メッセージ2 悄 然

そう!この会場が始まる前までは、確かに私は輝いていた。

でも、辛い現実が私の心をのみこんでいった。


(一ヶ月前、ホテルの忘年会会場)


 毎年恒例である会社の忘年会が始まった。

今年は仮装パーティーとして、それぞれの自慢の仮装衣装に会場が異様に盛り上がっていた。


 私とはるなも衣装に着替える。


「やっぱいざ着替えるとちょっと恥ずかしい・・」


(仮装なんて今までした事無いもの・・)


「ねえねえ!見て可愛いい!」「それ何処で借りたの?」


いつのまにか私とはるなの周りには大勢人だかりが出来ていた。


「もしかして・・社長も仮装してるのかな?」

私は素朴な疑問を訴えた。

「どれだろう?分からないよね?」


二人で苦笑いしながら周りを伺っている。


「あっ!あれ課長じゃない?」


武将の格好をした課長の姿を見つけた。


「課長?誰のコスプレしてるんですか?」

「高崎城藩主安藤 重信しげのぶだよ!」


(えっ?誰よその人?)


「主君徳川家康に仕え関ヶ原の戦い、大坂夏の陣などの歴戦に参戦した我が高崎が誇る初代藩主の雄々しい姿だよ・・」

「課長が着ると殿というより悪代官みたいに見えるんですけど・・」


私は小声でささやいた。


「何か言ったか?」

「いえ、凄くお似合いです!お殿様!」


そして社長挨拶で乾杯の後、和やかにパーティーが始まる。


「そう言えば裕子は誰にその衣装を見て貰いたいんだっけ?」

「えっ!そ、それは・・・」


はるなに急に話題を振られて頰が紅潮してきた。

(まさか彼が好きな事がバレたらどうしよう・・)


私達のテーブルに営業課の主任と社員達が挨拶にきた。


「鈴木課長!お疲れさまです。まあ一杯どうぞ!」

「おお。松島君か。いよいよ挙式をするんだって。先ずはおめでとう」

「有難うございます。後ほど営業課一同のパフォーマンスもご披露致しますので楽しみにしてください」


今年は営業課の幹事が忘年会の仕切り役になっていた。


「あ、あの~松島さん・・」

「君は誰かな?」

「け、経理課の畑中裕子です!あの・・営業1課の柏木さんはいらしてますか?」

「勿論いますよ。彼もパフォーマンスに参加するので、見てください」

「わかりました~!楽しみにしています!」

「鈴木課長!それでは失礼します」

「緊張した~・・・・」

「裕子!あなたが好きな人って、その柏木さんって人なの?」


(はるな、それ以上彼の事を聞かないで!)

私は心の中で叫んだ。

私は紅潮し、身体が火照ってくるのがわかった。そして無言で首を縦に振る。


「純子には内緒よ!あっとゆう間に社内に言い触らされちゃうから・・」


(まあはるななら口が硬いしいいかな・・)


そんな会場では和やかな時間が過ぎていき、心なしかいつもより楽しんでいる自分が心地良かった。

そして経理課のアピールタイムがやって来た。

例の衣装のせいか社員の注目が一斉に集まると余計に緊張感が増してくる。

課長が経理課代表としての何か硬いスピーチをしていたが、内容はよく覚えていない。

私はどこかで見ているであろうあの人の視線が気になって辺りを見回していた。

そしてアピールタイムが終わり私たちがステージから降りた時に聞き覚えのある声が私の耳に入ってくる。


「すみません・・」


(あ!彼だ)


「柏木さん!」


思わず大声で叫んでしまった。


「鮎川さん!始めましてですよね?春の研修では、僕の方から何度かお話をした事がありましたけど、覚えてませんか?」

「いえ、すみません・・」

彼ははるなに積極的に話しをしてきた。

(私も何か話さなくちゃ!)


「あの、私はよくご存知でした!」


(勿論私はあなたをよく知ってます。でもあなたは私を知らないでしょうね?)


「私。彼女と同じ経理課の畑中裕子と申します」

「あっ、よろしく裕子さん・・」


(裕子さんだって!初めて彼が私の名前を呼んでくれた・・)


「先ずは名刺をどうぞ。僕は柏木・・」

「祐二さんですよね?」


(あ・・わたし、勝手に彼と話しなんかして図々しいかな?)

彼はとまどっていた。


「よく、ご存知で・・」


(あなたの事はずーっと前から好きだったから・・)


「ところで鮎川さんのその衣装。とてもお似合いです」

「ありがとうございます」


(ちょっと!はるなばっかり褒めないでよ!私のことも褒めてほしいな?)


「柏木さん!私のメイドファッションも似合います?」


「す、素敵だと思います・・」


(やっぱり!少し丈が短いけど、これ選んで良かった

よし!もっと色々お話ししようかな?)


「柏木さんって慶応出身なんですよね?」

「君、そんなことまで知ってるの?」


(ヤバ!何か突っ込み過ぎた質問だったかな?)


「はい・・か、柏木さんの事なら何でも・・」


(これ以上突っ込んだらストーカーだと思われちゃう・・そしたら嫌われちゃうかも?)


はるなは隣で苦笑していた。


(はるな何笑ってるのよ!別にいいでしょ、彼とこんな間近で話しなんかした事無かったんだから)


「鮎川さん。僕はあなたの事を以前から素敵なひとだなと、思っていたんです」

「え、わたし?」


はるなは何か言いたそうに私の顔を見た。


(柏木さん!そ、それははるなは美人だと思うけど・・え?それって何よ・・)


「よかったら今度一緒にお食事でもいかがですか?美味しいイタリアンレストランにご招待します」


(え?私じゃなくて、はるなを誘ってるの?嘘でしょ?)


「いえ・・私なんかより、裕子・・」


はるなは、気まずそうに私の顔を伺って、顔をそらした。

(何かの冗談で言ってるのよね?柏木さん!はるなには・・はるなには!)

心の中では強く叫んだつもりだったが、こらえきれず、思わず口に出してしまった。


「柏木さん!はるなは駄目です!」

「駄目って、何がですか?」


「はるなには彼が・・いるんだよ!!」


「彼がいる!」そう言い終わる前にはるなから急に口を塞がれた。


「あっ~裕子!あなた少し飲みすぎよ!」


(な!何よ?飲んでなんかいないから?はるな!あなたから本当の事言ってよ!)


「鮎川さんって、不思議なひとだ。ますますあなたに惹かれました。急なお誘いですみません。また後日にお誘いしますので。良いお返事を待っています」


(え?それって、はるなの事好きだって事?柏木さんが・・今まで彼にときめいた私の気持ちって何だったの?)

私が描いていた幸せが一瞬にして音を立てて崩れ落ちていった。


「それでは鮎川さんまたお会いしましょう。失礼します」


営業課の幹事達と共に彼はせわしく立ち去って行った。

残された私とはるなには当然ながら気まずい空気が流れている。

私は彼女をにらんで言った。


「はるな!どうゆう事なの?彼がいるじゃない?柏木さんになんか興味がないはずでしょう?」


(なんで否定しなかったのよ?)


「私はただ彼がいるとか、あんまり言って欲しくないのに・・」


(言ってくれなきゃ私が困るの!私はフリーです!って言ってるようなものじゃないの?)


「もう駄目だよ、柏木さんはるなの事が好きみたい・・」


(私の立場もうないじゃない!今まで何のために彼を想い続けてきたのよ・・)


「裕子!柏木さんにあなたの本当の気持ちをちゃんと伝えたら?」

「無理よ!はるなには勝てないから・・」


(今更何よ!彼がいるなら、初めから柏木さんに誘われた時に断ってもいいじゃない、はるななんかもう知らない!)


私は無性に苛立ちを感じ、この場所が嫌になり足早く立ち去ろうとした。


「裕子!どこへ行くの?」

「ちょっと飲んでくる!」


私ははるなの顔も見ずにその場を離れて一人になりたかった。

気がつけばトイレの中大きな鏡を一人見つめる自分がいた。


「あたしって、ブスで魅力なんか無いよね?もう彼に振り向いてもらえる事も無いし、今まで何のために生きてきたんだろう?」


トレードマークの眼鏡を外すと周りの景色がぼんやりとした。


「こうして眼鏡を外すと自分の嫌な顔もぼやけて分からないし、ブサイクとか可愛いとか、どうでもよくなっちゃうよね?」


(でも、あんなに好きだった彼のことをこんな風に諦めちゃっていいのかな・・)

そう思いながら鏡に映る自分に問いかけた。

彼と出会った時のピュアな自分の気持ちを思い出した。


「やっぱり彼が大好き!諦める事なんて出来ないよ・・」


(でも、彼の心は今はるなに向いているから・・)

複雑な感情が込み上げて、切なさが募り涙が溢れてきた。


「ゆ、祐二さん!わたし、やっぱり好きなんです!う、うぇぇぇ〜ん・・)


誰もいない化粧室で私は泣きじゃくる。


その時に誰か入ってきて、私の顔を見ながら言った。


「あなた、泣いてるの?大丈夫?」


ぼんやりとしたその人の顔も誰か分からないまま涙を拭う。


「な、なんでもありません!目にゴミが入って・・」

「そう、ならいいけど、あ!良かったらこれあげる、ホテル特製のビターチョコ。ほろ苦さが癖になる味なの、これ食べて嫌な事なんか忘れちゃいなさい!」

「ど、どうも・・」


私はその人からなぜかチョコを受け取りその場を立ち去った。


会場に戻り、経理課のテーブルでは既に出来上がっている同僚たちが赤ら顔で騒いでいた。しかしはるなの姿は無く私も苛立ちが消えていた。


「裕子、どこ言ってたの?ほら飲もうよ、ね!」


同僚の一人にビールを勧められてグラスに注いでもらう。


「あれ?はるなは?」

「知らない!どこかに行っちゃたよ?」

「そう・・」


グラスに注がれたビールを一気に飲んだ。


「裕子!いける口ね?」

「もう今夜はトコトン飲むから!」


(嫌な事を忘れろなんて言っても・・忘れちゃだめな恋だってあるんだから!)

その後はかなり飲んでいた気がする。正直言ってあまり記憶に残っていなかった。


後で聞いた話しだが私は課長にかなり絡んでいたようであった。


「だからぁ~!かちょ~も、もっと飲みなよ!そんなちょんまげあたしがひっぱってあげるから~きゃははは・・」

「畑中君はこんなに酒癖が悪いのか?」


こんな風に課長に絡む事などこれが最後であろう。もうそんな事はどうでもいいと思った。この後の記憶は曖昧で覚えていない。


私は多分夢を見ていたのだろう。


「裕子さん!実は前からあなたのこと、気になっていたんです」

「柏木さん?あの」

「僕と、ぜひお付き合いして頂けませんか?」

「え?は、はい!私の方こそあなたの事が大好きでした」

「僕は君の事を愛しています!でも僕には決着をつけなければいけない事があるんです」

「決着ってなんでしょうか?」

「もう一人愛した女性がいました」

「愛した人ってもしかしたら・・はる・・」

「その人と決別してから僕は裕子さんと共に生きていきたいんです!」

「え?そ、そんな・・」

「少し待っていてくれますか?君を誰よりも愛してますので」

「わ、私待ちます!いつまでもあなたを・・)



「柏木さ~ん愛してます・・あなたを・・ずーっと待ってます」


至福の夢の中のひと時であった。


目覚めたのは、私の部屋ではなく同僚のはるなの部屋のベッドであった。


「あたま痛い!」


かなり飲みすぎたせいか、起き上がるのもやっとであった。

忘年会の会場で着ていたはずの衣装もいつのまにかモコモコのスウェットに着替られ私の私服が畳んで側に置いてある。


何とかベッドから降り階段の手すりを伝って階下に降りる。そこには同僚のはるなの姿があった。


「あ、お早う気分はどう?昨日大分飲み過ぎたようだから私が連れてきたのよ?」

「あ・・ゴメン!よく覚えてなくって・・迷惑かけた?」

「わたしは別にいいんだけど」

「つっ!・・頭が痛くって!頭痛薬か何かない?」

「持ってくるから待って!」


はるなは薬を取りに行った。


「裕子!」

「何?」

「昨日柏木さんの事だけど・・私はっきりと断ればよかった!」


彼がはるなを好きな事は事実であるが、今更彼女がどうこうした所で何か変わる事ではない。


「もういいんだよ!彼の事はもう何とも思ってないから・・」

「裕子・・・」


(嘘よ!寝ている間彼が私にささやいた言葉に夢でもときめいていたじゃない・・)


私は頭痛薬を飲みソファーで少し休んでから帰るつもりであった。

彼女との間にしばし沈黙が続いた。


「もう帰るね!」

「もう少しゆっくりしてれば?」

「家に帰って休むから平気!」


私服に着替え帰り際に思い出した。


「あ、絵美さんに借りた衣装だけど・・」

「私が一緒に返しとくから大丈夫よ」

「いろいろありがとう!来年はお互いいい年にしようね、さよなら!」


こうして家に帰る。正直彼の事で気持ちの整理がついていなかったが、夢の中だけの彼の存在がこの後幸運のチャンスが訪れる事は、想像することもできなかった。

















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