本編(プロローグ&一日目)

前日の話(プロローグ)

「やっていられませんわ、お姉様!」

 正午のヴァレンティア王国、ヴァレンティア城の一室にて。

 第二王女、シュヴァルツシュヴェーアト・ローゼ・ヴァレンティアは、積み重なる公務に堪忍袋の緒を切られた。

「シュシュ、待ちなさい……! まだ片付ける仕事は山ほど……」

「これ以上は嫌ですわ! 身が持ちません!」

「そうなの、シュシュ……?」

「ええ! 私は、今すぐここから逃げ出したい気分なのです!」

「なら、逃げ出しなさい。それで、どこに逃げるのかしら?」

「っ! それは……」

「そうよね。準備もせずに逃げ出せるわけはないわよね」

「ではこの場で舌を噛みます!」


「待ちなさい。妹の深刻な悩みを、軽々しく聞き流す姉がいるとお思い?」


「お姉様……?」

「アポイントメントも何も無いけれど、アテならあるわ。ただ、現金も持って行きなさい。日本円はあるわよね?」

「ええ! しっかりと!」

「では連絡を入れるわ。諸々の手配を終えると、そうね……逃げ出せるのは、夕方になりそうね。すぐに準備してらっしゃい!」

「はい、お姉様!」

 シュシュが小走りで自室まで走る。それを見届けたヴァイスは、固定電話で龍野に連絡を入れた。

「もしもし、龍野君?」

 コールすること十回。相手が野太い声で電話に応じる。

「何だ、ヴァイス?」

「シュシュが貴方の家に逃げたいそうなの。泊めてあげてくれないかしら?」

「俺としては賛成だが……親父とかけあってみるよ。家主の許可は絶対必要条件だからな……」

「もちろんわかってるわ。けど、出来れば賛成してくれるのを……えっ、龍野君のお父様!?」

 電話の向こうで、話者が交代したようだ。先程とはまた違った野太い声が響く。

「もしもし、百合華ちゃん(ヴァイスの日本名)か?」

「はい!」

「話は聞いた。喜んで承る!」

「!」

 ヴァイスの表情が晴れやかになる。

「勿論、妹さんは責任を持ってお預かりする! 安心してくれ! それで、何日くらいを予定してるんだ?」

「そちらに到着した日を含め、四日間ほど……」

「それなら何も問題無いな!」

「では、お願い致します!」

 そう答えて電話を切るヴァイス。遅れて、シュシュがヴァイスの部屋に戻った。

「お姉様……」

「シュシュ、返答が来たわ」

「はい……」


「心配せずに泊まってきなさい!」


「あ……ありがとうございます、お姉様!」

「他にも旅券の手配、お忍びのための支度……まだまだ忙しいわよ!」

「はい!」

 そして三時間後。

 ヴァレンティア城の正門前で、ヴァイスとその従者がシュシュを見送っていた。

「全て終わったわね。後は貴女の無事を祈るのみよ、シュシュ」

「ええ! お姉様、ありがとうございます!」

「では、いってらっしゃい!」

「はい!」

 こうしてシュシュは、須王家へ宿泊することになった。

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