ゆめみつき

あひみての

伯姉妹

三方を山に囲まれた海辺の小さな街のひょいと飛び出た岬の先にレストランがありました。臙脂色の屋根が月明かりに照らされ、石とタイルで飾られた壁はその歴史を静かに物語っているようです。雫のような美しい曲線を描く窓枠からは室内の暖かな光が漏れていました。日没から日の出まで365日営業するそのお店。あかつき頃、常連の姉妹がいつものようにお店の前に車を乗り付けました。

三井が車のドアを開け、手を差し出すと黒いレースの手袋をはめた細い手がすっとその手に重ねられ、真紅のドレスを着た姉ユキがゆっくりと優雅に降りてきました。もう一度、扉に手を差し出すと、透き通るような白い指先が重ねられ、青いドレスの妹ハルが笑みを浮かべながら、姉の後に続きます。


「ありがとう三井さん、ご機嫌いかが?3日ぶりかしら?」


「おかげさまで、今日も素晴らしい日です。ユキ様。ようこそいらっしゃいませ」


「こんばんはー三井さんっ」


「ようこそいらっしゃいませ。ハル様。今日は一段とお美しい」


「ありがとぉ」


三井は木製の重厚な扉を開き、姉妹を店の中へと導きました。店の中には先客が5組ほどいましたが皆、常連客で姉妹を見るや声をかけるのでした。


「おや、伯さんのお嬢さん方。今日はご両親と一緒じゃないのかい?」


「ええ。両親は東に出張中ですの。それで私たちがこちらに参りました」


「そうかい。東は最近荒れているから忙しいらしいなぁ。私のところにも依頼があったのだけれど、今、こっちに、目が離せない子がいてねぇ」


「それは大変。私たちも微力ながらお手伝いしてるのですけれども、消化が追いつきませんわ」


「叔父様、私たちぃ今日はこちらで7食目なのよぉ」


「あははは。それは頼もしい。たくさんお食べ。もうすぐ夜明けだ。本日最後の食事だな」


「ええ。そうなることをお祈りいたしますわ」


「この頃ね、食べ過ぎでドレスがキツくなってきちゃったのぉ」


「ハルはもっと食べて肉をつけた方がいいと思うなぁ」


「嫌よぉ。それはぁ叔父様の好みでしょぉ?」


「あははは。さぁ、早くオーダーしないと夜が明けるぞ」


「そういたします。では、また」


姉妹は三井に案内され窓際のいつもの席へ。三井は深いブルーのグラスに、こぽこぽと水を注ぐと


「本日のおすすめでございます」


といってメニューを広げた。

手渡されたメニューには5種類の名前が書かれていた


「あら?これは?」


「smile」


「こちらのメニューにsmileなんて言葉があるなんて初めてじゃなくて?」


「はい。先ほど獲れたばかりです。実に珍しいことです。私も聞いた事がございません」


「お姉さまぁ、ハル、一度、幸せな夢を食べてみたかったの。これをいただきましょうよぉ」


「そうね。私もお味見してみたいわ」


「では、こちらをご用意させていただきます。食材の説明は後ほどで…よろしいですか?」


「ええ。食後に聞かせいただくわ。どの方が採っていらしたのかだけ教えてくださるかしら」


「夢見月様でございます」


「夢見月様!?すごぉい!」


興奮気味のハルを見て支配人は眼鏡の奥の細い目をさらに細めて微笑みゆっくりと厨房へと立ち去りました。


「楽しみぃ。どんなお味がするのかしらぁ?とびきり美味しいわよねぇ」


「そうよね。夢見月様の選んだ物をいただけるなんて。運がいいわ」


窓の外に広がる海には穏やかな波が月明かりをキラキラ纏い揺れていました。

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