ワールドエンド・グラフィティ

零真似

キミってば腐葉土みたいな人だね

 11月。午後5時45分の空。

 それを「ワールドエンド」と呼んでみて、なんだか少しだけ世界からあぶれた自分を演出してみる。

 終末の空の下、枯草を踏みしめて、僕は今日も町外れの浜沿いをいく。

 先にあるのは、だれも立ち入ることのない岸。

 僕は今日もひとりになりたくて、その岸へ、向かっていたんだけど――。


「みーんみんみんみん! みーんみんみんみん!」

 途中にある細い電柱に女の子がしがみついて、先々月くらいのセミみたいに鳴いていた。

 僕と同じ高校の制服を着ていた。

 というか、同じクラスの知った顔だった。


「みーんみんみんみ…………んみん…………」

 目が、合ってしまった。

 互いに、口のきき方を忘れてしまった。

 隣の隣のひとつ前の席の、二宮さんだった。

 …………気まずい。


「……セミの真似なんかしてません」

 と、独り言みたいに二宮さんは言った。

「うん。そうだね」

「セミはもう死んでますし」

「うん。そうだね」

「なにか、聴こえましたか?」

「あっちからセミの鳴き声が聴こえたよ」

 僕は辿ってきた道の方を指差して言った。


「案外、まだ生きてるんじゃないかな」


 互いに、しばらくその場から動けなかった。

 僕としては先に二宮さんのほうから動いてもらわないと動きようがなかった。


「なんでこんなところに工藤くんがいるんですか?」

 相も変わらず電柱にしがみついたまま二宮さんは首を傾げた。

 それはこっちのセリフだった。

「立ち入り禁止」と「通報します」と「この先、治外法権」の三段構えをこしらえた立て看板を越えてまでこんななにもないところにくる人間が僕以外にいるとは思わなかった。そこでセミになりきっているとはもちろん思わなかった。

 僕が答えなければ二宮さんはここでずっとセミのポーズをしたままどこにもいないセミのことを探していそうだった。


「ワールドエンド」

「はい?」

「朝でも昼でも夜でもない――かといって黄昏時なんてオシャレな頃でもない――こんな時間の空は、ないない尽くしで、なんだかとっても贅沢だと思わない?」

「思います。逆に」

「そう。逆に」

「それで?」

「そんな時間を、だれにも邪魔されない場所で存分に楽しもうと思って。ワールドエンド・グラフィティの探索に出ていたところなんだ」


 互いに、しばらくその場から動けなかった。

 共有した痛みは、世界中にばらまかれたらきっと悶え死んでしまうけれど、二人の間で留めおいていられるなら不思議と心地いい――そんな、奇妙な毒のようだった。


「わたしも探していいですか? ワールドエンド・グラフィティ」

 おもむろにそういって、二宮さんはスタリと電柱から降りた。

「セミはいいの?」

「わたしはセミなんか探してませんよ?」

「うん。そうだね」

「それにもし探してたとしても見つかりませんよ。きっともう、死んでるだろうから」

「……じゃあ僕は、案外まだ生きてるかもしれないセミを探してみようかな。だって今は――ワールドエンドだしね」

「逆に」

「そう。逆に」


 僕と二宮さんはクスリと笑って、それから二人で先にある岸へと向かった。


 どこかでセミの鳴き声が聴こえたような気がした。


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