第七章:錬金の国
事の始まりだけを伝えることは非常に難しい話だそうだ。そのため全てを語るには過去の話から始めていく必要性がある。
私が言えた義理ではないのだが、欲望の暴走は本人らには気づきにくい物である。客観的に自身の境遇を見る人物が必要となりうる。
私はそれを、疑念がこびりつくという形で手に入れたために、未来師者が統治する国のおかしさに気が付いた。
話を戻そう。
今回の欲望、キーワードは錬金である。最も、本来の意味での錬金とは大きく異なってくるのだが。
錬金とは、卑金属から、貴金属、特に金を産みだす能力のことを指す。一見魔術的な要素のように思えるが、錬金術はあくまで科学的に算出されるもの。さすがに私は錬金術には明るくないが、それでも完全なオカルトというわけでないことは知っていた。しかし、この国において錬金とは通常の定義と逸脱をする。
この国の錬金はあらゆる過程を無視して、物質を合成させる能力のことを指す。
例えば、砂糖と卵、薄力粉に無塩バターがあれば、あらゆる過程を無視してケーキを産みだすことが出来る。おいしいのかは知らないが、とにかくケーキと呼ばれるものを産みだせる。それが錬金術とよばれる技術だ。科学が裸足で逃げ出していきそうである。
「お守り、ですか。詳しい効果は?」
「うちの子が、妊娠したのよ。だから安産祈願のお守り、お願いするわ」
「それはおめでとうございます。わかりました、その依頼、呪術式ハンドメイドショップ、黒猫がお受けいたしましょう」
黒猫の近くに家を構える女性の依頼を快く受ける。
本来、呪術師はギルドに属するものだが、まだ11歳という幼さもあり、レイ君たちはギルドに属しておらず、このような形で呪術師の修行を行っている。また、呪術式と謳っていることもあるため、正式な呪術師ということでないこともアピールをしている。あくまでも呪術師の考え方を使ったハンドメイドショップだ。
「それでは、誠心誠意心を込めて作らせていただきます。出来上がりはそうですね、二週間ほどいただこうかと考えております」
「そう。そういえば、代金の方は……? こういうのの相場ってわからないから、少し不安ね」
「そうですね、本来のところはこのぐらいになりますが、黒猫をこれからもご愛好していただけるとお約束いただけるならば、妊娠祝いとあわせまして、20%ほど割り引かせていただこうかと考えております」
「あら、そのお約束には誓約書などが必要なのかしら?」
「いえいえ。小さな紙きれ一枚より私たちの言の葉の方が十分重みがありますから」
「あら、嬉しいことを。それじゃあ、よろしくお願いしますね」
「はい。それでは、あなたに幸せを」
黒猫の決まり文句であるこの言葉で彼女を送り出す。
レイ君は立ち上がり設計図を書いていく。今回はお守りということで布製品となる。安産祈願と縫い糸で書かれている小さなお守り袋自体はあるが、問題はその中身である。
「……レイ。お仕事、なに?」
ひょこりと店の奥のふすまを開けたのはシンちゃん。かわいらしい花柄の寝間着を来ていて、少々長い髪の毛が寝癖で変に固まっているところから、寝起きそのままであることが推測される。
「シン、おはようございます。お守りですよ。安産祈願のね。簡単な状況は知っている限りですが、どのようにしようかと悩んでおりまして」
「……そう。あと、お母さんは?」
「母さんはギルドの集まりの方に行ってますよ。なんでも幹部総会があるとか」
「……そう」
特別感情のこもっていない返事はいつも通りである。いや、私の知っているシンちゃんはまだ表情豊かにしゃべっているのに対してなんていうか、生気がない。寝起きという理由以外にも、なにかを感じざるが得ないものが傍目からあった。
その理由は昨日にさかのぼる。そしてそれが、彼らの母――――ショウがいない理由にもつながる。最も、それがなくても多忙を極める彼女は家にいないことの方が多いのだが。
「……お守りなら、私関係ない。寝ておく」
「ちょっと待ってくださいよ。確かに、ハンドメイド道具は私がメインに作っていますが、どういうものにしたらいいかなど、シンとも話したいところですよ。それに、母さんからいくつかシンに聞いておいてほしいものがあるといわれていますから」
「……何を聞きたいの?」
「それは……の、前にまずはブランチですね。ホットケーキがあるので温めておきますから、シンは寝癖を直しておいてください」
「……うん」
レイ君に言われるがままにシンちゃんは洗面所へと向かったようである。そのすき、というわけではないが、黒猫をご利用の方はこちらにとかかれた紙をチンベルの隣においてレイ君はキッチンの方に向かう。黒猫にはオーダーメイドの他にもいくつか既製品が置かれている。特別警備もない店から目を離すと言うことは、万引きをしてくださいと言っているような物であるが、呪術師に喧嘩を売るような存在はなかなか現われないものだ。
呪術師の家計であるとはいえ、サラマンダーがホットケーキを温めるということもなく、ごく普通に電子レンジを用いてホットケーキに熱を通していく。さすがにこの程度は味に変化を与えることもないため、安心して食べられる。
しばらくするとシンちゃんは着替えも済まして戻ってくるので、彼女ように紅茶も用意してゆっくりと話を始める。
「昨日、シンが感知をしたとおり、西方において低級の幽霊が暴れているところを、母さんがギルドマスターを務める“想いの集い”により封印されました」
「……結局封印したんだ」
「あの時、シンは感情を強く受けすぎて倒れましたからね」
シンちゃんはその言葉に何も返さず、もくもくとホットケーキを口に運んでいる。それは照れとかいらだちとか、そういう要素を含んでおらず、ただ純粋に必要性を感じないからであろう。
レイ君も無視をされたことに対してリアクションを見せずに話を続ける。
「さて、今回聞きたいのはシンはどのような感情をその身に受けたかです」
「……別に、もうギルドの方では特定は済んでいるはず。私が出る幕なんてない」
「母さんは別に推理をしたいから聞いているんじゃないんですよ。シンのことをあんじて尋ねているんです」
「……強い感情だった。でも、殺意とかじゃなくて、いた純粋にある想いを伝えていた」
「どのような想いで? ちなみにこの部分はギルドの方でも判明は出来ていなかったようです」
「……知らない。理解する前に意識失ったから。それに、原因なんてどうでもいい」
「どうでもいいって、そんなことも――――シン? まだ、残っていますよ?」
「……朝から、そんなに入らない」
話を切り上げるかの如く立ち上がるシンちゃんに、レイ君が制止をするも、意味がなく部屋の垣根の方にまで行ってしまう。しかし、完全に部屋を出る前に一度振り返ると、「……幽霊を退治さえしたら、それで私はいいから。私は母さんとも、レイとも違う」その言葉だけを残して去っていった。
ホットケーキ上のバターが悲しげに溶けていく。レイ君はホットケーキにふたをすると冷蔵庫に放り込む。
「気持ちはわかります。原因は探求したいのは、呪術師側のわがままでしかないことが多い。腹を下して、その原因だけを追求されたところで、なんだというんですか。そのようなことをするぐらいならば、薬を出して、一時的でも痛みを和らげた方がましということでしょう」
レイ君は閉ざされた扉に声をかける。返事はもちろん帰ってこないし、シンちゃんがその言葉を聞いているかもわからない。
「さてと、私はお守りについて考えることにしますか」
レイ君は立ち上がると自分の分の紅茶を飲み干すと作業場へと戻ることにした。
そういえばだが、レイ君たちの父親について尋ねたこともある。プライベートな部分に踏み込むことになるので、少しためらわれたが案外すんなりと答えてくれた。
だが、どのような人物であるか、については聞くことはできなかった。それは、聞けなかったのではなく、聞くことがそもそも不可能な状態だったからだ。
二人の父親は二人が幼いころ、物心どころか物も言えぬ赤子のころに呪術道具にかかわる抗争で殺されてしまったらしい。その抗争を治めたのが、彼らの母親に当たるショウという女性。その実績も買われ抗争により空席となっていた“想いの集い”のギルドマスターにのぼりつめたらしい。彼女と、そしてレイ君たちの名誉のために言うと、この功績はねつ造でも、裏でおかしな力が働いていたわけでもなく、抗争で殺されてしまい、そのともらい合戦も兼ねての実力らしい。そのことの証明として彼女から邪気などが存在しないという、呪術師らしい理由があった。
ギルドマスターの仕事はそれなりに多忙を極めているらしく、“想いの集い”においては若手の呪術師の育成、仕事の選別、他ギルドとの協定等……仕事を挙げればきりがない。そんな中、レイ君たちのために衣食住を用意してくれているのはもちろんのこと、呪術式ハンドメイドショップ黒猫を用意して、レイ君たちも安全に呪術師として機能させようとしているのだから素晴らしいものだと考えられる。
レイ君はその現状を冷静に分析し、黒猫で真面目に働いているが、シンちゃんは少々違った。その強すぎる霊力がゆえに、まるで死に場所を探すかのごとくにやや危なげな場所へ行っては、その感受性の高さから霊力に当てられ意識を失うということをたびたびやらかしていた。
きちんとした修行を積み、自身の感情と他者からうける感情をきちんと区別させることが出来れば問題も薄れる。プロの呪術師に至ればこうなることは少ないのだが、まだ半人前の彼女らにしてみればそれをクリアーすることはかなりの難易度だ。それでも、ここまで昏倒したりするのは、そもそもプロテクトをかけることを放棄していたり、危険な橋を渡ろうとしているからとも考えられる。
「私には、霊力の才能がそこまでないのが残念で仕方ありませんね」
彫刻刀を手にしながらレイ君がつぶやく。もしも、この呟きをギルドを目指す多くの人間が聞けば暴動を起こしかねない。レイ君の実力はショウやシンちゃんに比べれば霊力の力が劣るだけであって、遺伝的なものか、かなり高位なものとなっているはずだ。それも、きちんとした理解をしたうえで物事をみつめることが出来ているために、その分析力は下手な呪術師をも超える。
もしも、ただ霊力を感じることだけが呪術師の絶対要件ならば、ただただ、霊現象に好かれやすいだけという私も、呪術師ということになってしまう。このころのシンちゃんは少しこの段階に似ているとはいえ、決定的な違いとして、それを感情によるものであると理解をしたうえで、あえて対処をしていないという部分にある。
「さて、そんなわけですから、私が個人的に霊力を高めるために、私なりの解釈で呪術道具を作成しているわけですので、残念ですが単純な錬金だけで作成出来うるものではありませんよ」
彫刻刀を操る手は止めずにレイ君は作業場の近くで椅子に腰かけているスーツ姿の男性に声をかける。
「そうはいうが、我々、錬金呪術師に作り上げられぬものなどないはずだ」
男の低い声が響くが、レイ君は微笑を崩すことなく彫刻刀にくっついた木くずを落とす。
「そもそも、どうして黒猫の私などに? 私はまだギルド加入も認められていない未熟者ですよ?」
「ギルド加入をしていないのは君のお母様がギルドマスターを務めているから、縁故など言われないようにするためだろう。そもそもだが、黒猫の道具は素晴らしいと評判ではないか」
そもそも、ギルドへの正式加入の年齢が15歳以上というきまりがあるので、縁故云々の問題ではないのだが、そこを言い返すつもりもない。
「評価をいただいていること自体はありがたいことですが、本当にどうしようもないところなんで何とも言えないのですよね。残念ながら私には錬金の知識もありませんし、そもそも隠しているつもりもないんですよ。こちら、『木彫り鳥のメッセージ』です。効果は……簡単に言えばテレパシーのようなものですね。ただし、伝えられるのは感情のみですが。こちらを使えば感情の橋渡しが可能というもの。たとえそれが、この世ならざる者、だとしても」
ある程度呪術について知識がある者ならば喉から手が出るほど欲しい設計図であろう。こちらを使えば自分は安全圏にいながら、その感情の真意を図ることが出来るということになる。
しかし、それは呪術師であればということである。この『木彫り鳥のメッセージ』は、そこまでの手掛かりでしかない。一般人が欲しいのは即時的な効果だ。すぐさまどうにかできる効果。もちろん、そのような便利すぎる道具というのは存在せず、あるのは私がこうしてつけいてる『蒼き数珠共感』のようなお守り程度のものでしかない。
「そうではない。そもそも、この設計図通りに錬金をしてみてもうまくいかないことを理解しているだろう?」
「残念ながら、私は錬金については浅い知識しか持ち合わせておりません。なぜできないのかを説明しろと言われても不可能ですね」
肩を竦めるレイ君に対してその男はあきれたかのようなため息をついて立ち上がる。
「我々の目的は錬金の可能性を極めるところだ。呪術という科学で定義しきれないものであったとしても、我々は作成をする。貴公が錬金術を用いて動き出すことを我々は心から望んでおく」
男は店を出ていく。
「あなたに幸せを」
一段と細い彫刻刀を用いて鳥の形をよりきれいなものに形成させていく。形というのはその道具を定義するために重要な役割を果たす。というより、その道具を実際に呪術道具として用いる際に想像がしづらくなる。より鳥らしければ鳥らしいほど、道具の効果が表れるのでこういった細部のこだわりも重要である。
私が納得をした説明としては藁人形であった。藁人形における役割は対象人物の媒介でしかない。つまり、極論を言えばただの藁一本でも、呪いを作り上げることが可能なのだ。しかし、そうするとどこに呪いを持っていくべきかといった方向性が定まらず、人を想像しづらいために呪いが不完全なものになったり、むしろ呪い返しにあったりする可能性がを大いに高めるためてしまう。それを防ぐために、より人らしい形に近づけるために藁人形が産まれたのだと、レイ君は語る。
「しかし……おかしなものですね。錬金は人を豊にしました。その事実を捻じ曲げるつもりもありませんし、私達もここで暮らしている以上錬金の力を借りているわけですから、無碍にはしません。ですが、錬金を極めたいがために錬金をするというのであれば、錬金そのものが欲望となり替わっているような気がするんですよね、私は。シンは、どう思いますか?」
彫刻刀から視線を外さないレイ君だが、その後ろでこれまでのやり取りを聞いていたはずのシンちゃんに声をかける。
扉一枚をはさんだところにシンちゃんはいた。別に盗み聞きをしていたわけでもなく、単純に涼しく、風通りの良いこの場を彼女は好んでいる為、その場にいただけだ。
のそりと扉を開ける。
「……どうでもいい。その呪術道具は私にも作れない。レイの頭の中だけにある。錬金でどうこうできるものかとかもしらない」
「あはは、別にそんなつもりで問いかけたわけではありませんよ。それに、最後の仕上げは錬金ですからね」
レイ君は彫刻刀を置いて、鳥についている細かな木くずをフーと吹き飛ばす。そして、それを机の上に置くと人差し指と中指だけを立てて瞳を閉じる。
「合わせれ、合成せよ。錬金『木彫り鳥のメッセージ』」
軽い霧がかかり、視えなくなるのは一瞬の出来事であり、すぐに姿を現す。もしもこれが錬金をしたものが家とか、派手なものであればインパクトは高いのだろが、できあがったものに、視覚的変化はない。それもそうであろう。錬金をしたのは目には見えない、レイ君の霊能力なのだから。
「この部分だけは設計図には書いていないんですよね。私の頭の中、感覚だけのものなんで書きようがないともいえますが。だからこそ、私を欲しているのかもしれませんが」
「意地悪せずに手伝ってあげればいいのに」
「冗談を。私は錬金術師ではなく、呪術師見習いです。しいてあげるならば、呪術技師。私は黒猫の一店員でしかありませんよ」
錬金術師になる意思が全くないということを示すように微笑むと彼は、その、新たな呪術道具を戸棚にしまう。これらは全てハンドメイドであることは言うまでもない。唯一無二である。
「そうだ、話のついでですが、先日の霊現象についてです。シンはどうでもいいというかもしれませんが、話だけでも」
「…………」
「まず、低級霊で間違いはありません。そこに隠された思念は生への強すぎる渇望でした。死ぬ直前まで生き続けたい、そのような想いを抱いていたようです。なぜそのような渇望が産まれたのかは現在調査中とのこと。なにせ、その付近で自殺や殺人事件が起きた形跡もありませんでしたから」
「……別にどうでもいいと思う。また出たら退治をすればいいだけ」
「本当にそうでしょうか? 気づいていますよね。ただの、生の執着だけではない。なんともいえない、気持ち悪さに」
レイ君はそれを実際に身に受けた訳ではないためあくまでも伝聞でしかないが、人一倍感受性の高いシンちゃんがこれに気がつかないはずがないというのもある。
「私は、呪術師の存在意義は生者のこれからを築くためにあると思うんですが」
「それなら、まずはその薄っぺらい笑みをやめるべき」
「これは、体に張り付いた癖ですから、どうしようもありません」
すくめられる肩に返事をすることもなくシンちゃんはまた扉を閉じる。
それが答えということらしかった。
だが、事態が急変をしたのは数日後の夜であった。相も変わらずショウはギルドの仕事でバタバタとしていたはずなのだが、その日に限り、血相を変えて自宅へと帰ってきた。
「どうしたんですか?」
閉店準備を整え、あとは風呂だけというタイミングで飛び込んできた母に目を丸くするレイ君。ショウはそのレイ君の姿をとらえると少しだけ冷静になり息を整える。
「シンは?」
「シンですか? 今日もふらふらと外に出かけていきましたが……。なるほど、怪しい空気がまとっているわけですね」
その様子に今回の出来事は霊現象がらみだと理解し、意識を研ぎ澄ませると、ようやく怪しげな空気がまとっていることに気が付いたらしい。
とはいえ、これは一般人には生活の変化が全く起きないレベル。私のような体質の人間がほんの少しだけ、肌が妙に粟立つような程度だろう。
「何があったのですか?」
「わからない。私の部下がこの異変を西方で感知して、その大きさから慌ててこっちの戻ってきた」
「西方? 揺れ戻し、ではなく?」
「ギルド長の名に懸けて言うけど、きちんと封印したわ。決して、揺れ戻しなんかではない」
揺れ戻しとは、中途半端な封印や納め方により力を失った霊体が『消えたくない』という想いから爆発的な想いを炸裂させることである。これは“想いの集い”の考え方であるがために、他ギルドでは様々な解釈があるのだが、ともかく、揺れ戻しに準じる何かがあるというのは呪術師の共通認識である。
しかし、それでもないのだとするならば、この短期間で同じ場所で霊体が現れたということになる。
私が経験したなかではあの奴隷の国のような特殊な状況下でしか起こりえない事態だ。つまるところ、今回はその特殊な事例が起きているということになる。
「シンが巻き込まれているかもしれないんですね?」
「そうよ。あの子のことだから幽霊云々とかは心配していない。だけど、この短期間ということは人間が意図的に絡んでいる可能性が高い」
「母さん、これを」
「ありがとう」
レイ君は戸棚から『木彫り鳥のメッセージ』を取りだし投げ渡す。
殺人事件の気配がなかったとはいえ、それは人間の警察による調査でしかない。中には驚くべき方法で殺人を行うサイコパス的な人間も存在する。そのような存在に巻き込まれていないと言い切れる自信はどこからもやってこない。
「母さん、私は」
「レイはここで待っていて、と言いたいところだけど、何かあったとき近くにいたほうが私も守りやすいわね。一緒に来て」
「はい。無理をするつもりはありません。危なくなったらギルドの方に守ってもらいますから」
「引き際をわきまえているのは偉いわ。じゃあ、行くわよ」
ショウの先導で走り出す。すぐそばに待機をしていた車に乗り込んで数分したところにある墓地が目的地であった。少し歩くとはいえ、子供の足でも十分に圏内である。
そのまま転がるように車を降りて墓地近くに来ると、確かに強い霊気を感じる。
「マスター、坊ちゃん。お疲れ様です」
「お疲れ。娘は?」
「尋ねられるということはいらっしゃらなかったんですね。こちらもまだ把握をしていません」
「そう。とりあえずは、死んでいるということはなさそうね」
死して、数時間ほどしか間もないのであれば、残された記憶も新しく、呪術師らの誰かが異変に気付いているはずだ。どれだけ巧妙に遺体を隠していたとしても見つけ出すことが出来る。
もしかしたらすれ違っているだけかもしれない。そもそもシンちゃんがここに訪れているという確証がないのだから。しかし、レイ君でさえ研ぎ澄ませばだが、探知できる霊気を彼女が見逃すとは思えなかった。
彼女の性格上霊気を感じればここを訪れるような気もするのだが……。
「ともかく、いないならいないでいいわ。まだ、何も手は出してないわよね?」
「一応被害拡大がしないように一般の方が無暗に入らないようにと結界だけははりましたが、それのみです。しかしながら、少し気持ちの悪さを感じますね」
レイ君はこっそりと頷く。レイ君も同じように気持ち悪さ、というよりは違和感と言えるのだろうか。まるで人の真似を無理やりしている何かがいるかのようだったと、あとにして語っている。
無理やりピースの違う形のパズルをはめているかのような、違和感だ。はめること自体は不可能ではないが、出来上がったものは綺麗な絵ではない。まがい物だ。
「そう、わかった。鳥よ、想いを届けて」
ショウは軽く返事をすると、すぐに力を籠める。すると、木彫りの鳥が淡く光るとその思い、感情を強く脳内に映し出す。
『生きたい』
それはたった一つの感情だった。感情と呼ぶにはかなり明確化された思いであるが、それほどまでに洗練された感情であり、それ以外の想いが混じるものではなかった。
生への執着、というよりは、純粋に生を求めているという形であろうか。
「原因がわからなければ、二の舞になるんだろうけど、これ以上ここで想いを爆発させ続けるわけにはいかないわね。総員封印準備。今回はより強力は
封印の内容までは私は詳しく知らないが、それなりに高度なものらしい。いつもクロネコで行う封印は簡易的なものであるとたびたびと言っていたが、確かにこのような封印を知るとそう感じる。
ただし、クロネコの場合はガイスティックを用いていることにより簡易ながらも強固な封印をしたり、さらには原因を探求することにより揺れ戻しそのものを防ぐように動いている点からも安全は確保されていると言えよう。
「アスカ、もう少し霊力を高めて、そう、これでバランスが取れた――――よし、あとはケイ、あなたに任せるわ」
「マスターは?」
「私は辺りの警戒、及び原因究明に動くわ。娘も心配だからね」
ショウは後ろに控えていたレイと他、数人のギルドメンバーを引き連れて想いの発生地点に急ぐ。
「今更ながら、ギルドメンバーの方々が大勢すぎやしませんか?」
「一応、うちは国家直属のギルドだからね。国内で起きた霊現象は退治する義務があるし、気にするところではないわ」
レイの疑問にそう返す。レイの質問の中にはシンのためにという部分も含まれてはいたのだが、あえて見ぬふりであろう。
だが、“想いの集い”はギルドメンバーを一個の家族として視る形式が高いためにマスターの娘だから特別扱いをしているというわけではなく、ギルドメンバーの親族だから特別扱いをしているということになっている為ギルド内での反乱もない。ギルド全体での越権行為だ。
霊気が強くなる。普通ならば立つことも難しいレベルであろう。呪術師である彼らだからこそこうして辺りに気が配れる。
「あっ、あそこ!! マスター!」
一人のメンバーが声を張り上げて注目を指先に集める。そこは草木にまみれた場所ではあるが、一人の少女――――シンが倒れているのが目を凝らせば見える。
「ありがとう。あなたはやっぱり夜目が聞くわね。呪術師にとっては良い才能だわ」
感謝と激励の言葉を簡単に混ぜながら娘のもとへと急ぐショウ。
シンちゃんはがくりと首が折れた状態だが、きちんと息をしており、昏睡という段階にも達していないことがわかる。ひとまず無事でほっとするが、話はこれで終わらない。
「これは、お墓……よね。ここで対話でもしていたの?」
「シンならその可能性も捨てがたいですが……母さんも気づいていますよね?」
「えぇ、名前は彫られていない。つまり本来ならだれもこの中には眠っていないはず。なのに……すごく、気持ちの悪い魂を感じるわね」
ショウの腕の中で眠るシンちゃんはくすぐったそうに寝返りを打つ。それが、彼らの会話に頷いているかのようにも思わされた。
そしてその直後、封印が完成され霊気がどこかへと消え去っていった。
「精神的な病や疲れの場合は次の二つのうちどちらかを行うそうです。一つはふたを閉める治療。自身のつらい体験などにふたを閉めて表出しないようにするもの。対してもう一つは自身のつらい体験などをきちんと表し、受け止めるようにする、ふたを開ける治療。どちらが良い治療なのかをここで議論をするつもりはありませんし、私はどちらも立派な治療だと思います。しかし、この二つにおいて勘違いをしてはならないのはきちんと問題そのものには対応しているということです。決して逃げているわけでもありませんし、その辛さを一時的に和らげて、それで終わりというものでもありません。未来を見据えているのです」
明かりが小さくさす。ぼんやりと目を覚ましたシンちゃんに浴びせられたのは、おはようの挨拶ではなく、そんな長々とした講釈であった。視線をさまよわせて、ここがギルド内に併設されている当直室であることを理解した様子。
ぱたんと本を閉じた音が響く。
「今回の件、ギルドの方では今後も同じことが起きる可能性が高いとして重要案件に入れるそうです。どうでもいいという問題ではなくなったということですよ、シン」
「……それで、事情聴取ってこと?」
「寝たままで大丈夫ですから、なぜシンがそこにいたのか、そこでどのようなものを見たのか、なぜあそこで倒れていたのかをお話しください」
レイ君の笑みはそのままであるのに、その口調からは厳しさも感じさせる。
あえてここから逃げ出そうという気力もないのであろう、シンちゃんはしばらく視線を空中にやってからぽつりぽつりと語りだす。
「……いつも通り、散歩をしていたら想いを感じた。『生きたい、あと少しでもいいから、生きたい』っていう感情だった。……それも西方のあの墓地からだってすぐに分かったから、もしかしたら誘拐とか殺人かもしれないと思って様子を見に行くことにした」
「一応注意をしておきましょう。栓のないことかもしれませんが。異変を感じたのならばギルドに連絡をするなり、警察に告げるなりあったのではないのですか? 私たちはただの子供に過ぎないのですから」
「……墓地に行ったらより強い想いが辺りを蹂躙していた」
レイ君の注意をさらりと無視してシンちゃんは状況の説明を続ける。
「……その気に充てられて、私はすぐに意識を失いそうになった。だけど、なんとか耐えながら、対話を試みようとした。でも、何も感じなかった。あるのは生への想いだけ。例えるなら、水子のような純粋なものだった」
「水子……。それなら、確かに名前がないのも頷けるかもしれませんね」
国によって水子の扱いは多少異なるが、少なくともこの国においては流産などによりこの世に生を受ける前に亡くなった存在は、同じ墓に土葬をしてもよいし、合同墓地に埋めてもよいことになっている。
家族に引き取られるタイプはともかく、合同墓地の場合は名前も付けられていないということもあり、名前のない墓というものが産まれてもおかしくはない。
もちろん、国がギルドと提携をしているほど、この国においては霊現象に対してかなり積極的に認めている部分もあるため、たとえ合同墓地に埋められる存在であったとしても、その供養の多くは“想いの集い”が率いており、様々な理由で引き受けられない場合はその他ギルドや呪術師を通して供養をすることが決まっている。今までこの国では水子が悪さをしたという例はないはずである。
「そもそも、水子というのは非常に難しい存在ですからね。その存在がある以上、想いというのは人が胎児のときから存在をするということを証明しているようにも思えますが、水子が複雑な思考を行うことは難しいものです。そのため、水子の正体は悪戯に殺してしまったり、偶然に死なせてしまった後悔や無念、そして恐れが産みだした存在であるとも考えられていますから」
これは、呪術師の考え方によっても解釈が異なってくるところではある。一般人が想像をするような、本当に死んだ人間が魂となり幽霊となり襲い掛かるというような王道的なパターンで考えるものも少なくない。だが、それは些細な問題であり、考え方の過程はどうあれ結果を出せればそれでいい。呪術師とは過程の考え方が一般人にはなかなか伝わりづらい職業なためになかなか理解を得られない。
「……対話は結局うまくいかなかった。対話のためにできるだけ相手の感情を受けようとしたんだけど、すぐに意識を手放した」
「最低限自分の身は守れる程度にはしてくださいよ」
「……霊体と真剣に向き合うなら、こちらの守りをまずは抜くべき」
「その気持ちもわからなくはないですが、やはり、生者の方を私は優先しますよ」
水掛け論をしたくはないと、彼は立ち上がりその場を辞そうとする。
シンちゃんは再びベッドに身を沈めると静かに目を閉じるが。
「……でも、あれは、ダメ。あんなに行きたいという想いを抱かせる人間がいるのだとしたら、最悪最低」
ぽつりとつぶやかれた言葉。
霊体の『生きたい』という感情に身を染められている為、きちんと自我を取り戻すためには眠り、体力を回復していく必要性がある。
「レイ、目を覚ましたの?」
「はい。ですが、おそらくはまた眠ったと思います」
書類整理に追われているショウの部屋へはいると、彼女は顔も上げずに尋ねる。
レイは手短な椅子を引き寄せて腰掛けると自身のメモ帳を開いて今回のことを彼なりにまとめ上げながら口を開く。
「マスター、今回のことを報告いたします」
声音を変えることはないが、質は変わる。ここからは親子の会話ではなく、“想いの集い”のギルドマスターへ報告する事柄にする。彼自身はまだ見習いという立場ではあるが、ギルドメンバー候補として名簿には入っている。
「現場に到着したシンの証言、及び『木彫り鳥のメッセージ』が発したとおり、今回の想いは『生きたい』というもので間違いないと思われます。そしてその願いはかなり純粋なもの。まるで水子のようであるという証言をシンからいただきました。しかしながら、水子が出たというような話も聞きません。一応尋ねますが闇医者などの線はありませんか?」
「調査済みよ。結果は少なくとも今のところはその線はないと思ってもらっていい。そもそも、そういった犯罪が発端なら、他の想いが混ざってもよさそうなものだしね」
ただし、一部の本当に純粋な犯罪、罪と罪と認識していない犯罪に関しては想いが混じりようがないが、闇医者がそのような形で織りなす犯罪となる可能性は限りなくゼロに近い。
「それもそうですね。正直私はどこに原因があるのかわかりません。ですので、これまでの情報をまとめたうえで、マスターはどのような推測をいたしますか?」
「そうね……」
書類を裁く手を止める。しばしの沈黙の後、口を開いた。
「レイもシンも気にしてはいないようだけども、私はひとつ気になる点があるわ。その気になる点を確信に持っていきたいから聞くけど、『木彫り鳥のメッセージ』によって伝わる感情に優先順位とかはあるの?」
「基本的には一番強い感情が伝わります。しかし、その他の想いが混ざれば多少はそれらも伝わるように設定はしているつもりですが、やはり難しいものではございます」
「そう、それならおかしいと思わないかしら? あまりにも生への渇望が強すぎるという点が」
「どういう……?」
「通常水子の霊には、確かに生への執着が感じられることもある。だけど、まだ赤子か、もしくは赤子にもなっていない状態の人間だから、そのほかの人間の感情も混じりあいやすい」
「なるほど。水子については実際に出会ったことがないということもあって、実際の感情を理解しかねていましたね……。やはり実践不足は痛いものがありますね」
「座学も大切よ。そこがおろそかだと無駄死にだから。だけどある程度力を付けたら実戦でどれだけ頭を使うかが大切なのよ。この疑問を解決することが重要になって――――」
呪術師の修行の道を説こうとしているその最中に控えめなノックの音でそれが中止される。
「どうぞ?」
「マスター、坊ちゃんも、失礼を。国家錬金術師の方からマスターたちに会いたいということをおっしゃっておりまして」
「国家錬金術師?」
「…………」
「いいわ、入れて」
レイ君のことを少しだけ見てからショウはギルドマスターの顔でそう告げた。すると、すぐに入れ替わりいつかの時と同じ、スーツの男が入ってきた。
男は軽くあいさつ代わりに頭を下げると、前置きもなしにいきなり本題に入る。
「現在、ローテイにおける連続心霊現象事件を追っているという報告書が上がっていたが、それについては間違いがないか?」
ローテイとは現在追っている、霊現象の事件が起きている町の名前である。しかし、霊体や霊現象というのは町という区分に収まり活動をするわけでもなく、多岐にわたることもあり、さらには被害が大きい場所とは離れた場所に原因がある可能性もあるために、町の名前を使うと無意識にその場所にとらわれてしまいかねないという配慮から、ギルド内ではギルドから見てどの方向で問題が起きているかだけでやりとりをしている。
とはいえ、報告書として上に出す際はそのような縛りを聞いてくれるわけがないために、きちんとした名前で出さなければならない。
「えぇ、これだけ短い期間に二度も同現象が起こっていることからも最優先課題で調査中よ。早急にしてくれということならば、すでにこちらもやっているところよ」
国家錬金術師と国家直属のギルドマスターとでは対等な関係が約束をされているためにどちらが上ということもなく、互いに丁寧な言葉遣いを置いている。
「そうじゃない。むしろ逆だ。ギルドには問題が発生をした際は、その問題の中核を取り除き、わざわざ原因を究明するなという方向性にしてもらいたい」
「はいそうですか、とはいかないわよ。そんないたちごっこごめんだわ。納得ができる理由がないとね」
「理由は私も知らされていない。上の命令だ」
「呪術師に嘘をつこうなんて……、大したものじゃない」
話を聞いているだけのレイ君の背筋も何かが走ったような感触が伝わる。ショウの視線はギルドメンバーを見守る温かいものではなく、冷たく、瞳孔の収縮されたものであった。
「嘘を見破れたとしても、真実を見抜く力はないということか」
「その言の葉が全て真実だということに対して、ある種の敬意を持つわね」
牽制を掛け合い互いの様子を確認しあう。カードの状況が全く見えないこの形で次にどのように動くかが大切となってくる。
「合わせれ、合成せよ。錬金『拳銃』」
男のつぶやきから完成までの短い時間でその手には鈍く光る鋼鉄が握られていた。
「ここで私を殺害をしたら最後、あなたに待ち受けるのは
復讐や、死といった言葉ではなく、永久の不幸という言い回しに、死以上の恐怖が迫ることを言外に伝える。
男は銃を腰に収めると口を開ける。
「鉄と火薬、そのほかもろもろ。それだけのものを持ち歩くくらいならば素直に拳銃を持ち運んだ方が錬金をするよりもたやすいことは分かっている。私が言いたいのはそのようなことじゃない。やろうと思えばこの世に武器となりうるものは雑多に存在しているし、無から有に代えることが出来る。その意味が分かるか?」
にやりとした笑いを向けた後、その視線を一瞬だけレイ君の方に向けた。その意味を解釈するのはかなり難しい。もうお前の力は必要ないという意味なのか、それともいつでも待ち受けているということなのか、どちらにしろ気持ちの良いものだけではない。
「とにかく、我々からの指示に従ってもらわなければ困ることになるからな。賢い選択をする存在だと願っておくよ」
男はそう告げると部屋を出ていった。
「困ることになるのは、どちらなのかしらね。まぁ、いいわ。レイ。シンが回復したら家に戻りなさい。このふざけた自体は私達の力で解決をさせてもらうことにするわ」
「従うつもりはなし、ということですか?」
「さあね。呪術師のやることを行うだけよ」
明後日。またもや同様の場所で霊現象が発生をした。今回は以前二回と異なる点としてはいくつかる。
まず一つ目としては、もともと警戒網を敷いていたこともありすぐに事態は収縮した点。二つ目は禁止令が敷かれたかいもあって、シンちゃんが意識を失っていないという点。三つめは不審者をとらえた点である。
「あら、一応人間に対しての移動封印術をしかけていたのですが、まさか本当にかかられるとは思いもしませんでしたね」
ショウは淡々とした様子で、縛られている男に告げる。縛られていると表現したが、見た目には何も縛られていない。しかし、服が彼を締め付け、まるで彼だけ重力が何倍にもなったかのように身動きをすることが出来ずにいた。
かなり若い男ではあるが、国家錬金術師所属のあかしであるバッジから、全くの不審者ということでもないことが理解できる。少なくとも身元不明の存在ではない。
「俺は国家錬金術師の人間だ。すでに通達が出ているはずだ、深入りをするなと」
「私どもは深入りをするつもりはないわよ。ただし、対策を立てるなとは言われてなかったから。その対策のために、いたずらにこちらへ侵入したものをとらえる封印を施したまで。邪気がその人間に移って拡散されても厄介だからね」
「それならそれでいい。早く俺にかけた封印術を解け」
「えぇ、解呪の方法を伝えるわ。解呪の方法はただ一つ。あなたの知っている、私たちに隠したい情報を伝えることよ」
「お前……!」
それは暗にすべてを話せと言っていることと同義である。あくまでも解呪のために協力をする体裁をなしながらも、聞き出すことが出来る方法だ。
もちろん、そのような言い回しが通じる相手ではないだろう。だが、やってしまった後ならば仕方がない。封印が解けなければ永遠と移動が封じられることになる。無理やり解呪をしようものならば、その呪いともいえる封印はより強固なものとなってしまう恐れもある。
「このような行為、認められるとでも思うのか」
「そんなことはどうでもいい。もしかしたら、あなたたちのせいでかわいい娘が昏倒して、息子がそそのかされているのだとすれば、怒らない家族はいないわよ」
声のトーンが一つも二つも落ちる。そして彼女の後ろからはある種、この事件の当事者とも言える二人が姿を現す。だが、今回捕まった男はこの二人とは初対面であったために、話の流れから二人が子供であることを推測したようである。
「ちなみに、この封印術にかかわっている人間に“想いの集い”のメンバーに名を連ねているのは私一人だけよ。封印完成のために手伝ってくれたのは私の自慢の子供たちよ」
「自慢とまで言われると少し恥ずかしいものもありますね。とにかく、そういうわけですから、恨むなら私達一家を恨むべきところでしょうね」
「……恨みは返されるけど」
きっと男から見た視点にしてはまがまがしささえ感じたことであろう。それほどまでに余裕の表情を見せつける彼らは恐怖の対象にもなりうる。
ただし、シンちゃんは真剣に取り組むつもりがないのか、いつもどおりのあくびをこぼすと近くの椅子に腰掛ける。
「とはいえ、こちらもただただ待ち受けただけではありません。少なくとも私は、ギルドの人間ではありませんから自由に調べさせてもらいましたよ」
「どこまで知っている」
「あなた方がなぜ、私のことを欲しているのか、ということまで、ですかね」
「呪術師の言葉にほだされるなと言われている」
「私はまだ見習い呪術師ですが……シン? どこに行くのですか?」
座っていたはずのシンちゃんがこの場を去ろうとしていたところ、慌てたように止める。
「……もう一人、封印術に引っかかった。たぶん、錬金術師」
「そうですか。では、そちらの方に私達も移りましょうか。彼はとても口が堅い様子です。封印が解けないのは残念で仕方ありませんが、もう片方の方が口を割って下されば、すくなくとも私たちは満足ですからね」
「……うん」
「それもそうね。じゃ、そこでおとなしくしてなさい」
と、本当に去ろうとする彼ら。数歩歩いたところで、捕まっている男がこの先どうなるかの予想がついたのか、顔を青白くさせる。
「ま、まま、待ってくれ!! お、俺はどうなるんだ!」
「知らないわよ。あなたが喋ってくれなければ封印術を解こうにも解けないんだから。それより、もう一人の方が建設的な意見が聞けるかもしれないしね。あなたの絶望もついでに伝えれば」
男の中でジレンマが産まれる。自分が話せば、助かる。しかし、このチャンスを逃してしまえば、もしかしたら自分はこの場で永遠と封印をされたままなのかもしれない。仲間の方も気になるところだが、自分がすべてをさらけ出した後、彼らに頼み込めば助かる可能性も高い。いや、彼らも鬼ではない。喋らないから放置をされることはあっても、欲しい情報がすべてで切ってからも監禁をする必要性があるかといえばないはず。
つまるところ、これはジレンマのように見えて、純粋な利益だけで見るのならば喋ってしまった方がいいものである。デメリットとしては国家錬金術師たちを裏切ることになることだが、果たして彼に裏切りを悔やむほどの忠誠心があるか否かだが、レイ君たちの見立てではないといい切れている。
「わかった、わかった。全て話す。話すから……助けてくれ」
「助けるも何も、あなたが真実を吐露すれば勝手に封印がとかれるわよ」
うなだれる男。ここから真実が語られることになる。
錬金術師たちが何を隠し、どうしてこのような事態を招いているのか、が。
「錬金術の可能性を俺たちは求めている。今現在、錬金で解決ができない部分の多くを呪術師、“想いの集い”に任せているが、それも将来的にはやめたいと考えている。そのためにも不可能を可能にしていく必要性がある」
「どこまで行っても、不可能なことはあると思うけど、まぁ、そこの議論は今は必要ないわね。それで?」
「俺たちは様々な技術を身に着けるようになった。そこの坊主が作るようなまやかし的な呪術道具も作りたく思っていた。そのさなかで、俺たちは作り出したんだ。元の道具は人の死体、そして俺たちの感情の塊が詰まった、お守り。その錬金から出来上がるのは『人間』だ」
三人の眉がしかめられていく。
この男は今何といった? 人間を無理やり作るといった。いや、問題なのは人間かどうかではない。生物を作るといった。生物を作るというのは、魂を作成するということだ。
無理やり作り出した魂ほど気持ちの悪いものはないだろう。この霊気の嫌悪感の正体が理解する。
「人間を錬金することが出来れば、様々な問題の解決にもなる。病気の検体はもちろん、危険地帯への派遣、もっと言えば、事故や事件などで惜しくも死んでしまった人間をもう一度この世に――――」
「もういいわ、黙って」
これ以上彼から流れ出る言葉には意味を見出せないと判断したショウが止める。その声には怒りにも似たものが混じっていた。
「もういいって――――」
「黙ってといった。死んだ人間が生き返らせる? 人を作ればそれで解決? そんな思いで作られた魂に意味なんて、宿るはずなんてない。一つだけ聞かせて。作った人間は、どれぐらい生きたの?」
「ま、まだ……体が安定していないから、その……、もって20分だ」
「信じられない……。何もわからぬまま、突如生み出されて、そして20分で死ぬ。そりゃ、生きたいと、思うわよ。行きましょう、二人とも」
「ま、待て!! まだ封印が」
「……解」
シンちゃんは振り向きもせずに封印を解く。
「ついでに伝えておきます。私たちがとらえていた人間はあなた一人だけ。そして封印術は簡単な、移動を封じるだけのもの。あなたが喋ろうが、しゃべらなかろうが、いずれ解けていたことでしょう」
男は呆けたような声を上げるが、止めることもせず。立ち去っていく三人を見送った。
黒猫の三人は闇夜に溶けていった。
国家錬金反逆罪。
これら一連の出来事の後、正式に“想いの集い”は錬金術師に異議を申し立てたことにより、呪術を中心としたクーデターと見なされ、ギルドのメンバーほぼ全員が指名手配として張り出されることになった。
だが、国民の中にも国家錬金術師よりもギルドを支持する人間が多くいることもあり、もとより闇夜に紛れる仕事である呪術師は、その中で逃げおおせている。それと同時にただ、逃げるだけでなく戦いも継続的に続けていた。人間の錬金を止める、ただそれだけのために。
そして、レイ君とシンちゃんは。
「用意はできましたか、シン」
「……うん」
「では、行きましょうか」
大きなカバンを手に取る。黒いフードを被ると、歩き出す。今日は、旅立ちの日だ。
今回の事件の中核を担ってしまったことになる二人は重要指名手配犯として各地にバラまかれている。闇夜の中を生き続けること自体は不可能ではないが、まだ可能性が多くある彼らを、闇の中だけに縛るわけにはいかないと、ショウの提案で旅に出ることになった。
国境目前。もちろん、正々堂々と抜けるわけではないが、壁に囲まれているわけでもなく、森の中を歩いていると、前方から声をかけられる。
「レイ、シン」
「母さん」
「……久しぶり」
「なかなか会えなくて、ごめんなさいね」
ギルドメンバーのために体を張り、そしてケアに当たっている彼女は指名手配の身であるにもかかわらず、かなり多忙な生活をしていた。しかし、その中でも最後の別れを告げるためだけに、ここに降り立つのは母親としての想いからであろうか。ただ、ここから逃げ出すことを伝えていなかったはずなのであるが、どのようにして先回りをしていたのだろうか。
「最後に別れをつげたかったので、嬉しい限りですね」
「そう。私も別れを告げることと、そしてもう一つ。あなたたちに伝えたいこともあったから」
「伝えたいこと?」
「レイ、シン。あなたたちが一流の呪術師であることを私が認めるわ」
「母さん……、いえ、マスター」
「……マスター。わかった」
親子ではなく、ギルドマスターと、そして若手の呪術師として会話を合わせる。
暗闇、辺りに満ちるは草木と風。その中で彼らは最後の教訓をもらう。
「あなたたちは、生まれ変わり、そして旅を続けなさい。クロネコ、として」
「はい、わかりました」
「……それじゃあ」
時間が有り余っているわけではない。巡回をする警備兵に見つかれば、すぐにつかまってしまうかもしれない。
残酷な現実がこの先待ち受けているが、別れの言葉は三人の共通したものであった。
「「「……あなたに幸せを」」」
クロネコらしい挨拶をして新たな旅立ち、生まれ変わった存在として歩みを抱いていく。
旧黒猫の前には、きちんと包装をされた安産祈願のお守りが揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます