第57話「笑ってお葬式」

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 通夜のお経とかそういったものは終わった。

 酒を飲みながら同期とイノヘーの遊撃課程での思い出話に花を咲かせた。

『イノヘー切腹事件』

 襲撃部隊の長の役をやったが仕切ることができず、腹にナイフを刺す。

 たった三針で済んで、しかも次の日から普通に復帰していた事件。

 無駄に強靭な体。

『イノヘーキショイ事件』

 教官が無線で話したときにイノヘーが誰かが聞き取れず「貴所きしょはどこであるか」と問い合わせようとしたところ、慌ててカミカミになり「キショイでおじゃるか」と言って、教官にぼろくそに怒られた事件。

 イノヘーは公家の出かもしれないという疑惑がついた。

『イノヘーおもちゃ事件』

 普段から「俺のフィンガーテクニックはすげーぜ」と自慢していたイノヘー。

 奴のロッカーを点検したらオトナのおもちゃ――お一人様用――がごろごろと出てきた事件。

 開き直って、使用後をベットの横に干すようになった。

『イノヘー水虫事件』

 水虫には竹酢液が効くといって、毎日部屋の中でそれを足に塗り捲っているところをあまりの臭さで同期が怒り狂い、竹酢をイノヘーのベットぶちまけた事件。

 ベットのシーツから毛布まで汚した罪に問われ、全員で寝ずの朝まで腕立て。

『イノヘー滑落事件』

 山地潜入中に崖からイノヘーが滑落して、引き上げるからロープ持って来いと叫んでいたら「自分がもってまああああす」と地の底から叫び声が聞えた事件……おかげで救い出すのに半日かかった。

 ほかの者は半日もその場で休憩できたから逆に感謝。

『イノヘー新聞事件』

 卒業後学生でキャンプに行ったところ「遊撃課程卒業したんだから夜なんて寒くない」と言って、寒いからやめろと同期が止めるのも聞かず眠る。

 みんなが朝起きると、ミイラのように新聞で体中を覆い唇が真っ青な男を発見「寒くてやった、今は反省している」と供述した事件。

 きっとリバウンドでぶくぶくに太ったのは、あの寒さに耐えうるよう肉をつけたんだんだろう。

 数々のどうでもいいような伝説を「イノヘーは救いようのないアホだ」と言って大笑いした。

 お母さんも目に涙を溜めながら爆笑して「あの子らしいわあ」と何度も言っていた。

「お母さん、イノヘーは兵隊になる前は気品ある文学少年で、美少年だったって言っていましたが」

 伝説のひとつ。

 イノヘーは昔は美少年で今みたいにごつくて男性ホルモン満載みたいに毛深い人間ではなかった。

「そんなことありませんよ、ほら」

 お母さんがバックの中から小さいアルバムみたいなものを取り出す。

 そこには小学生のイノヘーが体操服を着て走っている写真。

 きっと運動会か何かだろう。

 そこにいる小学生の彼は、今のイノヘーとなんら変化がなかった。

「小学生のくせして男性ホルモン振りまいてやがる」

 同期のひとりがそう言って写真を見て爆笑する。

 お母さんも声を出して笑った。

「ほんと、イノヘーは死ぬ日まで空気読めないな」

「今日は十二月二十三日だぞ、クリスマスイブの前日だぞ」

「明日、俺んとこのちびは楽しみにしてる日なのになあ」

「え? 俺、こっちに行くっていったら彼女にふられた……まじ、イノヘーのせいだ

 化けて出てこい! とっちめてやる」

「そんな女、お前の嫁さんには向いてねーよ、つうかやめとけ」

「帰ってもな、ちびの枕元にプレゼント置くだけだから、俺は全然構わないけどなー」

「くっそー、既婚者は余裕じゃねえかよ」

「しっかしまあ、命日がクリスマスって、イノヘーもやるじゃねえかキリストの命日だろ?」

「馬鹿野郎、キリストの誕生日」

「しかも、中途半端に一日前だ一日前」

「あと一日ぐらいあいつなら生きそうだけどな、フンガーとか叫んで」

「おいおい誕生日は二十四日じゃなくて、あくまで二十五日だからな」

「んじゃあと二日ぐらい生きろって」

「正月までだと何日だ?」

「九日、九日」

「そんぐらい伸ばすなら、一年ぐらい先にできそうじゃね」

「あ、いいなそれ、そうすれば今から帰って、彼女に謝ってより戻せるかも」

「ばーか、そんな女はやめとけって言ってんだろ」

 同期が馬鹿な話を馬鹿みたいに好き勝手いっている。

 大笑とともに。

「ちったあ言い返したらどうなんだ、なあ、イノヘー」

「お、今日の夜ぐらい化けてでてきやがるんじゃねーか」

「上等だ、説教したる」

「もう一回竹酢ぶちまいてやる」

「あー棺の中はあれじゃねえか、新聞紙が暖かくていいんじゃねーか」

「ばーか、やっぱおもちゃだろうおもちゃ」

 誰かがしゃべると全員で大声で笑った。

 繰り返し繰り返し。

 お母さんも涙を拭きながら笑っている。

 皆も時々、下を向きながら。

 目頭を押さえながら。

 だいぶ遅くなるまで何度も大笑いした。



 その日はそれぞれ近くのホテルに泊まることになっていた。

 明日は告別式があるので、二日酔いではまずいと思い、コンビニにで肝臓エキスが入ったドリンク剤を二本と水を一リットルほど買って飲んだ。

 シャワーを浴びたあと、備え付けのグラスをふたつおいて、売店で買った四合瓶の日本酒を垂らして飲んでみた。

 イノヘーといろいろ話せればいいなと思ったが、奴もまずはあのお母さんへの挨拶があるだろう。

 まあ、気が向いたら来いよ。

 そう言いながら飲んでいた。

 ……気がつくとテーブルに酒が入ったままのグラスが朝日に照らされていた。

 座ったまま眠ったせいか体中が痛い。

 俺はグラスに向かって「今日はこそはてめえと飲むからな」と言って、洗面所に向かった。



「第五十九期遊撃課程!」

 学生長の安井少尉が三歩前に立ち、その後ろに二列の横隊で並んだ。

 俺達第五十九期の……もちろん、あの事故の犠牲者達――主任教官、小島助教、同期の安田、平川、そして俺のバディだった白河――の遺影を抱え整列していた。

「「「レンジャー!!!」」」

 会場が揺れるように二十四人の男が叫ぶ。

「総員二十八名、事故なし、集合終わり!」

「教官も助教も来たからな……」

 学生長が、イノヘーの遺影を睨むようにしてつぶやいた。

「敬礼!」

 俺達は一斉にお辞儀の敬礼をした。

 数年ぶりに会う同期。

 きっと一糸乱れない動作だったと思う。

 俺達はチームなのだから。

 声を挙げて泣く声が響いてきた。

 お母さんかもしれない。

 妹さんかもしれない。

 もしくは親戚の人々かもしれないし、ただ参加した関係者の人かもしれない。

 俺達は歯を食いしばり、遺影を睨んでいた。

 絶対に泣くな。

 笑って送れ。

 あの日、冬の山で主任教官が死んだ日の後、学生長がそう言った。

 ――もう泣くな、今後仲間を送るときは笑って送ろう。

 俺達はそう誓った。

 だから歯を食いしばり、目を見開いた。

 そうしている同期達のの体の震えが、心の揺れ動く波を強く感じた。

 きっと、全員が感じていたと思う。



 火葬まで終わり、小さく白くなったイノヘーとのお別れは終わった。

 さて帰ろうかと、制服の襟やネクタイを正してるついでに携帯を取り出した。そしてメールが来ていたことに気付く。

『真田中尉 一件』

 恥ずかしいことだが付き合う前に登録したものだから未だにこういう表示になっている。

 着信が昨日。

 少し焦りながら見た。

『明日は何時ごろ帰る?』

 昨日から俺の返信を待っていたのかもしれない。

 そういう時なにか気の利いた言葉は何かないかと考えたが、あまり想像できなかったため、結局問いに答えるだけの『二十二時に金沢駅』と返信した。

 電車の時間まで駅ビルを歩きながら、何かプレゼントでも買おうかと考えた。

 でも元々準備していなかったんだから今更慌ててもしょうがないと思ったからやめた。

 その変わり年末はどこかふたりで美味しい夕食を食べにいこう。

 そう思った。

 帰りはほとんどの同期が北陸方面だったので、自然にいっしょの電車、いっしょの座席になった。

 学生長は「横浜だから新幹線」と言って手を振って別れた。

 別れる前に少しだけ話をした。

「年末年始休暇なんて有って無いようなもんだ」

 俺が忙しいんでしょ? と聞くと笑顔でそう答えた。

「まあ、上司に恵まれてるし部下もまあかわいいもんでな」

 そういうと写真を懐から取り出す。

「今の家族みたいなもんだ」

 学生長を真ん中にしてアホ顔を作った男達が二十人ほど取り囲んでいる。

 そして写真のうちひとりを指差した。

「こいつ、下北しもきたって奴なんだが、ほんとお前にそっくりな性格でな」

「あ、かなり優秀な奴ってことですね」

「馬鹿野郎、面倒かけまくりな奴だよ……喧嘩ぱやいし、言うこと聞かねえし、態度も悪い……でもまだ十九でよ、まあ弟みたいに可愛いもんで、よく懐いている」

「俺は学生長に懐いた覚えはないですが」

「お前、遊撃課程で一番きつかった時のこと覚えてるか? 『がくちょおおおううう』って鼻水垂らしながら来てたじゃねえか」

「あれは、腹が減ってですね」

「言い訳はいらんわ」

「あんまり若い子いじめないようにして下さいね」

「ばーか、少尉に向かって……なに偉そうに言ってるんだよ」

「はは、すんません」

 こんにゃろと言って学生長は俺の頭をポンッとつつく。

「あ、そうそう将校になったから名刺なんか作っちまった、使いもしないけどな。つうことで、これ渡しとくから……まあ年越せば中尉に昇進予定なんだが」

 名刺には『第三混成大隊軽歩中隊第二小隊長』と書かれていた。

 笑顔。

 そして笑顔のまま改札口で手を振ったとき、学生長が今までにないほどに遠くへ行ってしまった気がした。

 将校になったからか。

 それとも、ロシアに行くからか。

 とにかく、そういう予感がした。

 一方俺達が乗った北陸に向かう帰りの特急はただの宴会場になっていた。

 ほとんどが北陸勤務者なのだ。

 十二月二十四日の特急。

 あまり人は乗っていない。

 アルコールは飲んでいない。

 だが通夜と同じようにイノヘーの馬鹿話で盛り上がった。

 そのうちに誰持ってきたのだろうか「クリスマスはケーキ食うって決まりだろ」とか言って、電車の中でそれを分けだした。

「あーしまった……あいつの葬式、ケーキっつたらパイ投げすればよかった」

「なんじゃそりゃ」

 そう言って笑う。

「そういやイノヘーはひとりでケーキ丸ごと食ってたよな」

「そうそう、甘い物が好きで」

「だから肥えるるんだよ」

「ほんとだな」

「ああイノヘーは救いようのないアホだ」

「ほんと救いようがなかったな」

「ああ、アホ過ぎた」

 そんな風に繰り返し言っては大笑いしていた。

 涙が出るぐらいに大笑いした。


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