第7話 微妙にスレ違いし者。

 岩に寄り添うように座り込んでいたシスターモモは、獣道けものみちからいきなり飛び込んできた俺に、驚きの声をあげた!


「ビートさま、どうしてここに!?」


「君を追って来たに決まってるじゃないか! そんな事より、フィルスさん後ろを振り返らず、ゆっくりこっちに来れるかい?」


 彼女のいる後ろの森には赤く光る目が続々と増え続けている。様子をうかがっているのか森の中からは出て来ないが、こちらが一歩でも動けば襲いかかってくるかも知れない。そんな状況の中、彼女は俺に思ってもみない返答をした。


「嫌です。ビート様はいつもズルいです」


「えぇっ?」


「好きだの、可愛いだの、もらうだの……私みたいなよそ者の、変な髪の色の出来損ないは、誰からもそんなこと言って貰えた事ないんです! だから恥ずかしいけど嬉しいんです。名前呼ばれたらドキドキしちゃうし、してはいけないけど、色々期待しちゃうんです。なのに勇者さまは………ビート様はしれっと平気な顔をして何でもないような風で。私ばっかり想い悩んで、苦しくて」


 シスターモモは顔を両手で覆って声を殺して泣き始めてしまった。森の奥に集まっている赤い目が『うわー、コイツ女の子泣かせやがった』みたいなさげすみの色を見せ始めていた。


 えっ、ちょっと待って。なにこの状況。俺、完全に悪者じゃん。


「すこし……ほんの少しでいいんです。ビート様のお気持ちを聞かせて頂く事はできませんか?」


「「「ウーオ、ウーオいーえ、いーえっ!」」


 森の奥に身を潜めているゴブリン達も何故か彼女に同情的なようで、俺に向かって非難のエールを送ってくる。


「ティー、ゴブリンのうなり声にルビをふるのは辞めてくれ!」


『いやぁ、その場のノリと言うかなんというか……てへへ』


 ティーめ、てへへじゃないってぇの! ゴブリン達が変なノリになってるから、襲ってくる様子がないのだが、いつ態度が豹変しないとも限らない。なんとか彼女を説得して早くこの場を逃げ出さなければならない。

 先ほどの戦闘で自信がついたのか、数体であれば何とかなりそうな気がしているのだが、ティーの【勘】では相当な数が集まっているのだ。とても一人では対応しきれそうにないのが現状だ。


 だいたいギャルゲーは俺の守備範囲外だ。彼女いない歴=年齢の俺に、彼女の求める正解を選択する事なんて出来る訳がない。……となれば答えは簡単! 正直に答えてダメなら無理矢理引っ張って行くだけさ!!


『マスター、それって無策で最後は力ずくと言う事なのでは?』


 ティー、そこはもう少しオブラートに包もう。正直、俺凹んじゃうよ。確かに一か八かだが、こういう時の俺の引きの強さを魅せてやるぜ!


 俺は彼女をしっかりと見据え、右手を彼女に向かって全力で伸ばした。


「フィルス! (今はとりあえず)俺に付いてこい!!」


 おおっ! ゴブリン達の間に動揺が走った。シスターモモは涙の残った顔を笑顔に変えるとビートの伸ばした手を取った。


「ビート様、嬉しい! 私(どこまでも一生)付いて行きます!!」


 二人は肝心な部分を口にしない事で、大きな誤解くいちがいを産んだままお互いに合意し手を取り合ったのだった。


ウーオあいつアードルせいこうした。」


ウーオあいつアヴルオンやりやがった!」


 最初こそ歓声を上げていたゴブリン達だが、その赤い瞳がみるみる憎悪で黒く濁っていくのがわかった。


「「「ラーヴルリア充ハーベイ死すべし!!」


「「「ラーヴルリア充ハーベイ死すべし!!」」」


 俺はシスターモモ抱き寄せ、お姫様抱っこのように抱えると全力で大地を蹴って走り出した。


「フィルスさん、しっかり掴まってて!」


「は……い」


 か……顔が近い! 彼女はしっかりと俺の体をホールドすると、真っ赤になった顔を見られぬように俺の胸に顔を埋めた。


「ティー、安全圏まで脱出ルートをナビゲートしてくれ!」


『アイサー、マスター! ボクについて来て!!』


 俺は彼女を抱えたまま、ティーの後を追って全力で走った……走った? そう全力で走ったら先行して飛んでいたティーを追い越してしまった。


『マスター、早い! 速すぎるよ!!』


 シスターモモを抱えて走って走っているのだが、体が軽い。さっきのゴブリンとの戦いもそうだったのだが、体が思っていた以上に動くのだ。


 それでもゴブリン達は諦める様子もなく追いすがってくる。木々の間を滑るようにすり抜けてくる。スピードは獣道を曲がりくねって走る俺よりも遅いのだが、最短距離で詰めてくるゴブリン達は徐々にその距離を縮めつつあるのだ。


「「「ハーベンころせハーベンころせ!!」」」


 ゴブリン共の狂乱は収まる気配が無い。獣道を出て今のスピードを維持出来れば、奴らを引き離して逃げきる事が出来るだろう。だが、奴らはどこまで追って来るのだろうか?

 もし、村まで逃げても追って来たとしたら……。被害を考えると村に逃げ込むのは得策ではない。どうすべきか迷っていた時だ、シスターモモは今頃になってようやく背後に迫っているゴブリン達の声に気付き、彼の肩越しにそっと背後をのぞき込んだ。


「キャッ!!」


 無数のゴブリン達が憎悪で真っ赤に染まった目をギラつかせながら猛スピードで追って来るのを見てしまったシスターモモが錯乱さくらんして俺を強く抱きしめた。


 彼女のホールドがきつくなり、背中に回した腕で俺の首が締まった。『ギブ、ギブ!』俺の瀕死の言葉は彼女に届かず、苦しさで足がもつれ一瞬バランスを崩すと派手にすっころんだ。転ぶ瞬間、彼女が下にならないように体をひねって背中から落ちたのが精一杯だ。


 背中を打って一瞬呼吸が止まる。大きく息を吸い込んだ瞬間、最初の一匹めが追い付いて来た!


 飛び掛かってきたゴブリンを蹴り飛ばすと、反動で身を起こし、二匹めのナイフをかわすと顔面に拳を叩き込む。グシャっと嫌な感覚が腕から伝わると倒れたゴブリンは霧散した。素手で倒すのはやはりあまり良い気持ちがしない。腰に差したこん棒を手に取ると次の敵に備えつつシスターモモに声を掛けた。


「フィルスさん、大丈夫か?」


「ごめんなさい、ビート様。私、足をくじいてしまったみたいで動けません。私を置いて逃げて下さい」


「バカな事をいうな! 君の呼び出した勇者はこんな事で大事な【仲間ひと】を見捨てるような奴なのか!?」


「大事な、【恋人ひと】………。」


 この時、微妙なニュアンスのズレをこの場にいる者の中でティーだけが感じ取って頭を抱えていた。


『マスターってば……絶妙に微妙だよ。』


 




 ーつづくー

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