忘れてはいけないこと

 昨日一緒に飲んでいた冒険者が、次の日には命を落とすなんて事はザラにある。冒険者とは、街の外に生息する魔物を命がけで討伐し、その魔物の魔核を金に換えて今日一日の酒を飲むような職業だ。はっきり言って割に合わない。命を賭けて得たものが一晩の宿と一日の飯ぐらいにしかならないなんてな。


「はあ。結局は才能の世界なんだよ。俺達みたいな凡才や非才は一日の生活費を稼ぐのがやっとさ」

「そうだな」


 今日はあの新人にこてんぱにされたガルバンドと一緒に飲んでいた。

 酒を飲みながら泣いているガルバンドは、このギルドにおいてはCランクという高いランクにいて、新人を引っ張っていくような存在だった。しかし、この前凶暴な新人にこてんぱにされてから、俺は非才だ~と言いながら酒を飲む存在になりはてた。


「俺だって英雄を夢見て冒険者になってけど、結局は才能の世界だ。SやAランクとかそういうのになれるのはあの新人みたいな天才だけさ」

「そうだな」


 あの新人ならば冒険者の最高峰とよばれるSやAランクになれるかもしれない。まあ俺達底辺冒険者には関係ない話だ。このギルドから凄いやつがでたとギルドマスターは喜ぶだろうけど。


「はは。こんどな、子供が出来るんだ」

「へえー。そういえば結婚してたな」


 ガルバンドに酒を注ぎながら会話をする。


「ああ。だから、金を稼がなきゃなんねえんだ。だけどこの前新人にからんで怪我しただろ?」

「そうだな。親切心せやったことが裏目にでる。この世界ではザラだ」


 一見ただの少年にしか見えないあの新人を、危険な冒険者にならせまいと動いたガルバンドは、やはりあの新人にボコられた怪我で治療費がヤバイことになったそうだ。


「ゴブリンやオークとかの安値にしかならない魔物は駄目だ。ワンランク上の魔物を狙う」

「……危険だぞ」

「承知の上さ。ゴブリンジェネラルか、オーガか。それを一体でも狩ればしばらく大丈夫だ」


 ゴブリンジェネラル。あの新人が軽く倒していた魔物。死を覚悟して倒すような魔物も、あの新人の敵ではなかった。まったく才能というやつが嫌になる。


「なあ、エイト。お前はなんで冒険者になった?」


 冒険者は過酷な職業だ。割にあわず、英雄になれるのはほんの一握り。


「もちろん。英雄に憧れたからだ」


 俺は、ほんの一握りになろと冒険者になった。結局数日で現実を知ったがな。


「はは。そうだよな。冒険者は英雄願望のやつか務所から出た奴しか居ないよな」

「ほんと、割にあわないからな」


 そう言いあい、酒を飲む。これが冒険者の現実だ。なんの希望もなく、ただ日銭を稼ぐ。世界中で名を知られるほどの冒険者なんて、本当に一握りだ。


「ああ。そういえば今度この街に高名な冒険者様が来るらしいぞ」

「そうか。高名な冒険者様がくるような事なんてなんにもないけど」


 底辺冒険者は嫉妬ぶかい。才能の世界だからこそ、余計に。


「まあ、ちょっくら英雄になってくるぞ」

「はは。ゴブリンジェネラルかオーガを倒せればこのギルドじゃ英雄だな」

「ああ。嫁のためにも、今度産まれてくる子供のためにもな」

「そうか。気をつけろよ」


 本当に家族のためを思うならそんな危険な魔物を討伐しに行くのはやめろ。という言葉は飲み込んだ。ガルバンドだってもう十五年以上冒険者をやっている。こんな割にあわない職業を続けるなんてそれなりの理由があるはずだ。


「じゃあ行ってくる」


 剣を担ぎ、ギルドを出て行くその背は確かに英雄だった。




『ガルバンドが死んだ』


 その言葉を聞いたとき、まず最初に、ああやはりか。と思い浮かんだ。ゴブリンジェネラルに挑んだガルバンドは、死んだ。本当に馬鹿なやつだ。自分が死んだら残された家族はどうなるのか。いや、もうすぎたことを考えるのはよそう。昨日一緒に酒を飲んだやつが次の日には死ぬ。これが、忘れてはいけない冒険者の現実だ。


「なあ、ガルバンドの家ってどこだっけ?」


 俺はガルバンドの死を知らせてくれた冒険者に聞く。


「え? ……たしかヤドリギ食堂の裏だったはずだ」

「そうか。ありがとう」


 ヤドリギ食堂。あの安さだけが取り柄の食堂。ギルドの近くだし、すぐ着く。

 俺は鞄を持ってギルドを後にし、ヤドリギ食堂の裏に向かう。


「ああ。アレか」


 ヤドリギ食堂の裏手に在る小さな民家の扉には、家族が死んだことを示す飾りがあった。その扉の前では奥さんらしき人が洗濯をしている。


「ガルバンドの奥さんですよね?」

「え? はい。主人の友達ですか?」


 奥さんの顔は疲労、そして悲しみが浮かんでいる。そして、お腹は大きかった。まったく。ガルバンドはこんな状態の奥さんを置いて死んだのか。


「これ、あげます」


 俺は鞄から小さな袋を取り出し、奥さんに渡す。


「え?」

「ゴブリンジェネラルの魔核です。じゃあ」


 あれはガルバンドがとってくるはずだったもの。俺には必要ない。運良く手に入れた物だ。あげても損はない。


 ほんと、なれない敬語と親切はするものじゃない。……これで、ガルバンドも浮かばれるといい。いや、浮かばれないか。産まれてくる子供の顔も見れずに死んだんじゃあな。

 ほんと、冒険者って残酷だ。



 ――これは冒険者の物語。残酷な、忘れてはいけな現実。

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