凝視した後、目をつむり口にする


「え・・?」


食べ終えたあとメアリーは絶句した


「こ、これ本当にうなぎですか?こんなに柔らかくて香ばしくて美味しいうなぎは食べたことありません」

「うなぎだって言わなければ誰も信じないと思います。いえ、言っても信じるかどうか・・」

『たぶん調理法の仕方の問題だと思うよ。ちゃんと正しく調理すれば美味しいんだうなぎは』


そういいながら狐太郎は一足先にきれいに食べてしまっていた


『2人とも食べないなら俺がもらうけど?』


と意地悪く聞く狐太郎に2人は慌ててダメですとしっかりうな重をガードしていたのには笑った

お気に召して何よりだ

それから2人はうな重をきれいに平らげた


「もの凄く美味しかったです」

「ごちそうさまでした」


と2人が感謝を述べる

そこへ精霊の召使いがお茶を入れてくれる

それを飲みながら今後を話し合う


『さてと、これから俺も同行させてもらうんだけど、何かアテはあるの?』


テーブルに魔法の袋から地図を取り出しながら聞く

今の世界では考えられない程精密な地図を見て目を丸くする2人

しかしもう驚き疲れたのか慣れたのか、口にはださない

それを見てしばらくクリスティアは思案顔だったが、地図の一角を指しながら答える


「とりあえず、味方の貴族領へ行きたいと思います。そこで後ろ盾を確保したいと思ってます」

『その貴族は信用できる?』

「私が小さい頃から色々面倒みてくれた人ですから大丈夫だとは思います」

『そっか・・・結構遠そうだね』


狐太郎は貴族に良い印象は持っていない

というか苦手である

中には本当に良い貴族もいるにはいるだろうが、だいたいが相手を出し抜く、自己中で保身の為にコロコロと態度を変え、その態度が高慢で花も散らない奴らばかりだと思っている

その狐太郎の気持ちを知ってか知らずか、クリスティアは言葉を続ける


「徒歩だと半月くらいかかるかもしれません。」

『まぁその辺は仕方ないね。途中に街もあるから大丈夫だとは思うけど、野宿の準備もしたほうがいいな。準備はこっちでしとくから何か必要なものがあれば言ってね』

「何から何まですみません・・迷惑かけてばかりで・・・」


今はクリスティア達は一文無しだ

王宮から慌てで脱出した為最低限の身の回りの物だけ、それも馬車と一緒に行方不明だ

馬車のある場所まで戻ればあるかもしれないが、そこには新たな追っ手がいる可能性がある

それにこの場所か見つからないか不安であった

自分のせいで精霊や狐太郎達にまで被害が及ぶのは耐えられない

そんなクリスティアの表情を見て何かを感じたのか狐太郎が大丈夫と口にする


『この場所はね、普通には見つけられないんだ。世界樹の周りもそうだけどこの森には精霊がたくさんいる。その精霊達に認められないとこの場所へは来れないんだ』


だから気にしなくていいよとニコリと笑う

それを聞いてクリスティアは心底ホッとした顔になる


『とにかく明日から徒歩で辛い道のりだろうから、今日まではゆっくり休んだ方がいいよ。』


よっこらしょと狐太郎が立ち上がる


『それじゃ俺は必要な物を用意してくるからゆっくりしてて。何かあったらそこにあるボタンみたいのを押せば誰か来るから』


と狐太郎は部屋から出ていった

それを確認してから2人は温くなってたお茶を飲み干し

呼ばれるまでくつろぐ事にした



部屋を出た狐太郎はそのまま工房へ向かう

工房といってもそれほど大きくはない

基本はこの世界樹の麓の村の生活を支えるだけでいいのだ

そんな大規模な広さは必要ない

狐太郎が入って行った工房もそんな一室で10畳程の広さしかない

そこには数人の精霊達とシェリーが縫い物をしていた

ミシンや織り機がないのだから手縫いは仕方がない

と言っても織り機はなんとか目処がついてるが実現にはまだいたってない


『お疲れ様、進み具合はどうかな?』


仕事をしていた精霊達が狐太郎に気づきお疲れ様と挨拶をしてくる

中で一番ベテランそうな精霊が話しかけてくる


「注文の数はほぼ出来上がってます。後はシェリーがもう少しという所でしょうか」


シェリーは一心不乱に作業に没頭している

狐太郎には気づかない

よほど集中しているのだろう


『ありがとうございます、出来上がりを楽しみにしてますので』


失礼しますとシェリーを邪魔しないように工房を出る



そしてそのまま今度は倉庫へ向かう

旅に必要な物を補充するためだ

場所が場所なだけに盗賊などはいないのだが、たまに子供の精霊がかくれんぼやらふざけて入ることがあるので倉庫の入口には土の精霊が立っている

身長や外見の年齢は狐太郎と同等くらいか

ガッシリした体格に短く刈り上げた髪に日焼けしたような浅ぐろい肌

武人っぽいが幼い顔がそれを全て台無しにしている


『こんにちはアスレー、中入っていい?』

「お疲れコタロー、もちろんいいぞ。と言うかほとんどお前が持ってきた物ばかりなんだから聞かずともいいだろうに」

『それとこれとは別だよ。ここに置かせてもらった時点でみんなの物だし、元からあった精霊達の宝もしまってあるんだから』

「それを悪用しようとする奴らはここにはいないよ、まぁ万が一いても俺がいるし」


アスレーは腕をバンバン叩きながらニカッと笑う


「旅の準備か?」

『うん、ちょっと長くなるかもしれないし準備はしっかりしといた方がいいと思ってさ』

「違いない。あの王女様2人だろ?まともな旅はしたことないだろうし、念入りに準備しても足りないくらいだろ」


そう言いながら鍵を取り出し入口を開けて中へ入ると狐太郎もそれに続いて入る

中は真っ暗だが、壁に付いている魔石に触れると一転柔らかな光で満たされる


「野宿もするだろうから、薪とかは必須だろうな、食料も。雨用にテント持っていくか。後は対魔物対策だな」


アスレーは必要そうな物をポイポイと一箇所にまとめる


「コタローがまだ弱っちいままだから麻痺や眠り薬とかの類は持ってった方がいいな」


うるさいよと狐太郎が言い返す

何だかんだで仲がいい2人である

棚からいくつかの小瓶を取り出す

盗賊達に使ったのと同じ種類のものだ


「ちなみに王女様達は魔法は使えるのか?」

『あー、その変は聞いてないや』

「まぁどのみち接近戦闘は無理そうだし、弓と魔法使えるかもって事で増幅用の杖も持っていけ。着る物はどうする?」

『一応工房でシェリー達にローブ頼んである』

「それなら大丈夫か」


話しながらも必要なものが山積みになっていく


「保存食はあまりないぞ、まぁ食料事情はアグニスが握ってるからよくわからんが」

『途中で動物狩ったり、街で調達するから最低限でいいよ』

「そうか。でも金そんなにないだろ?売れそうな物いくつかもってくか?」


ちなみにここにある物は安いものでも底値で売れようと数年働かずに暮らせるくらいの物ばかりである


『いや、さすがにまずいよ。俺の袋にお金はいくらかあるし、なんとかなるから大丈夫』

「ここにあっても誰も使わないんだから持っていけばいいのに」

『人間の街に持ってって売ればヤバいことになるからパス。面倒ごとは嫌だよ』

「一攫千金だぞ?」


と笑いながらアスレーは言うが狐太郎はそういう奴ではない事を知っている

本当に変わった奴だなと内心思いながら準備を手伝う


「よし、こんなもんだろ」


積み上がった物は2メートルを超えていた


『流石に多いな・・まぁでもクリスさん達に万が一があったらまずいからなー』


いいながら荷物を袋に入れ始める

ちなみに魔法の袋はこの世界では一般的に出回っている

収納力はピンキリで安いものはそれ程入らない

と言っても安物でも畳一畳程の収納力を誇る

見た目が只の麻の袋なので便利は便利だ

出す時に出したい物を頭に浮かべるだけで出せるのも便利だ

もちろん食料や生ものもしまえるが保存はできない

後は生きているものは無理だ

一般の冒険者程度ならこれでも十分だろう


狐太郎の魔法の袋はと言うと

収納力が段違いすぎる

未だどのくらい入るかは把握できてないのだが、今積み上がっているのは簡単に入るだろう

そして食料の保存がきくのだ

入れた物は入れた状態で時が止まった状態になる

なので出来立ての料理を入れればいつでも出来立ての状態で食べれるのだ

そして極めつけが1つ

狐太郎以外扱えないと言う事である

他の人が開けようとしても開かないのである

食材の保存、使えるのが狐太郎だけと言うかなり特殊な袋である

あとはポシェットタイプというところか


気づけばあっという間にポシェットに入ってしまって2メートルもあった面影はどこにもない


「そういえばコタローは武器はどうするんだ?」

『これがあるから大丈夫』


言いながら袋から一本の日本刀を取り出した


「相変わらず綺麗な剣だな。刃こぼれも切れ味も落ないんだからなー。うちの鍛冶職人も、鍛冶に特化したドワーフ族だってこれに並ぶ物はできないだろうな」


日本刀をまじまじと見ながら言う


「まぁうちの鍛冶職人のやる気に繋がってるからいいんだけどな。いつかは作り上げて見せるって鼻息あらいぜ」

『おかげで年々質の良い剣が出来上がって、人間の街ではかなりの高値みたいだね』


一定の量が出来上がると人間の街に売りに行く

主に狐太郎がだが

作るのはいいのだが、貯まりまくって置き場がなくなってきたので売りに行っているのだ

最初店に売りに行ったときは怪しまれたものだが、剣の出来を見て買取りたいと言われた

そこで、作り手や場所は詮索しないと言う約束で卸すことになったのだ

出生と作り手が不明なので最初は売れなかったらしいが、使った人からの口コミで瞬く間に広がり今は密かな人気らしい

焼印が押してあるので偽物も難しく、ロゴ(銘)があることもよいらしい

さらに不定期に卸すのも人気に拍車がかかっていた


「ドワーフ達も黙ってないとは思うけどな。っと、よし荷物はこんなもんだろう」


倉庫で最終点検を終えたアスレーは立ち上がる


『ありがとうアスレー』

「無事に帰ってきたら話を聞かせろよな」

『わかった、約束するよ』


ガッチリ握手をして狐太郎は倉庫を後にした

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