第33話 聖剣の呪い
「くッ、汚らわしい魔族の王がッ!!」
アゼルが消滅してすぐそれまで穏やかな口調であったラブリアが一変して、罵倒を浴びせていた。
そんな彼女に対し、パパは冷酷な表情のまま視線を向ける。
「次は貴様が消えるか? 羽の生えた虫が」
それを見たラブリアは体をすくませると、素早く後方に下がり、悔しそうに舌打ちをする。
「……まあ、いいでしょう~。目的は十分に果たせましたわ~。どの道、あなたはこれで終わりなのですから~。次に会う時にはあなたの死に様を存分に眺めさせてもらいますわ~」
「…………」
それは明らかに負け惜しみにしか見えないラブリアの捨て台詞であったが、なぜかそれに対しパパは言い返すことなく、ラブリアが消えるのを確認すると、私達の方へと振り返った。
「大丈夫だったか~い! 七海~!?」
そう言って叫ぶとパパはすぐさま私の元へと駆け寄り、上から下までしっかりとその目で確認する。
「怪我はないかい!? 痛みは!? 吐き気は!? 頭痛は!? 心臓はちゃんと動いてる!? 大丈夫かい!?」
バタバタと目に見えて慌てるほど私の身を心配するパパに対し、私は先程自分が貫かれたはずの心臓に手を置く、そこからは確かな心臓の鼓動が聞こえていた。
「……大丈夫、だよ」
「そうか~、よかった~。パパ、心配したよ~」
そう答えた私に対し、パパは安心したように笑みを向ける。
しかし、私の方は未だ分からないことがたくさんあった。
なぜ心臓を潰されたはずの私が生きているのか。
「……あの、パパ。私、確かに心臓潰されたよね……? それが、どうして動いて……?」
そう問いかけた私に対し、パパは僅かに口ごもるが、後ろにいたイブリスが答えてくれた。
「魔王様が、七海様にご自分の心臓を移植されたのです」
「パパの……心臓を?」
その答えに私は思わず驚き、目の前のパパを見る。
そこには先程と変わらない笑顔を浮かべたまま「何でもないよ」と呟くパパの姿があった。
そうか。さっきアゼル達が言っていたのはそういうことだったのか……。
けど、だとしたらパパの心臓は今半分になっているということ。
そんな状態で大丈夫なのだろうかと問いかけるが、それに対しもパパは笑顔で答えてくれた。
「全く問題ないよ。さっきも見ただろう? 確かに心臓は力の核のようなものだが、それが半分になったところでパパが負けるようなことはないよ」
そう自信満々に答えるパパに対し、私は思わずホッとする。
確かにそうだ。
現にパパはアゼルからの攻撃を食らっても、それをものともせず、一瞬でアゼルを倒した。
この世界に君臨する魔王の実力は伊達ではないのだ。
「まあ、ゆっくり話したいところだけど今はここから移動しよう。七海も一旦私のいる魔王城まで来てもらいたいんだけど、構わないかな?」
魔王城。パパがいるという魔王の本拠地。
前に一緒に来ないかと誘われたことがあり、その時は勢いで断ったけれど、今は状況が状況だ。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
正直な話、私はパパに対して後ろめたさがないわけではない。
理由はどうあれ、パパを裏切ろうとしていた。
その事から一緒に行くのにわずかな抵抗はあったが、けれども、ちゃんとその事について謝りたいという気持ちのほうが強かった。
そのためにも、まずは安全な場所へ移動する。
私はパパのその提案に頷き、それを見たパパが私たちを中心に転移の魔法を発動させる。
「よし、それじゃあ、一旦魔王城へ移動しよう」
パパがそう宣言すると同時に、一瞬にして周りの景色が変化した。
僅かに体が宙に浮く感覚があったかと思うと、次の瞬間にはそこは洞窟の景色ではなく、広々とした中庭の景色が映った。
あたり一面には綺麗な花園や植物が植えてあり、中央には綺麗な噴水が存在した。
後ろを振り向くとそこには、かつて私が見てきたどの王城よりも遥かに巨大で立派な城が存在していた。
ここが魔王城。
思った以上に荘厳で、そして美しい作りに思わず見とれて、ため息をつく。
見ると、城の入口が開き、そこから私の見知った人達が現れた。
「七海様ー! 魔王様ー! ご無事でしたかー!」
「七海ー! 魔王様ー!」
「グレン! それにスイレンちゃん!」
それは四天王の二人であるグレンとスイレンであり、彼らの他にも何人かの魔族の姿があり、こちらに慌てて駆け寄る姿があった。
そんな彼らの姿に私は安堵し、後ろにいるパパの方へと振り返った。
だが、その瞬間、パパが音もなく倒れた。
「―――え?」
一瞬、何が起こったのか分からずにいた。
目の前ではうつぶせで倒れるパパの姿があった。
私はそれを見て、またいつもの悪ふざけか、あるいは何らかの考えがあっての行動かと思った。
しかし、すぐにそれを否定するように隣に立っていたイブリスが呆然とした様子でパパへと駆け寄り、叫び声をあげ出す。
「魔王様? 魔王様! 魔王様ー!!」
倒れたパパの隣に座り、マントの下に隠れていた背中を露出させる。
見ると、そこには――剣で貫かれた場所を中心に見たこともないキズのようなものが広がっていた。
それは例えるならガラスを砕いた瞬間、広がるような無数のヒビ。
そんな歪で不自然な傷がパパの背中一面に広がり、それがまるで生き物のように脈動してはパパの命を蝕んでいるようであった。
「魔王様!? 一体どうしたのですか!?」
「魔王様……? やだ……やだ……魔王様ー!!」
「誰か! 急ぎ救援を! 魔王様が! 魔王様が倒れたぞー!!」
駆けつけたグレンやスイレンもまたイブリスと同じようにこれまでにない狼狽と叫び声を上げていた。
そんな混乱する三人の姿を見ながら、私はその場に取り残されたように、ただ倒れたままのパパを呆然と見ていた。
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