二十、闇の王
「旅ばかりだな」
「ええ、しかし今度は中央です。なにも心配いりません」
「そうだな。休暇のつもりで行けばいい」
「いつまでもすみませんが、クツシタを」
「任せておけ。それに、あいつは手がかからん。勝手に鼠を獲っている」
ハヤブサ号にまたがり、朝日に照らされながらアイルーミヤは旅立った。
中央、というのは東西南北各領地にある城から出発して、同じ位の日数で到達できる所にある小さめの山の事だった。普通であれば馬で四、五日程だ。山は内部が空洞になっており、封印次元を収めている。山そのものや周囲には無数の魔法罠が仕掛けてあるが、闇の王の下僕には無関係だった。
近づくにつれ、慣れない者であれば不気味さを感じる雰囲気になっていく。罠のせいで動物が一切いないからだった。鳴き声や何らかの気配が全く感じられない。
しかし、アイルーミヤには快適だった。魔法の源である闇の王に近づけば近づくほど活力が湧いてくる。ついハヤブサ号に無理をさせてしまいそうになる自分を抑えた。
山の中腹でハヤブサ号を降りた。馬は繋がず、そこらで自由にさせておく。闇の王の印が付いているので安全だし、ここには盗みをする者はいない。
額の目を開くと周囲が光り輝いていた。闇の魔法の力が濃い。解錠の魔法と暗号を唱え、山の中へ入っていく。後はまっすぐ進めば闇の王のいる空間に出る。ここでは体は強張らない。
「よく来たな。アイルーミヤ」
「お久しぶりです。このように直接お顔を拝見する事を嬉しく思います」
城の大広間ほどのほぼ球形の空間の中心に、闇の王は頭と右腕のみ出して浮かんでいた。その後ろの封印次元の裂け目を見ると額の目が軽く痛む。
王は封印前のままの姿だった。二本の角を生やし、皺のない顔は青年くらいの若者のようで、黒鉄のような肌は発光壁からの光で艶々していた。その肩の筋肉はたくましく盛り上がっている。
「服はどうされました?」
「裂け目から這い出す時にずれてしまった。今は腰の辺りにまとまっておる。出る時に脱げてしまうかもな」
「それはそれは。お気をつけ下さい」
「アイルーミヤよ。こうして呼び出した訳は分かるな。これからする話は絶対に漏れてはいかん」
「分かっております。しかし、将軍閣下たちにもでしょうか」
「今はそうだ。時が来れば余から話す」
「はい。それではご用件を」
「光の女王だが、余は返事をした。これ以上何を求めておるのだ?」
「陛下。本当にお分かりにならないのですか」
「お前の考えを申してみよ」
「報告通りです。『優しい言葉』です」
「余は『分かった』と答えた。それ以上は不要であろう」
「それは回答としては十分ですが、『優しい言葉』ではありません」
「どういう言葉を使えばいい?」
「結婚をお申し込みになった時、どのようなお言葉を用いられましたか」
「そんな事は言えぬ」
「結構です。では、その時どのようなお気持ちでしたか」
「お前には関係なかろう」
「はい。しかし、その時のお気持ちをお言葉にすれば、それが光の女王にとっての『優しい言葉』になるのではと考えます」
闇の王は頭を振った。角に反射した光が揺らめく。
「余はこの世に生まれてすぐ光の女王を憎んだ」
王は遠い目で語り始めた。アイルーミヤはじっと黙って聞いている。
「余より先にこの世に出たからと言って、何もかも独り占めし、変化のない詰まらない世界を作っていた」
手を握ったり開いたりする。
「余は最も信仰の力の強い人間どもを手懐ける事にした。変化の力でな。病気で死ぬ赤ん坊は減った。作物は豊かに実り、人口は増えた。皆幸福になった」
王は拳を見つめる。
「しかし、光の女王は文句を言ってきた。『変化』のせいで、人々の心が荒んだ。いつも、もっともっとと求め続け、心が満たされない者ばかりになった、とな。余は言い返し、光の女王の『安定』では貧困は解決せぬ、となじった」
王の目は悲しそうだった。
「不毛な言い争いは、いつか実力での争いになった。その頃だったな、余の体からお前たち四人を作り、将軍にして統治に当たらせたのは。当時は広がりきった領土を治めるのにはそれが最適と考えたのだ。皆よく働いてくれた。お前もだ。余から生まれたとは言え、想定以上の凄まじさで戦ってくれた」
アイルーミヤは小さく頷く。
「だがな、アイルーミヤ。余は憎む一方で妙な感情があるのに気づいていた。自分にない『安定』という概念に惹かれていたのだ」
拳が開いた。
「余は気づいた。余自身が『変化』によって不要になり、忘れさられる日がいつか来る、と。これは必然であり、本来なら『変化』の概念の成就として喜ばなくてはならないのだが、余はそこまで悟れなかった。今でもそうだが、余は未熟者だ」
王はアイルーミヤを見た。
「分かるか。その迷いの救いとなるのが光の女王だと気づいた時の気持ちが。余は光の女王と話し合った。お前たちが戦っている時に。これについては裏切ったようですまないと思う」
アイルーミヤは軽く首を傾げる。
「余は、光の女王に恋い焦がれた。女王はそんな余を受け入れてくれた。時々は素直でない余を叱った。強く、な」
王は下を向いた。
「結婚を申し込み、受け入れられたが、女王は五百年の猶予期間を提案してきた。辛かったが受け入れた。余の分身の働きぶりは、女王を不安にさせるのに十分過ぎる程だったのだろう」
王はまたアイルーミヤを見た。
「封印は解けた。光の女王の結婚の意思は変わらず、婚約は有効と分かった。だが、女王は、『優しい言葉』とやらを求めている。どうすればいい? 何を言えばいいというのだ」
「今、仰った事です。陛下は言葉を飾ろうとなさっているようですが、それは無用です。女王が陛下を受け入れてくれた時にお感じになった気持ちをそのまま伝えれば良いのです」
「難しいな。そのままの言葉を使えと言うのか。難しい」
闇の王は大きく息を吸い、目を閉じた。
アイルーミヤは、生の感情が心に流れ込んでくるのに気づいた。飾り気は無いが、甘く美しい言葉もだ。あれ、これは?
「アイルーミヤ。今、光の女王と話した。有意義であったと思う。礼を言うぞ」
「陛下。失礼ながら申し上げます。光の女王へ通信する時に用いられた呪文ですが、再確認を」
アイルーミヤは真っ赤になり、俯いて言った。王の顔をまともに見られなかった。
「何、どういう事だ。あっ!」
闇の王は、呪文を間違えた事に気づいた。間違えたと言うより、通信呪文に余計な語尾を付けてしまった。女王への思いが、細かい部分の確認をおろそかにしてしまったらしい。
それは、五百年前の大戦の時に使った付加語尾で、全信者に檄を飛ばすのに使ったものだった。
つまり、『優しい言葉』は、光の女王だけではなく、全ての闇の王の信者に向けて発信された。
王は、このまま封印次元に這い戻ろうかと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます