1-7

 二人が歩き続けてしばらくして。

 どこまでも変わり映えしない景色だったが、二人にはまだまだ余裕があった。慣れている伊藤もそうだし、紅にしても伊藤という心強い存在と共に居ることは心理的な余裕を生み出していた。

 そしてもう一つ。

 あれから鎧武者は現れていないのだ。

「さっきので最後……だったんですかね?」

 呑気に紅が言う。

 それに対して伊藤は、半信半疑といった様子で答える。

「ま、それならいいんだけどね……そういえば紅ちゃん? 疲れてない? なんだったら休憩しても大丈夫だよ?」

 気遣いの言葉に、紅は笑顔で答える。

「ありがとうございます、でも大丈夫です! 私も早く外に出たいですから!」

「そうだね、その意気だね。よし、このまま出口まで――ストップ」

 伊藤が突然足を止めた。

 すわ敵か、と紅も足を止めて身体を強張らせる。

 だが前方には何もない。しいて言えば曲がり角があるだけだ。不審な物音もしていない。

 それでも伊藤は用心深く周囲を観察していた。

「どうしたんですか?」

 紅の言葉に、伊藤が顔をしかめながら答える。

「いや、なんかすっげー嫌な予感がする……気をつけてついてこいよ?」

「は、はい」

 伊藤の雰囲気に触発されたのか、紅の顔から余裕が消えた。

 そして二人が角を曲がり、少し歩いたところで――

 

 ――広い空間に出た。

 

「な、なんですかここ……」

「わからん」

 紅の言葉に伊藤は即答する。

 それなりに広かった通路と比べても、その空間は広大だった。

 薄ぼんやりとした光はあるが、左右の壁が見えない。東京ドーム○個分等の表現をされるような空間。

 そして二人が入ってきた場所の反対側――そこに、ポツンと扉が立っていた。

 そう、壁などではなく何もない空間にその扉は立っているのだ。それも、今までの雰囲気とはまるで違う鋼鉄製の扉が。

「あれ、出口じゃないですか!?」

「うーん、そうだと思うけど、うーん……」

 興奮する紅に対して、伊藤は渋い顔をする。

 だがそれを気にせず、今までとは逆に紅が先に立って歩き出した。いやいやながらといった様子で伊藤が続く。

「どうしたんですか? 出口ですよ出口! やっと出られるんですよ!」

「でもなぁ、この状況でこんな広い空間って、それはつまり――」

 何事か呟きながら歩き続ける伊藤に対して、気にせず歩き続ける紅。

 だが、その手を伊藤がガシッと握った。

「……どうしたんですか?」

「それはつまり――フラグってことだよな」

 そう言いながら、離した手の人差し指を前方に向ける伊藤。

 何事かと前方を見やった紅は――今度は悲鳴を上げることさえできなかった。

 扉の両脇から、鎧武者が――鎧武者たちが、まるで溶け出すようにして表れたのだ。

 その数は、十や二十ではない。

「あー、やっぱり最後の戦闘ってやつ? あると思ったんだよなぁ」

 伊藤は何事か呟いているが、紅の耳には届いていない。

 最後の最後で現れた最大の障害に、紅の心は折れかけていた。

 だがこの状況でも、いやこの状況だからこそ――

「紅」

 伊藤は折れたりはしなかった。

「さっきの入り口まで戻っとけ。なにかあったら大声、いいな?」

「は……はい。でも、伊藤さんは?」

「なぁに、このくらい軽いからさ。ちゃちゃっと倒して終わらせるよ」

 鎧武者たちが伊藤目がけて走り出してくる。

「ほら、ぼさっとすんな」

「は、はい! 気をつけて!」

「もちろん、気をつけるさ」

 走っていく紅を一瞬見送って――伊藤は鎧武者たちへと向き直った。

 刀を一旦捨てて、ホルスターからカスタムガバメントを抜く。

 鎧武者たちとの最後の戦闘が始まった。

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