三十七、新たな挑戦

 ローセウス将軍は笑顔で迎えてくれた。城につく直前頃から今年の大嵐が始まったらしく、雨が降り始めた。ずぶ濡れになって急いで部屋に入り、湯をもらって旅の汚れをきれいに落とした。


「報告書は読んだ。ゆっくり休めと言いたいが、聞きたい事が山ほどある」

「分かります。ところで、今は誰が知っていますか」

「私、ルフス将軍、陛下、女王陛下」

「ヒコバエは?」

「いや、教えていない。僧正将軍にも」

 ローセウス将軍はそうした訳を説明した。

 ヒコバエは実験領域を見に行き、事実を確かめようと思えば可能な立場でありながら、そうしていない。先祖から伝わる話で良しとしている。なら、あえて教える必要はない。

 アウルム僧正将軍については、女王陛下が判断する事だ。

「理解してくれるな。アイルーミヤ」

 曖昧に頷く。


『にゃー』

「いい子にしてた? 子供たちは?」

『みゅー』

 頭をこすりつけてくるクツシタをなでたが、もう言葉は伝わってこなかった。あの時の特別な感覚は何だったのだろう。

「クツシタはいつも通りだった。仔猫たちはそれぞれの居場所を見つけて鼠獲り訓練中。成績は優秀」

 牛柄の仔猫二匹のうち、黒の多い方がエースと名付けられ、厩舎近辺を居場所にしていた。もう一匹はデュースで食料倉庫を警備している。

 ルフス将軍にもらわれていった茶白はタロンと呼ばれているが、常に手元に置かれているらしく、名前通りに爪を使う機会は無いらしい。

「ルフス将軍とタロン。見ても我慢しろよ」

 微笑みながら、ローセウス将軍が言った。


「アイルー(『にゃー』)ミヤ。ご苦(『みゃ』)労だった。報告書(『にゃにゃ』)は読んだ(『みー』)。今後の対(『みゅう』)応を決めねばな(『なー』)」

 ルフス将軍は、膝から肩、頭、背中を廻って反対の肩、膝と止まる事なく巡る茶色の塊にいいようにされていた。

 こちらからは鳴き声に気づいたクツシタが水晶玉を覗き込む。それを見たタロンも近寄って大写しになった。

「ルフス将軍。会議は可能かな」

「すまん。今追い出す」

 タロンを抱いたルフス将軍が扉の向こうへ消える。(タロンちゃん、ちょっとの間だからお父ちゃんと離れててね―)という声が聞こえてきたが、気のせいだろうか。その間にクツシタもどこかへ行ってしまった。


「あの実験領域だが、重要であるとは言え、緊急性はないと考える」

「その通りです。ルフス将軍。私も現時点ではなんの脅威でもないと思います。これまで通り放置でも問題はないでしょう。ただ、緩くても良いので方針は決めないと」

「方針?」

「実験領域の扱いや、彼らの計画をそのまま続けさせるのか、我らも介入するかくらいは決めたい」

 ルフス将軍は身を乗り出す。

「ローセウス将軍、進出を考えているのか」

「いずれそうなる。千年もしない内に、増加した人口を養うため大森林地帯の利用を考えないといけなくなるだろう。その時にあの領域をどうするか」

 彼女は一旦言葉を切り、続ける。

「それと、保存計画自体をどうするか。自然の力の信者のみに任せていていいのか」

「いや、やはりすぐには決められない。アイルーミヤが調査した情報の検討が必要だ。悪いが、私は全てをそのまま受け入れるつもりはない。嘘、と言うのではないが、巨人の一部が導き出した結論に過ぎない、とは言えるだろう。我ら独自の検証が必要だ」

 もっともだな、とアイルーミヤは思った。ローセウス将軍は顎に手をやって考えている。

「そうすると、公表するのか。魔法技術者を多数関わらせなければならないだろう。研究を秘密にはしておけない」

「そこは難しいな。魔法が消滅するという事実は、必ず混乱を招く」

「光の勢力が送った探検隊が殺し合うほど仲間割れしたのも分かるな。事実が人間の弱い心を打ち砕いたんだろう」

 水晶玉のルフス将軍を見つめる。

「とは言っても、研究は行わなければならないな。秘密研究組織を設立しよう。忠誠心が高い者を集めて」

 ローセウス将軍は、横のアイルーミヤを見た。目元が笑っている。

「どうだ、研究所長になる気はないか」


「すみません。私はその任にありません」

「そうか、そう言うと思った」

「本音を言えば、もう肩書はいりません」

 ルフス将軍が大笑いする。

「アイルーミヤ、お前は本当に気持ちがいい」


「調査について、ひとつよろしいですか」

 将軍たちはアイルーミヤの言葉に頷いた。

「魔法についても、調査を行うべきだと考えます。そもそも、魔法の力が無くならなければいいのでしょう。根本の力が生じた原因や仕組みを調べ、また生じさせる事は出来ないでしょうか」

「今度の仕事はそれか。当てはあるのか」

 ルフス将軍が興味深そうに言った。

「魔剣に興味があります」

「あんなものにか」

 魔剣は魔法の力を帯びた金属から作られ、切れ味を良くしたり、刀身が火炎を噴き出したりする。魔法の修行や勉強をしなくても使えるので人間の戦士が好んで使うが、彼らや魔法技術者は重要視していない。いや、はっきり言えば馬鹿にしていた。要は手品だ、と。

「ええ、正確には原材料にです」

 魔法の力を帯びた金属、とは天から降ってくる石の事だった。時々見つかり、性質は様々だが貴重な品だった。

「説明してくれ」

 ローセウス将軍が話に乗ってきた。

「天降石の元は何でしょう。様々な仮説がありますが、空よりももっと高い所にこの世以外の世界があって、そこから降ってくる石ではないでしょうか」

「これはまた大きい話になったな。で、そこに行って確かめる気か」

 水晶玉から少し茶化すように聞いてくる。

「そうです。飛行魔法を開発したい」

「これまでの失敗の歴史は知っているだろう。ルフス将軍。あなたも試した事があったのでは」

 返事の途中で思い出したようにルフス将軍に話を振る。

「そうだ。物体移動を応用できないかと思ったが安定しなかった。小さく軽いものを短距離で遅く動かすならなんでもないが、大きさ、重さ、距離、速度のいずれが増えても実用にはならないというのが結論だ」

 アイルーミヤの顔を見て話を続ける。

「だが、その研究は賛成だな。目的は別として、飛行魔法は何にでも使える。空飛ぶ荷馬車の便利さや可能性は計り知れないからな」

「それに、その研究であれば機密指定にしなくてもいい。やってみるか、アイルーミヤ。資金や物資は私とルフス将軍が持つ」

「私もか。まあいい。以前私が失敗した資料を渡そう」

「ありがとうございます」

「もちろん、魔法消滅を研究する秘密組織も並行して発足させる。すまないが、こちらには関われないぞ」

「分かりました」


 後は今後の日程について調整し、会議が終わった。水晶玉が暗くなる寸前、扉の隙間からタロンが飛び出し、ルフス将軍の膝に乗ったのが見えた。


「今度は空か。いつもお前には驚かされるな」

「究極の目的は魔法そのものです」

「解き明かせると思うか」

「正直に言います。今度ばかりは自信がありません」

「それでいい。自信たっぷりだったら援助はしない。未知への挑戦だから手助けするんだ」


『にゃあ』

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