瑠璃色工房

最終章

1.瑠璃色工房にようこそ

心の破片 -その1-


 ここは、遠い遠いところにあるドールの王国。


 そこに住む者は、皆が水晶の瞳をしており、打てば響く体と、球体の関節をしたドール達が命を持って闊歩していた。

 町には、民家とたくさんのお店が並んでいる。洋服店、和服店、シューズやハット、ジュエリー店など、装飾店ばかり。


 それもそのはず。


 ドールである彼らにとって、美しいということが最も価値あることだから。

 男も女も、すべての者がいかに美しいかを求めて、自らの身を清めたり、着飾ったりと勤しんでいた。

 その中でも、国の中央にあるお城に住む王族は別格で美しく、皆の憧れだった。王族の美しさを妬む者もいたが、その美しさを保とうとする者もまた多くいた。

 例えば、髪結師のエドワードなどは、王女の髪結いを任されたことを光栄に思っていた。

 彼自身は、それほど美しいとは言えず、しかしながら、王女の至高の美しさをさらに高めることに喜びを感じていた。


「あなたは美しくないわね、エドワード」


 第二王女、アンジェリーナはよくそんなことを呟いていた。

「髪結いの技術は、すばらしいけれども、あなた自身は、とっても醜いわ。どうしてそれで死にたくならないのか不思議ね」

 彼女は美しさに対して、とても厳しい考えを持っていた。ゆえに、周囲にある醜いものに不満があり、そのことを隠そうとしなかった。

 そんなアンジェリーナ王女のことをよく知るエドワードは、特に怒ることもなく、にこりと笑って応えた。


「私はいいのです。姫様。あなたの言うとおり、私はとても醜い。けれども、あなたの美しさの一部を生み出すことができる。それが何より誇らしい。私はそれでよいのです」

「変な人。理解できないわ」

「恐れ入ります。ただ、私は好きなのです。こうやって、王女様の髪を結うのも、その間に王女様がお話してくれる新しくできたジュエリやドレスの話を聞くことが、私の楽しみなのでございます」

「やっぱり変な人。でも、そうね。そんなに聞きたいのならば、今日はこのネイルの話を聞かせてあげようかしら」

「誠に恐れ入ります」


 とある舞踏会の前に、二人はそのような団欒を過ごしていた。

 エドワードの言葉に嘘偽りはなく、彼らの間にある信頼関係は真実のものと固く信じていた。

 そして、そんな安息の日々はずっと続くと思っていた。

 

 しかしながら、たった一夜。

 悲劇の夜が、ドール王国の安寧を奪い去っていった。

 舞踏会、エドワードは薄暗い廊下で、その事件と遭遇した。


 彼が見たのは、アンジェリーナ王女の執事モーガンと、貴族のタナー。

 そして、彼らに囲まれたアンジェリーナ王女。


 アンジェリーナ王女の、その無惨な姿だった。


 国民は、皆、哀しみに暮れた。

 アンジェリーナ第二王女の、その美しさは、王族の中でも随一であった。その美しさが失われてしまうということは、国の宝が失われたも同然だった。


 中でも、第二王女と親しかったエドワードの哀しみは計り知れなかった。

 諦めきれず、エドワードは、歯車山の魔女のもとに向かった。


 魔女はドールの破損を修復することができる。


 そう言い伝えられていた。

 しかし、代わりに大事なものが奪われると恐れられており、誰も近寄ろうとはしなかった。

 自らのどんなものを犠牲にしてもいいと、エドワードは、アンジェリーナ王女の修復を魔女に求めた。


 魔女は言った。


「この国で最も美しいドールが失われるのは、私も忍びないからね。一つ魔法をお主に授けよう。この魔法があれば、ドールを修復することができる。けれども、修復の魔法をかけるには、失われた半顔の破片が必要だよ」

 エドワードに魔法を授けて、魔女は続けた。

「破片はまだ失われていない。ドールを修復したければ、失われた破片を探し出しなさい」

 そして、魔女はにやりと笑った。


「代償はいらないよ。どうせ、破片を探す過程で、ことになるだろうからね」


 最後の魔女の不穏な言葉の意味はわからなかったが、アンジェリーナの修復だけを願って、エドワードは事件の捜査に乗り出すこととなった。

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