第3話 星の瞬く夜に その②

「約束だから、また見に行ってあげるから」


 美冬は落ち込んでいる男を励ますように声をかけた。


「そお? 悪いね。でも約束だしね」


 男は美冬の方を向き、そう言うと、またアイスを食べ始めた。


「でもさ、何で離婚したの?」


 フロントガラスの向こうを見ながら美冬は言った。


「ん? それを聞くかい。本人に」


「言いたくなければいいけど」


「別に言いたくない訳じゃないが。ま、俺の生活と無関係な第三者の君なら、言ってもいいか」


 男はそう言いながら、食べ終えたソフトクリームの取っ手部分のケースを、備え付けの屑篭に捨てた。

 そして車のウィンカーを直して、走り出す。


「走りながらでいいかい」


「別に構わないけれど」


「うん、妻に内緒でね。借金作った。二百万。妻はそんな事は知らず、夫婦名義でローンを組んで、建売の家を買おうとしていた。丁度今君が住んでいる家をね」


「え、私ん家」


「そう、建売で出てるのを妻が見つけて、下見にも行った。でも、ローンが組めなかった」


「……」


「あ、アイス食べ終ったんならゴミは此処ね」


 言葉を失った美冬を気にかけたのか、男はそう言うと運転しながら左手で屑篭を少し上げて見せた。


「はい」


 美冬はゴミを捨てた。


「時間、八時過ぎちゃうけど大丈夫?」


 男が言った。


「へ?」


「だから家送る時間。あ、また信号だよ」


 車は交差点、赤信号で停まった。


「時間は大丈夫ですけど…さっきの話」


「え?」


 今度は男が驚いた様に声を上げた。


「誤魔化してる。やっぱり言いたくないんだ」


「そんな事はないよ。やだなー、あ、信号青になった」


 男はアクセルを踏み、車は動き出した。



「何処まで話したっけ? ローンが組めなかった所かな」


「そう」


「銀行の審査で借金があるの分かって、ローンが組めず、家は購入出来なかった。その時の銀行員、妻に何て言ったと思う? 『ご愁傷さまです』だってさ。そりゃ怒るよ。アパートに帰って来て妻は俺に詰め寄ったよ。なんで、お金借りられないんだってね。だから俺は正直に言った。借金がある。二百万って」


「何に使ったの? そんな大金」


「皆聞く事は同じだなあ。妻もそれをまず聞いて来た。ギャンブルさ。最初は小遣いをパチンコで使っちゃって、パチンコで使っちゃったなんて言えないだろ? それで十万借りて」


「何で十万も。小遣いなら二~三万でいいじゃん」


「俺もそう思ったよ。でもあっちが駄目。十万からの貸しになりますって言うんだ。不要なお金は使わず返済日迄に戻せばいいでしょってな。それでその十万を元手にパチンコで損分を取り返そうとした。後はもうローリングストーン、転がる石の様さ。パチンコ・競艇・競馬、取り返そうとしてやればやる程ハマってく。二百万借金作るのに、三年とかからなかったな」


「それでどうしたの、その借金。今もあるの?」


「今はない。親に泣きついて全部返済して貰った」


「じゃあ離婚しなくても。お金返したんならローン組めるんでしょ?」


「借金の記録は五年間保存される。その五年間は例え全額返済してても住宅ローンの場合は厳しいらしい。それに妻との離婚は借金の発覚によるものだけれど。根本は俺への不信感だった」


「不信感?」


「そう。今まで一緒に暮らしていて、相談してくれなかった。相談するチャンスは幾らでもあった筈だ。言えないのは私が怖いのか。二人で家を買うって話してた時も違う事考えてたのね。二人で頑張ってるつもりになってたけど、私が一人で夢見て、はしゃいで、頑張ってただけなのねって。付き合って、結婚してからの時間全てを騙されたと、怒った」


「そう」


「全部こっちに非がある。妻が子供は渡さないと言った時も、俺には何も言えなかった。五年前の事だ。二年前位からか妻も落ち着いたのか、メールをよこす様になった。五年間欠かさず養育費は払い続けているから、当たり前って言えば当たり前の事なのかも知れないが」


「それで娘さんのバイト先とか、進学の事とか知ったのね」


「ああ、そうだ。そしてあの日は、妻が買いたがっていた家、君の今住んでいる家を何となく見たくなって、もう誰か住んでるんだろうな、なんて思って見に行ったのさ。そこで自分の家を放火しようとしている君にあった」



 車は美冬の家の方に向かって走っていた。

 この辺りは国道でも町と街を繋ぐ場所で、山や田畑がポツポツ見えた。

 通り沿いのラブホテルの看板が道路の方を向いて掛かっている。


「ラブホ入る?」


 それを見た美冬が言った。


「それが君の遣り方か? 大人を試そうとする。騙されないぞ」


 男は少しニヤリと笑うと、美冬にそう答えて返した。


 車は美冬の家の方に向かって走って行った。

 空はまだ、暗かった。






つづく

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