#7 本当に馬鹿な男の子たちは

 というわけで、ようやくさかのぼり終了、振り出しに戻ってきた。

 結局私はスグロ先輩に――いや、『マスター』に恋愛相談をすることになってしまったのだ。

「さあ。それで君はどうするつもりだい、リンコくん」

「どうするつもりって、あの、何かアドバイスはないんですか」

「君、人の話をちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよ!」

「じゃあ、大丈夫。僕なりのアドバイスはすでにいったよ。あとは君が自分で判断するだけ」

「そんな……」

「では、最後にひとことだけ。レイコさんがどういう人なのか、君はレイコさんのどういうところが好きなのか、もう一度よく考えてみて。君の勝手な思い込みでもいい。さっきもいったけど、本人でさえ自分の気持ちを正確に把握できないんだ。決して誰も正しい道を指し示すことなんてできないんだから」

 そういわれても、やっぱり私は……。

「もう一度いうよ。自分の『好き』を『好き』といえないのはとても不幸なことだ。忘れないで」

 あいまいにうなずいたこのときの私は、先輩の言葉の意味をホントにはわかっていなかった。 


「うげぇ、なんだよこれ」

「ホモだ、ホモ」

「気持ち悪ぃ」

「うわ、投げんなよ」

 クラスの男子の反応は想像以上に最低だった。

 甘かった。高校一年生男子の精神年齢の低さがこれほどまでとは。

 ホームルームで、私たちは漫画同人誌をみんなに配った。さすがに全員分をコピーすることはできなかったから、十部コピーして、みんなに回し読みしてもらった。

「静かにして。意見がある人は手を挙げてください」

 クラス委員長のハナちゃんが声を張り上げても効果はなく、みんな口々にミチルの作品を罵っている。

「はーい」

 男子のリーダー格、サイトウが手を挙げて、発言した。

「俺は反対です。だって、こんなの売ったら、うちのクラスの男子がみんなホモだって思われちゃいます」

 そうだ、そうだ、と男子から賛同の声が上がる。サイトウは野球部の副部長で、男子に人望はあるけど、頭の中は小学校低学年レベルだ。

 私は思わず立ち上がった。

「あんたたち、馬鹿じゃないの。そんなこと思わないわよっ」

 サイトウは私の言葉を無視して、担任のミヤタにいった。

「センセー、こんなのキョウイクジョウよくないと思います」

 お前の思考が教育上良くないよ。

「うーん。学園祭の実施内容は基本的には君たちが決めることになってるからなぁ。これ描いたの、スドウだよな。本人の意見もきいてみようよ」

 逃げやがったな、こいつ。

「じゃあ、スドウさん」

 あまり乗り気じゃなさそうな感じで、ハナちゃんはミチルに声をかけた。

 ミチルはうつむいたまま、恐る恐る立ち上がった。

「あの……私は、みんなが反対なら別にやめても……」

「ほら、本人もこういってんだからさ――」

 私はサイトウの言葉を遮った。

「ちょっと待ってよ。ミチル、ホントにそれでいいの? これ、一番自信があるんでしょ。一番好きなんでしょ。よっぽどの馬鹿じゃない限り、誰が見てもわかるよ、すごいって。自分が好きなものを好きだっていえないなんて、そんなのだめだよ。間違ってるよ」

 あれ。これってどこかで……。そうじゃん、これってスグロ先輩のいってたことそのまんまじゃん。

 でも、私にはこれ以上強く抗議することができなかった。こんなことをいってもミチルを困らせるだけだということがわかっていたから。私は唇を噛んだ。隣の席のノリちゃんが心配そうに私を見上げている。ミチルはうつむいたままだ。

 このとき私はようやくスグロ先輩がいった言葉の意味を理解した。自分の『好き』を『好き』といえないこと、自分が好きなものを理不尽に否定されることが、こんなにも悲しくて、つらくて、情けないことだなんて。

「委員長ぉ、多数決にしたらぁ」

 面倒くさそうに、サイトウが声を上げた。

 だめだ。今、多数決を取ったら絶対に負ける。

 私はハナちゃんを見た。ハナちゃんは迷っているようだった。

「さっさと決とれよ」

 男子から、声が上がり始めた。

 そのとき、ガタン、と私の後ろの席で、立ち上がる音がした。

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