忘れたくないもの
狐
眠れない夜に
その頃の生活リズムには、ギリギリの精神面が綺麗に映されていた。高校三年生の春のことだった。思い当たる原因はいくつもあるけれど、どれもそこまで思い詰めるほど辛かったのかと聞かれれば、よくわからないというのが率直な答えである。なぜ自分だけがこんなに苦しいのか、と常に問うていた。Twitterに、知恵袋に、掲示板に、自分の境遇がいかに恵まれていないかを書き連ね、そのくせ身近な人には何一つ相談できていなかった。担任を困らせ、学校に行っても保健室に入り浸っていた。断片的な睡眠と、それでもやってくる朝。いつも通りの時間に「行ってきます」とでかけて、学校とは真逆の方向へ向かう電車に乗る。そんなことを繰り返していた。夜は特に過ごし辛かった。勉強しなきゃ、という強い切迫感に常に苛まれながら、コピー用紙1枚からペーパークラフトよろしくギターを作ったり、絵を描いたりしてそれをやりすごした。2時過ぎになって漸く布団に入っても、そこから1、2時間は眠れなかった。明け方になってやっと眠りにつき、悪夢を見て、そしてすぐに起きて、学校へ行く準備。そんなに辛いならやめてしまえばよかったのに、と今でこそ思うが、当時は逃げることすら思いつかなくてどうしようもなかった。
布団に入ってからの眠れない時間がしんどかった。なんて無駄な時間なんだ、と思って焦っていた。それが変わったのはなぜだったか、思考実験について延々と考えるようになってからだった。
スワンプマン問題、量子の二重スリット実験、クオリア、飛ぶ矢は静止している、中国語の部屋……。そういったあれこれが、私の夜を充実させていった。小学生の頃、自分の「甘い」は他人の「苦い」かもしれないと思い悩んだ日々。幼い頃から積み重ねられた、思索とも呼べないようなふわりとした苦しさに、突然答えが与えられた気がした。
受験勉強などそっちのけで考えに耽った高3の夏。それが深化して、方向を少し変えて、近現代文学の魅力にとりつかれる頃には夏休みの終わりが近づいていた。受験勉強は相変わらず全くしていなかったけれど、ちっとも不安じゃなかった。自分は、今目の前にあるこれらを本気で片付けなければ生きていかれないと思っていた。
あのとき私の夜を飾ってくれた思考実験たち。今の夜のお供は、誰かが生み落とした名もなき小説たち。それでも最近は、薬を飲んでるからうまく眠れるんだ。また眠れなくなった時は、よろしくね。
2017/11/18
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